飼育員と動物たちにも人情は通う 飯森広一『ぼくの動物園日記』全10巻

『ぼくの動物園日記』

 人情は人と人の間にだけ生まれるのではない。人と動物の間に人情が通うこともある。今回読むのは、そんな人と動物の人情マンガ。飯森広一の『ぼくの動物園日記』だ。
週刊少年ジャンプ』1972年41号から75年1号に連載。ちなみに、時期が重なる連載マンガは、本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』、永井豪とダイナミックプロの『マジンガーZ』、井上コオの『侍ジャイアンツ』、吉沢やすみの『ど根性ガエル』、とりいかずよしの『トイレット博士』など。アンケート重視でヒット作を連発していた『ジャンプ』の中で本作は、中沢啓治の『はだしのゲン』とともに異色の存在だった。単行本はジャンプコミックスから全10巻で刊行。現在は電子版で読むことができる。
 副題には「飼育ひとすじ西山登志雄半生記」とあり、マンガのモデルになっているのは、65年から67年まで東京12チャンネル(いまのテレビ東京)で放送された子ども向け科学番組『動物王国』の3代目「動物おじさん」として人気を集めた上野動物園飼育係(当時)・西山登志雄だ。上野動物園を退職した後、西山は81年から東武動物公園の初代園長に就任。「カバ園長」の名で親しまれた。

 物語は中学3年生の西山としお少年が上野動物園の事務所に「飼育係になりたい」と押しかけてくるところから始まる。
 両親を戦争で亡くしたと説明するとしおを園長は、飼育係の吉岡清十郎に預けた。吉岡は人づかいの荒いことで知られ、彼に預けられた飼育員志望者はみな一日も持たずに逃げ出していたからだ。
 ところが吉岡は動物に対してひたすら愛情を注ぐとしおを気に入ってしまう。吉岡のもとでとしおは、親を亡くした子ザルの世話を買って出る。哺乳瓶のミルクを飲もうとせずに衰弱していく子ザルを助けようとするとしおは、サル山に入ってサルの母子を観察する。
 あと少しという時、としおの父親が動物園に現れた。両親を亡くしたというのは嘘だったのだ。すぐに連れて帰ろうとする父親から、3日の猶予をもらったとしおは、ついにミルクを与えるコツを会得して小ザルを助けた。こうして昭和22年(1947年)、としおは中学卒業を待って、晴れて上野動物園の飼育係となる。
 新米のとしおが、園長や飼育係の先輩たちの指導を受け、さまざまな失敗や動物たちの死を経験しながら、一人前の飼育係に成長する構成は、「努力・友情・勝利」というジャンプのセオリーをしっかり背負っている。

 弱いものに寄り添う、という人情マンガらしさが際立つのは、第3巻収録の「ドカチン野郎の巻」から第4巻収録の「さよならドカチンの巻」までに描かれる、としおとサイのドカチンとの物語だろう。
 上野動物園にサイがやってくる。体の大きなサイは気も荒く、飼育員はみんな手に負えずに困っていた。ついに園長は、元の動物商に引き取ってもらうことを決めた。ところが、としおだけは「サイと仲良くなることができる」と信じていた。なんども痛い目にあいながらも、サイに近づこうとするとしお。そして、最後にはサイと友だちになることに成功するのだ。
 ドカチンと名付けたサイの飼育係になったとしおは、ドカチンの世話をするうちに、人間目線ではなく動物目線になって考えることの大切さを学んでいく。
 ある日、ドカチンが倒れた。獣医は肝臓と腎臓をやられて助からない、と判断したが、としおにそれを告げることはできなかった。
 雨が降り出しても、弱ったドカチンのそばから離れようとしないとしおのもとに、母親が入院したという知らせが届いた。病院に駆けつけたときも、気持ちはドカチンのそばにあった。母親が大丈夫だと聞いたとしおは、動物園に戻ろうとするが、親戚や近所の人達は「母親と動物とどっちがだいじなんだ」と怒る。それに対して、としおはこう言うのだ。
「たかが動物…だから…だからこそオレが ついていてやらなきゃいけないんだ かあちゃんにはみんながついている 優秀なお医者さんもいっぱいついている だ…だ…だけど サイにはドカチンには………オレしかいないんだ!!」
 雨の中を走って動物園に戻ったとしおは、倒れたドカチンの大きな体をひっくり返そうとする。横たわり下側になった目が空を見ることができないのはかわいそうだ、と考えたのだ。はじめのうち、飼育係の仲間たちは、サイが暴れるのを恐れて手を貸そうとはしなかった。だが、必死にドカチンの体を動かそうとするとしおの姿に打たれ、ドカチンのまわりに集まってくる。ようやく大きな体が反転して、下を見ていた目が空を見た。しかしそのとき、ドカチンは一安心したように息を引き取ったのだった。

 

第3巻62〜63P

 

 動物との交流だけでなく、園長や吉岡を始めとした飼育員仲間や家族との心の交流も描かれている。ドカチンととしおが仲良くなるきっかけにもなった先輩・エサ係の田中さんにはこんな話がある。
 田中さんは足が悪い。としおが足のことを聞くと、いつも不機嫌になる。そんなある日、はだしでカバ舎の掃除をしていたとしおは、田中さんから長靴を履くように注意される。その言葉を無視した結果足の裏をガラスのかけらで切ったとしおに田中さんは、自分が足を悪くしたときのことを話し始めた。
 戦争中、田中さんはライオンの調教師として自信満々だった。しかし、危険な芸を成功させた田中さんを、園長はチャボ(にわとり)の飼育係に異動させる。思わぬ異動に自暴自棄になった田中さんは酒を飲んでチャボ舎に入り、眠っていたチャボを怒らせてしまった。
 チャボは田中さんの足を狙って飛びかかり、その傷がもとで破傷風に罹り、左足を切断することになったのだ。退院後、飼育員ができなくなって田舎に帰るという田中さんに、園長はエサ係として動物園に残ってほしいと言った。
 園長は、油断や慢心が命取りになる仕事であることを、田中さんにわかってもらうために、チャボの係を命じたのだった。この園長の思いを田中さんは若い西山に繋ぐため、思い出を語ったのだろう。
 師匠や先輩から主人公に“心”が受け継がれるという展開も『少年ジャンプ』らしさのひとつだ。意外と、『少年ジャンプ』は人情マンガの宝庫だったかもしれない。

 

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