愛に満ちた一家が描く人情ドラマ 西岸良平『たんぽぽさんの詩 ほのぼの家族物語』全5巻

『たんぽぽさんの詩』

「人情マンガを読む」と看板を掲げていながら、大切なマンガ家をひとり取り上げないままだった。
三丁目の夕日』や『鎌倉ものがたり』で知られる西岸良平だ。
 昭和30年代を舞台に、東京近郊の架空の町・夕日町三丁目で自動車修理店「鈴木オート」を営む鈴木家をはじめとした、貧しくも明るく懸命に生きる市井の人々を描いた『三丁目の夕日』も、昭和50年代の魔界鎌倉を舞台に、推理作家・一色正和と妻・亜紀子が難事件を解決する『鎌倉ものがたり』もいいのだが、人情マンガとして取り上げるなら、やはり『たんぽぽさんの詩 ほのぼの家族物語』だろう。
 祥伝社の隔週刊女性誌『微笑』で1977年1月12日号から87年5月30日号まで全250話が連載され、単行本は、82年に祥伝社微笑コミックスから第1巻のみを刊行。その後、2001年に双葉社のアクションコミックで全5巻にまとめられた。
 ちなみに、掲載誌の『微笑』は71年に創刊され、本邦で初めて女性読者向けに本格的な性の記事を掲載した女性誌とされている。そのほかの記事も、不倫や泥沼の人間関係などを積極的に扱って、当時は過激路線の女性誌として知られていた。その中で、『たんぽぽさんの詩』は、一服の清涼剤のような存在であった。

 時代は『鎌倉ものがたり』と同じ昭和50年代。主人公はフリーイラストレーターの山田たんぽぽ。夫でかけだしカメラマンの慎平、今年から幼稚園に通う娘のスミレとの三人暮らしだ。たんぽぽのイラストと慎平の写真の仕事だけでの生活は決して楽ではない。結婚式はまだ挙げることが出来ず、家計はいつも赤字。意に沿わないアルバイトで糊口をしのぐこともある。それでも山田家には愛が満ちている。いつも笑いがたえない。たまにするケンカもどこか微笑ましいのだ。
 マンガは山田一家が5年間暮らした下町の四畳半一間のアパートから、郊外の一戸建て借家に引っ越すところからはじまる。四畳半二間と台所、小さな庭がある家は夫婦のささやかな夢だった。
 いまでこそ少なくなったが、1980年代半ば頃までは、東京でも少し郊外に出ると、家族向けの一戸建て借家を普通に見ることができた。ガスはプロパンでトイレは汲取式が多かったが、庭や路地には植木や花が植えられて、どの家もみな小綺麗にされていた。
 引っ越し早々、以前のアパートにスミレを忘れてきてしまうという呑気な夫婦だが、これはご愛嬌。
 住み始めた町には小さなスーパーもあるが、住民の買い物は昔からの商店街にある個人商店が中心だ。たんぽぽもご近所さんに教えてもらって、商店街にお気に入りの店をいろいろ見つける。
 これこそ、人情マンガには欠かせない舞台設定である。

 連載は毎回4ページ。家族の日常に起きる小さなできごとに、夫婦の学生時代の友人や、たんぽぽさんにイラストを発注しているデザイン会社の社長、ご近所さんやいたずら者のノラネコなどが絡んでくる。
「衝撃の過去」という意味深長なタイトルのエピソードがある。
『微笑』の記事で「夫の過去の女性関係」という記事を読んで、慎平のことが心配になったたんぽぽ。ちょうどそこに、慎平とは高校時代からの友人で、同じ美大に進んだ長谷川が訪ねてくる。酔った長谷川にたんぽぽは、慎平が女の子にモテたかどうかを聞いてみた。酒で口の軽くなった長谷川が、慎平はウブで文無しだったからモテなかったけど、一度だけ美人の彼女の写真を見せてくれたことがあった、と言い出したから大変。たんぽぽはカンカンに怒ってしまう。
 ところが、相手の美人というのはデザインスクールの学生だったたんぽぽ。その頃の写真をみながら「やっぱりあなたにはわたししかいないのねぇ…」と。
 四季のうつろいもていねいに織り込まれており、お正月のエピソードもある。タイトルは「新春いたずら始め」。
 近所にある稲荷寺という古いお寺に初詣に出かけた山田一家。100円のお賽銭であれもこれもとお願いしていると、「100円でちょっと願い事が多すぎますぞ」と和尚から声をかけられる。
 本堂でお茶をごちそうになりながらよもやま話に花を咲かせてから、和尚と一緒に記念撮影。ところが写真が出来あがってみると、和尚の顔がキツネになっていた。びっくりする山田家だが、そのころ稲荷寺の縁側には「ハハハ 写真を撮るとき キツネのお面をかぶっておったのじゃ 今ごろ驚いているじゃろうなぁ」と笑う和尚がいたのだった。
 デジタルカメラやスマホの時代にはちょっと説明がいるかもしれない。アナログ時代の写真はフィルムというものに一旦記録され、後日フィルムを現像するまでは何が写っているのかわからなかったのだ。
 そういえば、山田家はお茶の間の真ん中に夏はちゃぶ台、冬にはこたつがあって、そこが家族が集まる場所になっている。壁際には小さな水屋箪笥(食器棚)、その横にはブラウン管式テレビ……。
 この人情マンガの中には、昭和とともに消えていったものたちがしっかり息づいている。そこもまた魅力なのだ。

 

第1巻 102〜103ページ

 

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