マンバで復刊された法月理栄さんの『利平さんとこのおばあちゃん』を読んで以来掲載された『ビッグコミック』を集めてますが、他にも予算の範囲内で色々な年代の『ビッグコミック』を買ってます。
昭和40年代半ばからですが、『ゴルゴ13』は何度も読んでいるのに時間と共に程よく内容を忘れて面白く読めます。
まだこの頃のゴルゴは割と喋るんですよね。
いつか『ゴルゴ13』を全部揃えてただひたすら読む日々を過ごしたいものです。
またF・Aの藤子不二雄さん両名や、楳図かずおさんなどの読切が掲載されているのも嬉しいところです。
昭和50年代に入ると『のたり松太郎』や『土佐の一本釣り』などが掲載されて馴染み深い内容になります。
そしてバックナンバーに触れて何より楽しいのが、思わぬ出会いがある事です。
今回紹介する西岸良平さんの「夢野平四郎の青春」もその一つです。
購入する際はあまり深く考えていなかったのですが、中を見てビックリです。
表紙には作品タイトルのみ載ってます。
でも恥ずかしながらこれが西岸良平さんだとは全く知りませんでした。
まず驚いたのが画風というか絵柄です。
これは初見では西岸良平さんだと判らないんじゃないでしょうか。
現在の絵柄に共通するものがあるとは思いますが、どこがどうとはっきりとは指摘できません。
しいて言えば顔を大きく描く独特の頭身表現が同じかな、とは思います。
どこか外国の絵本作家の画風を感じる部分もあります。
この『夢野平四郎の青春』が掲載されているのは昭和47年9月15日発行のビッグコミック増刊号です。
その少し前の昭和47年8月10日発行のビッグコミック通常号で第8回ビッグコミック賞が発表されてます。
『夢野平四郎の青春』が佳作一席として単独の佳作受賞です。
第二次予選通過作品に「能条淳一」という名前がありますが、「能條純一」さんなのでしょうか。
調べましたが年代的に間違いないとは思うのですが確証は得られませんでした。
でもこんな文字違いの同姓同名の別人が漫画を描いているとは考えにくいので「能條純一」さんだと思います。
「夢野平四郎の青春」、審査委員の漫画家さんたちは一様に絵を褒めてます。
しかしここから『三丁目の夕日』の絵柄に変わっていくとは誰も予想できなかったのではないでしょうか。
投稿作品からプロの漫画家として成り立っていく際に絵柄が大きく変わるのは他の方にも見られますね。
先日村上もとかさんの原画展を見に行きましたが、『COM』への投稿作品の絵柄は後の『赤いペガサス』とは大きく違う70年代前半のテイストあふれる物でした。
『夕焼けの詩』に収録されているのでお読みになられた方もいらっしゃるでしょうが、内容の紹介に移りましょう。
主人公はかつての大人気漫画家。
現在は所有するアパートの管理人をしてます。
15年ぶりに出版社から電話が有り、新しい仕事の依頼だと信じて描き続けている漫画作品を持って上機嫌で向かいます。
しかし出版社の要望は新作ではなく、過去のヒット作の復刻版を出したいから承諾して欲しいとの事。
自分の今の作品は時代について行ってないと評価され、うなだれてBARで飲んでいるところ大学時代の友人と再会します。
友人は定年を迎えてこれまでの人生を嘆いてちょっと荒れ気味です。
そこから二人の昔話や悲哀が描かれますが、過去のマドンナのお店に場所を変えてからハプニングもありつつこれからも頑張って生きていこうと前向きになります。
しかしその後結末までの7ページで方向が変わり、切ないというか哀愁というか何とも言えない読後感を残して終わります。
24歳でこの話を作り上げた西岸良平さんの才能に感嘆を禁じ得ません。
そして昭和47年でありながら漫画界や漫画家さんのその後を予測し、予言めいた内容なのも驚愕です。
勿論西岸良平さんがその意図で描かれた訳では無いでしょう。
でもずっと漫画に触れてきた私はそう感じて仕方ありません。
受賞発表の選評で石森章太郎さんが「漫画家を主人公にしたのには疑問を感ずる。平凡な定年退職に視点をあてた方が、説得力があったのでは」とあります。
昭和47年当時、あの手塚治虫さんでさえ40代半ば。
そして漫画はどんどん勢いを増していった時代です。
かつての人気漫画家が60歳を超えて人生に迷う設定は、当時の勢い有る漫画界からは考えづらかったのではないかと推察します。
私が知らないだけで、あったのでしたら是非読んでみたいですね。
このかつての人気漫画家が過去を振り返りつつも今の自分で進む話と言えば、藤子・F・不二雄さんの「未来の想い出」が浮かびます。
勿論設定や内容は全く違うと言っていいのですが、「夢野平四郎の青春」を読んで真っ先に思い浮かびました。
藤子・F・不二雄さんはずっと人気漫画家でしたが、「かつての人気漫画家」という設定と同じような年齢になられて『未来の想い出』を描かれたのはよくわかります。
作品が連載された1991年という時期も昭和から平成に変わり、漫画界の移り変わりを藤子さんご自身の活動と共に振り返られての事ではと想像しますがどうなんでしょうか。
昭和47年、24歳の西岸良平さんがこの漫画を描かれた発想や経緯がとても気になります。
設定だけではありません。
話の合間に挟まれる登場人物の過去像のコマなどとてもいい効果を出してます。
背景やコマ割りも読み込むほどによく練られているのを感じますが、これは私の深読みかもしれません。
私は現在61歳です。
ただの偶然ですが、まさに作中の夢野平四郎やその友人と同年代になっての初読みです。
還暦過ぎても人生迷いっぱなしの私は、この「夢野平四郎の青春」に深く共感しました。
若い頃の事を振り返っても今更どうにもなりません。
今の自分はどうなのか、これからどうなるのか、どうするのか。
自問自答の日々はまだ何かやれるといった前向きさを生むこともあれば、もう終わりに向かうだけと萎れる事もあります。
まさにそんな初老の心情に「夢野平四郎の青春」最後の2ページは本当に刺さります。
いや本当に重ねて強調しますが、西岸良平さん24歳でこれを描かれたのは凄い。
令和の現在、かつての大御所の多くの方が亡くなられました。
そして数多くの名作が復刻されてます。
復刻版より今新しく描いた作品を世に出したいと憂う夢野平四郎。
似たような心情の漫画家さんは現在連載中の『東京ヒゴロ』にも登場しますね。
そんな老漫画家と還暦を迎えた初老の哀愁を重ねて作られた秀作『夢野平四郎の青春』。
電子でも読めますので未読の方にお勧めするのは勿論ですが、まだ60歳未満の方には是非60歳を超えてからもう一度再読してほしい作品です。
(※編集部注 「夢野平四郎の青春」は、『三丁目の夕日 夕焼けの詩 レモンティーのみた夢』(2巻)に収録されています)