私的漫画世界|西岸良平|夕焼けの詩(三丁目の夕日)
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この作品は1974年から現在に至るまで「ビッグコミック・オリジナル」に連載されている長寿作品です。「ビッグコミック・オリジナル」の創刊は1972年ですから,ほとんど雑誌と同じ歴史をもった作品ということができます。
作者の西岸良平は1972年に「夢野平四郎の青春」で第8回ビッグコミック賞(現在の小学館新人コミック大賞一般部門)佳作一席に入選しました。その2年後から夕焼けの詩(三丁目の夕日)の執筆を開始していますので漫画家人生の大半はこの作品に費やしています。
この作品以外にも「鎌倉ものがたり」,「蜃気郎」,「たんぽぽさんの詩」などの著作があり,いずれも基本的に1話完結のスタイルとなっています。
このようなスタイルは当初はそれほど評価されなかったようであり,「三丁目の夕日」は執筆開始から7年後の1981年に第27回小学館漫画賞を受賞しています。「鎌倉ものがたり」は執筆開始から25年後の2009年に第38回日本漫画家協会賞大賞を受賞しています。
現在では夕焼けの詩(三丁目の夕日)あるいは三丁目の夕日(夕焼けの詩)と呼ばれるこの作品の正式タイトルは第18巻の表紙絵にあるように「夕焼けの詩」となっており,作者の初期短編集を集約したものでした。
そのため,単行本の第1巻は「プロフェッショナル列伝」という副題が付けられ,内容も大工,魔術師,刀鍛冶,漁師,火消しなどその道の達人を紹介する作品となっており,「三丁目の夕日」の世界は出てきません。
第2巻,第7巻も短編集となっており,「三丁目の夕日」とは作品世界を共有していません。「三丁目の夕日」の世界が出てくるのは第3巻からであり,この作品の常連となる「鈴木オート」の鈴木さん一家が登場します。そのため,第3巻のサブタイトルは「三丁目の夕日」となっています。
表紙絵で見る限りでは「三丁目の夕日」の副題が登場するのは第20巻からです。第3巻からは「夕日町三丁目」の出来事を扱う作品が大半となったためこのような副題が付けられ,その後,継続して夕日町三丁目が物語の舞台となったため,いつしか副題の「三丁目の夕日」が作品の通称となっています。
物語の舞台は昭和30年代の東京郊外(と思われる)の「夕日町三丁目」であり,鈴木さん一家以外にも多くの人たちが登場し,彼らの生活や家庭内のちょっとしたドラマが描かれています。いってみれば「昭和30年代の風物詩」ということになります。
物語が開始されたのは1974年(昭和49年)であり,多くの人々がある種の懐かしさをもって作品世界に入っていけることになります。現実の世界では昭和30年代は日本が戦後の荒廃期から朝鮮戦争特需を経て高度成長期に入った時期です。
昭和31年の経済白書は「もはや戦後ではない」と明言しています。東西冷戦はすでに始まっており,日本は自由主義陣営の一員として着実に経済大国への道を歩み始めています。労働集約型の軽工業で米国を中心に輸出が伸び,昭和31年の貿易黒字は5億ドルを越え,神武景気」が現出しました。
昭和30年代の最後には「東京オリンピック(昭和39年)」が開催され,それに合わせて東海道新幹線(昭和39年),首都高速道路(昭和37年から順次開通)が整備され,人々は米国型の豊かな暮らしを夢見ながら邁進していました。
経済規模が拡大していく時期は失業率は低くなり,中学卒で集団就職する子どもたちは「金の卵」ともてはやされました。昭和30年代とは一生懸命働くと明日は今日よりよい暮らしできると信じられる社会でした。
経済状態は現在よりずっと貧しく,白黒テレビがようやく普及してきた時期であり,人々は街頭あるいは電気店に展示されているテレビのプロレス中継に熱狂したものです。このような懐かしい時代の風物詩を一話完結のスタイルで紹介してくれるのが「三丁目の夕日」なのです。
自民党政権時代の安倍元首相は持論の「美しい国」の具体例として映画「ALWAYS 三丁目の夕日」をあげたそうです。この程度のイメージが先行する持論で国政を動かされてはたまりません。
この作品中に描かれている昭和30年代はほぼ事実に即しています。しかし,この作品に描かれていない昭和30年代もあることを忘れてはいけません。作品中では家族の絆やご近所との付き合い,伸び伸びと遊ぶ子どもたち,完全失業率は1%程度という現在から考えるとユートピアのような社会でした。
その一方で貧富の格差,社会的な差別,男尊女卑,産業化による公害,環境破壊,高い犯罪率,冤罪事件,頻発する労働争議,国論を二分した安保闘争,炭鉱事故や鉄道事故の多発,自然災害による巨大な人的被害など負の側面も大きく,成熟した民主主義や現在よく耳にする「安心・安全」な社会からは程遠い状況でした。
鈴木オートの一平君と同じように昭和30年代に小学生をしていた世代としてはある種の懐かしさはあるもののとてもユートピアではなかったと証言せざるを得ません。
この作品に描かれているのは昭和30年代の良いあるいは懐かしい側面だけを切り出してきたものなのです。トマス・モアがその著書「ユートピア」で記したように「現実には決して存在しない理想的な社会」であり,いつの時代でも人間の社会は不条理に満ちたものなのです。
そのような根源的な問題を横に置いて,イメージだけであの時代は良かった,日本の一つの理想が体現されていた時代などと考える政治家が首相になる現在の日本はいったいどうなっているのでしょうか。
昭和三十年代なんて知らないけれど、そんなに良い人たちだらけなわけないとわかっているけれど、画柄があったかくて読まずにはいられない。 多くないページ数でこれほどまでに人情話を紡いでいけるのもスゴい。 月イチ連載になってしまったけれど、読めば必ず心はハートフル。 世界よ、ノスタルジーとはこういうことだ! でも映画化されたのは、なんか残念だった。一平のお父さんは怒りっぽくなってるし、六ちゃんなんか性別まで変わってるし...