sakurakoji.sakura.ne.jp
「釣りバカ日誌」は原作・やまさき十三,作画・北見けんいちによるサラリーマン漫画であり,1979年から現在に至るまで「ビッグコミック・オリジナル」で連載されています。30年を超えて連載されており,長寿作品の多いビッグコミックス系でも最古参に近いものです。
釣りバカの物語らしく単行本の各巻には魚の名前がタイトルになっています。それも最初の頃は第1巻がメダカ,第2巻がイワシ,第3巻がアジというように,大きな魚になっていきますが,この方法はすぐに続かなくなり,以降は物語とは関係なく魚の名前が付けられています。
第28回(1982年度)小学館漫画賞受賞した人気作品であり,1988年に松竹系で映画化されています。これがヒット作となったのでその後も2009年まで毎年1本新作が公開されています。残念ながら私は漫画が映画化された作品は(どうしても原作との差異点に目が行ってしまいますので)見ないことにしています。
主人公の浜崎伝助(はまさき・でんすけ,通称ハマちゃん)は中堅の建築会社・鈴木建設の営業課員です。物語が始まったときは32歳の設定ですので,1947年頃の生まれですからいわゆる団塊の世代に属しており,リアルタイムで時間が経過したらそろそろ定年の声が聞こえる年齢です。
しかし,物語の都合上,転勤や出向はあっても一貫して営業3課に所属する平サラリーマンという設定になっています。物語が開始されたときの上司である佐々木課長などは課長→部長代理→部長→取締役(→単行本の30巻から先は読んでいないので分かりません)と破格の出世を経験することになります。
また,主要登場人物である鈴木社長や奥さんのみち子さんも年をとらない設定となっており,一人息子の鯉太郎だけは物語とともに順調に成長していきます。wikipedia によると現在は小学校の3年生ということになっています。
ビッグコミックス系ではサラリーマンを主人公とした「総務部総務課・山口六平太」があります。こちらも単行本では74巻を越える長寿作品です。「釣りバカ日誌」では主人公の人柄と幸運により,「総務部総務課・山口六平太」では主人公の機転と気配りにより社内の問題を次々にクリアしていきます。
このような主人公を見ているとサラリーマン生活はずいぶん気楽なものに写りますが,現実の世界ではハマちゃんのように幸運・強運の星の下に居続ける人も,六平太のようなスーパー・サラリーマンもいません。
それどころかリストラが蔓延し,雇用人口の1/3は非正規労働者となっている時代にあってはサラリーマン=安定の図式は完全に崩壊しています。バブルの時代が終焉すると企業は生き残りのため,水膨れした労働コストの削減が緊急の課題となり,それがリストラとなっています。リストラをまぬがれた正規社員も厳しい目標管理・成果主義が導入されています。
賃金とは働いた対価でであり,労働による付加価値以上のものにはなりません。デフレの時代に入ると販売価格に占める付加価値がどんどん小さくなり,それに連動するように賃金の水準も低下していきます。そのようなしわ寄せはパート,派遣社員といった労働弱者に向けられます。
社会的には賃金は労働再生産のための資源でなければならないにもかかわらず,その水準に到達しないいわゆる「ワーキング・プア」と呼ばれる若い世代が増加しており,この年代の人たちが50代,60代になったときには社会は大きな負担を強いられることになる可能性が高いのです。
若い世代の厳しい就職事情はどこの先進国でも同じであり,一定の経済成長が持続できないとすぐに失業率が跳ね上がります。経済がグローバル化すると企業は生産拠点を労働コストの安価な途上国に移転します。
それは日本企業でも同じことであり,労働者の賃金水準そのもが国際的な競争にさらされています。途上国では月に10万円の賃金は十分すぎる金額ですが,日本ではとても普通の暮らしはできません。
この生活水準のギャップがそれぞれの国の賃金水準に反映されるため,企業は生き残りのため途上国に進出していきます。産業のある部分が空洞化して,それを埋める新しい産業が育たないと労働弱者の割合はさらに大きくなります。
このような2000年代のトレンドに対して,1980年代ははるかに労働環境が良好な時代でした。そのような時代を背景にしてはじめて「釣りバカ日誌」や「総務部総務課・山口六平太」は物語として成立しました。
それから30年が経過して,現在の日本にはこのような余裕を維持できる企業は非常に少なくなっており,二つの物語は古きよきサラリーマンの時代を回顧するものとなっています。
巻数も百を超え、シリーズ映画も終わり、マンネリの極致に達した感もある。浜ちゃんの人の良さで乗り切る展開には、もう飽き飽きしてしまう。 人物の線にもバラつきが見え、画力の衰えも感じ取れる。 なのに。 オリジナルの中に、この画柄が無いと寂しくなってしまう。 マンネリの先にある空気感を掴み取った稀有な作品と言えるのかもしれない。