グルメと人情の焚き合わせ あべ善太・原作/倉田よしみ・マンガ『味いちもんめ』全33巻

『味いちもんめ』

 グルメと人情は相性が良いらしく、いいグルメマンガはいい人情マンガになることが多い。今回取り上げるあべ善太・原作、倉田よしみ・マンガの人情グルメマンガ『味いちもんめ』のように。
『アヒル物語』のタイトルで連載第1回が掲載されたのは『ビッグコミックオリジナル増刊』1984年10月15日号。第2回から『味いちもんめ』にタイトルが変わり、87年7月に兄弟誌『ビッグコミックスペリオール』が創刊されたのを期に同誌に移籍した。
 原作のあべ善太は、高校の先生が本職というユニークな経歴の持ち主だったが、99年3月に急逝。そのため、一旦連載は終了となり、『味いちもんめ』のタイトルでの単行本は33巻で完結している。その後、『新・味いちもんめ』(シナリオ協力・福田幸江)、『味いちもんめ 独立編』などの続編が発表され、現在は、『味いちもんめ -継ぎ味-』(原案・あべ善太、ストーリー協力・久部緑郎)が連載中だ。

 舞台になるのは、東京・新宿に店を構える料亭「藤村」である。通好みの名店だが、赤坂や銀座の老舗ほど敷居が高いわけではない。花板(総料理長)で、おやっさんとして親しまれる熊野信吉は浅草生まれ。中学を出てすぐに京都の老舗料亭「吉川」で修行。幼なじみだった「藤村」の店主が亡くなったため、ホテルの料理長にという誘いを断り、花板として店を立て直した人情にあつい人物だ。女将さんも熊野には全幅の信頼を置いている。
 主人公は熊野ではなく、新米の板前・伊橋悟だ。料理学校を首席で卒業したことからテングになっていた伊橋は、仕事をやらせてもらえないことに不満タラタラ。立板(料理長)の横川はそんな伊橋を見かねて、下積み3年目の谷沢と大根の桂剥きで勝負するように命じた。
 バカにしていた谷沢にも負けた伊橋はようやく料理の世界の厳しさに気づき、まじめに(?)修行に取り組み始める。
 タイトルにもなっている「アヒル」とは下準備や掃除などを担当する見習いのこと。追い回しとも言うが、水浸しの板場(調理場)を駆け回る姿から「アヒル」と呼ばれる。
 連載の当初は、伊橋の成長を軸に、アヒル仲間の谷沢、三番手のポジションである煮方(煮物・鍋物担当)ながら、大人しい性格のために足踏みするクリこと栗原たちの成長と、元僧侶で募集広告を見て下働き兼揚場(天ぷらなどを担当)になったボンさんの過去、熊野のおやっさんと家族のドラマなどが1話完結式で綴られていく。途中で、伊橋が出世すると彼の後輩アヒルも生まれる。
 また、おやっさんの幼なじみの落語家・三遊亭円鶴、常連客の村野社長、おやっさんの京都時代の修行仲間たちがゲストとして登場して、物語に味を添えていく。

 グルメマンガではなく人情マンガとして『味いちもんめ』を読んだとき、一番魅力を感じる登場人物は誰だろうか?
 味に厳しく、家族や料理人にやさしいおやっさんも捨てがたいが、やはりボンさんの魅力には勝てないだろう。
 ボンさんは、タイトルが『味いちもんめ』に変わった初回から登場。本人いわく、仏像を叩き売ったお金を博打につぎ込んで檀家をしくじり、寺を追われて行くところがないので「藤村」の求人に応募したのだ。
 京都大学を出て、京都の寺で修行したと言うが真偽の程は謎。太平洋戦争のときは、出征してビルマ戦線(いまのミャンマー)で生死の境を経験。終戦後、日本に帰ってみると価値観が180度変わった現実を目にして自暴自棄になり、芸者遊びや博打三昧の放蕩暮らしを送るようになった、らしい。連載が始まった80年代半ばには、戦争体験者もたくさん残っていたのだ。
 怪しいところはあるものの、ボンさんはなかなかの風流人で、その博識ぶりから経歴には嘘がないようにも思える。
 肝も据わっていて、立板の横川のもとにチンピラが借金取り立てにやってきたときには、うまくあしらって追い返してしまうほどだ。

 そんなボンさんの、いささか屈折した人情が伝わるエピソードを紹介しよう。第2巻第6話「いもぼう」である。
「藤村」が改装工事に入り、伊橋、谷沢、ボンさんの3人はその間を利用して京都の料亭「花家」の助っ人に派遣される。おやっさんの修行時代の弟分・富田が花板を任される店だ。助っ人を終え、東京に戻る日、ボンさんは最後に祇園を歩きたい、と言い出した。
 かつては祇園の通りを舞妓を何人もつれて歩いたと振り返るボンさんだが、伊橋と谷沢は信じない。そんなとき、ボンさんの名を呼ぶ声が聞こえた。声の主は、ボンさんが若い頃に馴染みだった舞妓・ひな子だった。いまは、パートのおばさんをしているというひな子と彼女の馴染みの店で飲むうちに最終の新幹線は出てしまい、3人は彼女の部屋に泊まることになった。
 先に寝てしまった伊橋と谷沢を横に見ながら差し向かいでお茶を飲むボンさんとひな子。ひな子はふと「ウチら“いもぼう”にはなれまへんでしたな……」とつぶやく。
 いもぼうは、海老芋と棒鱈の焚き合わせのこと。イモとタラがひとつになってお互いの味を引き出す京料理だ。若き日のひな子は、ボンさんに惚れて、世帯を持つことを夢見ていたのだ。しかし、ボンさんは彼女の前から突然姿を消し、30年以上の歳月が流れた。
 翌朝、京都駅に向かう前に、ボンさんは花家でもらった餞別を彼女の部屋にそっと置いてくる。彼女の本心に気づかず、いもぼうになれなかった自分を詫びるように……。
 いもぼうの味は、人情とグルメがひとつになった本作にも通じているように思えるのだ。

 

第2巻106〜107ページ

 

記事へのコメント

良くも悪くも作者の理想の男像を感じたキャラ>ボンさん
…なんだけど、やはりあべ善太以外には扱いにくいと判断されたのか、新以降は実質リストラされていたんで、継ぎ味の復活は嬉しかった。
でも元々味いちもんめへのアンチテーゼも多いラーメン原作が手掛けているだけあって、頑張ってるけど違和感も正直感じてる。

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