先日、第162回芥川龍之介賞・直木三十五賞の候補作が発表されましたが、候補作の中にみなさんの推し作家さんの作品はあったでしょうか。この連載ではマンガについて書いている自分ですが、某ファッション誌にて文芸書の新刊レビューを、かれこれ10年以上書いていたりもします。あと読書(※マンガ含む)以外に趣味と呼べるものがないので、マンガだけでなく文芸作品への思い入れも、それなりにあったりします。
素晴らしい作品を生み出す作家やクリエイターは「神」として崇められる世の中となりましたが、作家が書き上げた原稿をさらに磨き上げる的確な指摘をし、進行管理まで平然とやってのける文芸編集者は、IQが低けりゃ要領も悪い自分にとってスターのような存在。「推しの作家=雲の上の神」ならば「推しの作家の文芸編集者=神の脇を固める大天使、あるいは超人」だと感じています。
しかし作家が注目されることは多々あれど、編集者が注目されることは滅多にない。また取材で出版社を訪問することはあっても、当然のことながら会議室や応接室に通されるので、いまだ文芸編集者の方々が本づくりをしているアツい現場=編集部を生で見れたこともない(見れたら見れたで、情報管理的にマズいと思うが)。そして見られない/見せてもらえない、ないない尽くし状態だからこそ、編集者たちが日々奮闘する「本づくりのアツい現場を見てみたい欲」は、どんどんつのっていく。
マンガ誌の編集者をメインキャラにマンガ業界を描いた作品としては、それこそドラマ化された松田奈緒子さんの『重版出来!』をはじめ、今年「ビッグコミックオリジナル増刊号」にて連載が始まった松本大洋さんの『東京ヒゴロ』、少し前に伊藤ガビンさんが連載枠で紹介していた青木U平さんの『マンガに、編集って必要ですか?』と、近年の作品だけでもけっこうあったりする(特に同人マンガ業界を描く作品は、ここ数年で激増している気もする)。
しかし文芸業界のマンガとなると、パッとは思い浮かばない。仮にあったとしても、なんか地味か小難しい作品しかなさそう……と思っていたら、ちゃんとありましたよ、自分のニッチな「本づくりのアツい現場を見てみたい欲」を満たしてくれる上に超面白いマンガが……!
というわけで、今回は日本のマンガ業界の懐の深さに感謝しつつ、ジェントルメン中村さんが生み出した奇跡の文芸業界マンガ『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』をご紹介したいと思います。
大天使というよりも毘沙門天みたいな劇画タッチの女性の姿に面食らい、「これ、キワモノ作品じゃ……」と感じている人もいそうですが、実はこの『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』、お仕事マンガとしてはかなり正統派。
作品の舞台となるのは「弱肉強食の文芸業界で、時代の潮流をとらえた人気小説を連載し続けて三十五年」という歴史を持つ文芸誌『アウト・ポケット』の編集部。この編集部に所属する編集者をはじめ、作家・校閲者・装幀家など本づくりに携わるあらゆる人々が、後世に残る傑作を生み出すべく奮闘する日々が、オカッパ頭の新人編集者・白柳紀乃子(しろやなぎきのこ)の視点で描かれていくのですが、主となるテーマは“業務上で生じるトラブルを、いかに解決するか?”というもの。
また劇画タッチの絵柄ゆえ、作中で勃発するトラブルの内容がプロジェクトX的な荒唐無稽なものだと思われそうですが、そんなことない。むしろ“乗り気でない作家を相手に、いかにして執筆依頼をするか?”——言い方を変えれば“乗り気でない交渉相手をいかに説得するか?”とか“話し合いをいかに上手くまとめるか?”といった内容なので、文芸業界や出版関係者に限らず何かしら人と関わる仕事(もしくは組織や集団の中での仕事)をしている人であれば誰もが経験するようなトラブルだったりする。
じゃあ、何が『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』をマンガとして面白くしているかといったら、登場する人々たちが発する圧倒的な熱量に尽きる。メインキャラクターであり文芸業界の「女傑(アマゾネス)」とリスペクトされる『アウト・ポケット』編集長・才堂厚子(さいどうあつこ)は、もう佇まいからしてタダモノじゃない感&本づくりにかけるパッションがほとばしっているし……
才堂の部下でありコミックス編集部から異動してきたばかりの編集者・錦河も負けてはいない。何せ彼女、沼にハマると分厚い同人誌&自作グッズをつくりまくるアツいハートの持ち主。しかも錦河が「同人誌を作りたくなる程熱くなった作品は全て100万部以上売れてる」らしいので、玉石混交の作品群の中から未来のミリオンセラーを見抜く編集者としての嗅覚もバカにできなかったりもする。
アツい編集者たちに呼応するように、共に本づくりに携わる人々もマグマのような情熱を噴出させている。世間的にはクールでカッコいいイメージの強いブックデザイナー(装丁家)ですら、ここではアツい。
著者である作家の要望&こだわりを徹底的に汲み取った単行本のデザイン案(修正8回目)に対し、作家からの「なんかこう… “初々しさ”みたいな感じ(モン)が欲しいよな…!」という抽象的すぎるダメ出しを紀乃子経由で受け取ったブックデザイナー・坂戸は「こうなったら… 作家(センセイ)と直で対面して… 決着(ケリ)をつけるしか無いですね!」と爆発寸前のテンションを顕にするし……
才堂編集長から紀乃子が担当を引き継いだ大御所時代小説家・井海は、上がってきた原稿に対して提案・要望が特にないと言う紀乃子に対して「茶坊主(イエスマン)とは組めぬぞ!!」と、静かながらもアツい創作意欲を見せつける。
……と、こんな調子で各話ごとに本づくりに情熱を燃やす人々が登場する『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』。ちなみに、まだ単行本化されていない13話以降のエピソードでは、本の出来栄えよりも収益や予算といった数字を第一に考え、現実世界においても編集者や装丁家がバトルを繰り広げがちな業務部の人物も登場したりします。
日々の編集業務の中で生じる様々なトラブルを、いかに才堂編集長たちが解決するかが作中では描かれるのですが、機知と知略に情熱をかけあわせながら(時には凡人には思いつかぬような斬新なアイデアも繰り出しながら)華麗にトラブルを解決していく彼女たちの活躍は、まるで一流アスリートたちが全力でぶつかり合いながら繰り広げる名試合のようでもあり、読み手である我々の心をとにかくアツく興奮させてくれる。
また各キャラクターがそれぞれ抱いている情熱は、“より良い作品をつくり、より多くの読者の心を震わせたい”という一心から生まれているので利己的なところが一切なく、人間味にもあふれている。そして読むほどに彼らの情熱の温度が伝播してくるので、気付けばこちらの心も「ホッコリ」と温められていたりもする。
『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』の世界においては、才堂編集長が「作家 装幀家 編集者… 立場は違えど目標は一緒だ!」と語るように、誰もが——一見、数字でしか物事を判断していないようにも見える業務部の桐原部長ですら——本づくりへの情熱を、誤差ゼロで抱いている。実はこれこそが、マンガというフィクションだからこそ描ける一番のミラクルのように思えます。
なので文芸業界や出版関係者の方で、本が思うように売れない世知辛さやデスマーチばりの年末進行に心が死にそうな人がいたら、エナジードリンクに手を出す前に『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』を試しに読んで英気を補給して欲しいです。なお、疲弊しきってページをめくることすらしんどいという方は、1話の内容がまとめられたプロモーション動画もあるので、こちらをぜひ。
また、この記事が掲載されるのがルビ(ふりがな)をつけにくいウェブ媒体であるので割愛してしまいましたが、著者のジェントルメン中村さんの出世作である『セレベスト織田信長』(リイド社)同様、彼の十八番である“ルビ芸”も作中で存分に楽しめます。
神業としか思えない素晴らしき“ルビ芸”ですが、この記事内の画像(と、自分の文章スキルの低さ)ではファビュラスさを到底伝えきれないので、ぜひ単行本あるいは電子書籍版にて堪能いただければ幸いです。
なお1話から12話までを収録した単行本1巻は今年9月に刊行されたばかりで、13話から最新話となる22話は「講談社BOOK倶楽部」のページにて読むことが可能。体力&気力をそこまで消費せずとも一気読みできるボリュームなので、安心して手を出していただければと思います。また個人的には紀乃子の成長を共に見守る仲間がどんどん増えて欲しいし、何より早く2巻が刊行されて欲しかったりもします。もしこの記事をきっかけにアマゾネスたちの魅力にハマった人がいましたら、ぜひ一緒に口コミという名の布教活動に勤しんでくださるとうれしいです。
あれやこれやと書いてしまいましたが、『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』は心の煤払いにもうってつけなマンガゆえ、年末に読んでおくと、清らかな気持ちで新年&仕事始めを迎えられるのではないかと。それではみなさま、良いお年を〜。