マンガの中のメガネとデブ【第8回】左門豊作(作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』)

マンガの中のメガネとデブ【第8回】左門豊作(作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』)

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第8回は[デブ編]、昭和の野球マンガの金字塔『巨人の星』(作:梶原一騎・画:川崎のぼる/1966年~71年)から左門豊作の出番である。

 左門豊作といえば、ご承知のとおり、花形満とともに主人公・星飛雄馬の前に立ちふさがるライバルだ。花形モーターズの御曹司でスマートな二枚目の花形とは対照的に、丸顔に丸メガネ、ずんぐりむっくりの体型は、見るからに野暮ったい。九州は熊本県の貧しい農家に6人きょうだいの長男として生まれる。早くに両親を亡くし、引き取られた先の親戚の家で畑仕事や薪割りなどに牛馬のごとくこき使われた。そこで鍛えられた足腰や腕力、手首の強さが結果的に彼の強打を生んだのだから、人生何が幸いするかわからない。

 飛雄馬との出会いは高校時代。その堂々たる態度と迫力の打球を目の当たりにした飛雄馬は「花形のはでな天才ぶりにくらべると やつはじみでやぼったいが努力型の最高といったところだ/きっと学問でも優秀だろう」と評する。実際、左門は寝る間も惜しんで勉学に励み、成績はトップクラス。野球では対戦相手の研究を怠らない頭脳派だ。親戚の家では電灯を使わせてもらえず月明かりで勉強したため近眼になったが、メガネを外したときの目つきは鋭い。そういう意味ではメガネキャラの属性もある。

 最初の登場時にはそれほど太っていなかった左門だが、熊本代表として甲子園に出場したときには立派なデブになっていた。親戚の家ではまともに食事もさせてもらえなかったはずなのに、なぜそんなに太ったのかという謎はさておき、生い立ちからくるハングリー精神はハンパない。甲子園出場も、彼にとっては就活の一環。プロのスカウトの目に留まり、少しでも高い契約金をゲットするのが目標だ。そんな左門の身の上を知り、背後に彼の代わりに働く弟妹たちの姿を見た飛雄馬が涙で手元を狂わせるのも無理はない【図8-1】。

 

【図8-1】感動屋の飛雄馬じゃなくてもこれは投げづらい! 作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』(講談社漫画文庫)3巻p31

 

 甲子園では飛雄馬率いる青雲高校に敗れたものの打撃力への評価は高く、晴れて大洋ホエールズ(現DeNAベイスターズ)に入団。巨人対大洋の開幕戦でリリーフ登板した飛雄馬に対し代打で登場した左門は初球を見事にホームラン。しかし、リベンジに燃える飛雄馬の大リーグボール1号で最初に打ち取られたのも左門だった。尻餅をつきメガネも落っことした左門の姿は、いかにも不様。同じ打ち取られるにしても花形とは描かれ方が違う。これも引き立て役としてのデブキャラの宿命か【図8-2】。

 

【図8-2】初披露となった大リーグボール1号の餌食になる左門。作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』(講談社漫画文庫)5巻p364-365

 

 打倒・大リーグボールを誓う左門と花形。しかし、そこでも二人は対照的だ。特訓に打ち込むあまりスランプに陥る花形とは違い、左門はマイペースでヒットを重ねる。「ひとりのライバルにしてやられたショックになやむなどブルジョアのぼっちゃんじゃけんゆるされること!/わしのバットにゃ東京へ呼んだ五人の弟や妹たちの生活がかかってますたい」という言葉には深くうなずくしかない。結局、先に大リーグボールを打ち砕いたのは花形だったが、無茶な特訓で体がボロボロになり入院する羽目に。一方、花形に先を越された心境を記者に問われた左門は、悔しさをにじませながらもやはり自分は弟妹たちの生活を守らねばならないと語るのだった【図8-3】。

【図8-3】花形や飛雄馬とは背負っているものが違う。作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』(講談社漫画文庫)6巻p264

 

 どこまでも真面目な現実主義者の左門豊作。腕も折れよと魔球を投げ、それを打つためなら体が壊れてもいいという当時の野球マンガにおいて、左門のような地に足の着いた生活感あるキャラクターは珍しい。テレビ番組企画のボウリング大会に飛雄馬、花形とともに出演しても、アイドルのオーロラ三人娘にちやほやされてポーッとなる飛雄馬と違って浮かれることはない。「これとて出演料で弟や妹たちのおやつ代にはなる」と、もらったお金で弟妹に焼きイモを買って帰るのだから堅実にもほどがある。

 しかし、そんな彼も気持ちが乱れることがある。大リーグボール2号(消える魔球)打倒を、またしても花形に先んじられ、悔しさのあまり夜の街をうろつき、ふらりと入った映画館で、隣に座った女性がひざに手を置いてきた。「‥‥さそい? まさかそげん気のきいた物語がわしにおこるはずはなか/また失望せんうち こっちで身を引くことたい」と、自虐的ながら冷静な判断でその手をどかそうとしたところ、悲鳴を上げられ痴漢扱いされてしまう。「わしのひざに手ばのせてきたのはきみのほう」と懸命に釈明するも「けっ だれがおまえみたいなカッペにモーションなんざかけるもんか!」と相手の女は聞く耳持たず、ひどい言い草。これが花形なら、そんなセリフは出なかっただろう。

 もちろん左門が痴漢などするはずはなく、それは新宿を根城とするスケバングループによる痴漢冤罪詐欺だった。たまたま同じ映画館に居合わせた(消える魔球を打たれてやけくそ気分の)飛雄馬が火に油を注ぎながらも何とかその場は収まり、飛雄馬を気に入ったらしいグループのリーダー「お京さん」と3人でゴーゴー喫茶に行くことになる。「わしがゴーゴーなんぞ」と最初は尻込みしていた左門だが、飛雄馬に「左門さんがおどるなら‥‥おれもアルコールをコーラにきりかえよう」と言われてフロアへ。その盆踊りのようなダンスに、周りの客たちは大爆笑するのだった【図8-4】。

 

【図8-4】そんなに笑わなくてもいいと思う。作:梶原一騎・画:川崎のぼる『巨人の星』(講談社漫画文庫)10巻p304-305

 

 何をやっても滑稽味が出てしまうのは、やはり容貌や体型、言葉遣いも含めたキャラ造形ゆえだろう。ところが意外にも左門はゴーゴーが気に入ったようで、カウンターで飛雄馬を口説くお京さんを「わしはもっとおどりたかとです/ゴーゴーはおもしろかものですたい」と誘い出すのだから、人間いつ何にハマるかわからない。さらに、店を出てお京さんと別れた夜明けの街で、左門は飛雄馬に突然の告白をする。

「こまったとです‥‥うううっ/お京さんは星くんば好きになったごとですが ばってんわしは‥‥一目ぼればしてしもうたですばい お京さんに」

 これには飛雄馬も「な‥‥なんだって!!」と驚愕の表情。「は‥‥はっきりいっておよそまじめ人間の左門さんごのみのタイプの女性とは思えんけどなあ」と言う飛雄馬に「おかしなものですたい/万事ぶきっちょで地味で暗闇からひっぱり出された牛のごとある左門豊作なればこそ‥‥/つ つまりないものねだり お京さんのネオンのジャングルの女豹のムードに魅力ば感じ あこがれるらしいとです」と心情を吐露する左門。そこまで卑下せんでも……と思うのだが、この真面目さと自己分析力こそ左門の左門たるゆえんである。

 お京さんをめぐる飛雄馬と左門の友情ドラマは、野球パートとは別に終盤の見どころだ。「う‥‥うっ/人を恋するとはこげん苦しかものとか‥‥/こげん一文にもならん苦しみば この左門豊作が悩むとは‥‥」「恋‥‥こればっかりはどげん現実的な男をもロマンチストに‥‥たたいても死なん男をも弱く変えてしまうものたい」と煩悶する左門と、「京子さんは自分の持つ美点をすなおに表現できんくせ球だが左門さんの青春の打席 初恋の対象に恥じぬ人だ!」と背中を押す飛雄馬。現在の目で見るとツッコミどころも多く、パロディネタにされることも多い『巨人の星』だが、飛雄馬と左門の残酷なまでに対照的な姿が描かれるラストシーンは、令和の今も色褪せない。飛雄馬でも花形でもなく、最後に真の栄光をつかんだのは左門豊作なのである。

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