「食は生きること」を描いた戦場マンガ 魚乃目三太『戦争めし』1〜8巻

『戦争めし』

 

戦争めし』は、食マンガ家・魚乃目三太が、戦時下の「食」にスポットを当てたマンガだ。1話完結のオムニバス形式で、戦場だけでなく、内地の空襲、満州からの引揚げ、シベリア抑留、戦後の食糧難など、描かれているテーマは幅広いが、あえて戦場マンガ十番のひとつとして紹介したいと思う。
 1975年生まれの魚乃目が、戦争をテーマにしたマンガを描くことになるきっかけは、テレビニュースで見た一枚の絵だった。
 単行本第1巻のあとがきによれば、絵には戦闘や病気で仲間を失い、ジャングルを裸同然でさまよう兵士が描かれていた。兵士が手に持っているのは、銃や爆弾ではなく戦場で煮炊きするための飯盒。描いたのはひとりの老人で、過去の戦争体験を次世代に遺すことが目的だった。それが魚乃目に衝撃を与えた。
 絵から「食べる事が生きること!」というメッセージを受け取った魚乃目は、戦争をテーマにした食マンガを描きはじめた。それが、単行本第1巻第1話「幻のカツ丼」だ。
 初めはボツになったが、6年後にようやく日の目を見ることになる。秋田書店のWEBマガジン『チャンピオンクロス』7月14日更新分〜28日更新分に掲載後、シリーズ化されて同社『ヤングチャンピオン』、『別冊ヤングチャンピオン』、『ヤングチャンピオン烈』で同時連載。のちに、『ヤングチャンピオン烈』で連載化。『チャンピオンクロス』を引き継いたWEB雑誌『マンガクロス』にも新エピソードが発表された。
 単行本は「ヤングチャンピオンコミックス」から現在8巻までが出ている。また、2018年にはNHKBSプレミアムでドラマ化もされた。

 第1話『幻のカツ丼』の舞台は1944年12月の南太平洋ブーゲンビル島。主人公の山田は第17軍管下第6師団歩兵第13連隊の小川分隊に配属された兵士だった。
 島は上陸したオーストラリア軍が制圧しており、日本兵は火山がつくった洞窟に隠れてゲリラ戦を続けていた。食事当番として乏しい食料からうまいものをつくる山田は分隊の皆から感謝されていた。分隊の話題といえば内地で食べたもののこと。ある晩、小川分隊長は「カツ丼」の思い出を語り始めた。志願兵時代にカツ丼を食べるため早稲田の定食屋まで出かけたところ、学生の喧嘩に巻き込まれて一口しか食べられなかった、と言うのだ。
 ある日、水源地に水くみに出かけた山田たちは敵軍の食料を見つけた。山田は敵の銃撃で足に傷を負いながらも食料を持ち帰り、カツ丼を作り始める。分隊長が早稲田で入った定食屋は、山田の店だったのだ。
 分隊の仲間たちは夢中になってカツ丼を頬張り、涙を流した。翌日、分隊は銃撃で傷ついた山田だけを残して夜襲に出た。しかし、仲間たちは帰らなかった。待ち伏せしていた敵の反撃で全滅したのだ。。
 戦争が終わって、山田は元の定食屋を再開した。そこに死んだはずの分隊長が現れる。捕虜になった分隊長は何度も自決しようとしたが、最後に食べたカツ丼が生きる力になり戻ってきた、と山田に告げる。

 魚乃目の食マンガは丁寧な取材と資料の裏付けが魅力だが、本シリーズでも戦争体験者の話を聞いたり、図書館などで資料に当たった上で脚色を加えほろりとする作品に仕上げている。
 また、偶然の出会いから生まれた作品もある。第2巻の「真夏のおでん」もそのひとつだ。
 真夏の暑い日、ひとりの老人が蕎麦屋でおでんを注文する。こんな季節に珍しいな、と思いながら店主がおでんを出すと、老人はおでんの皿を前に涙を流しはじめた。
 店主が話を聞くと、老人の名は前田郁夫。秋田出身の彼は19歳で出征してインドとビルマの国境地帯に配属され、そこで同い年の戦友・橋本悟と出会い、ひとつの飯盒の飯を分け合う仲になる。
 しかし、イギリス軍の反撃で部隊は壊滅。橋本も腹に銃弾を受けた。寒気に震え意識がなくなる中、橋本は「こんな寒い日はおでんがいいなぁ」とつぶやく。前田は残ってた食料を飯盒で煮たものを「おでんだ」と橋本の口まで運んだ。だが、「おいしい」という一言を残して橋本は死んでいった。
 それから70年。上京して、あの日のことを思い出しながら歩いていた前田は、蕎麦屋の表にあった「おでん」の文字に、運命を感じたのだった。
 これは、魚乃目が馴染みにしている居酒屋の店主から聞かされた話が元になっている。この店で、編集者と一緒に第1巻の打ち上げをしていたとき、本を見た店主が、「こんな話が・・・」と語り始めたのだ。
 戦争で死んでいった若者たち、傷ついた若者たちの「生きたい」「食べたい」という言霊が、ひとりのマンガ家を動かしているのではないだろうか。そんな気さえしてくるシリーズなのだ。

 

チャンピオンコミックス第2巻34〜35ページ

 

 

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