砂漠の戦場で戦う男たち女たち 新谷かおる『エリア88』全23巻

『エリア88』

 平和な日常に慣れた日本人がいきなり異国の戦場に送られ、死と向かい合いながら敵と戦うことになったら……。新谷かおるの『エリア88』はそんな極限状態を描いた戦場マンガだ。
 小学館の『少年ビッグコミック』で1979年8号から86年13号に連載。単行本は「少年ビッグコミックス」で全23巻にまとめられた。84年には、同じく新谷の『ふたり鷹』とともに第30回小学館漫画賞を受賞。また、85〜86年にはオリジナルビデオアニメが全3話でつくられ、2004年には全12話でテレビアニメ化された。
 ほかに、ゲームやレコード・CDなど幅広いメディアミックスが行われた作でもある。

 舞台になるのは中東の架空の王国・アスラン。開放政策を進める新王と、国交の制限を主張する王の兄が対立。それは内戦にまで発展し、国王派を支持する隣国・イスラエルを含む西側陣営と反国王派を支持する東側陣営を巻き込んだ泥沼状態が続いていた。
 主人公のシンこと風間真は民間航空会社・大和航空のパイロット訓練生だったが、フランスでの研修訓練を修了後、幼馴染の同僚・神崎悟と繰り出したパリで神崎の裏切りによって、傭兵パイロットとしてアスランに送られてしまう。彼の任地は、国王派の作戦地区でも最前線中の最前線、地獄の激戦区と呼ばれる「エリア88」だった。
 傭兵の契約期間は2年。日本に帰るためには2年間生き延びるか、手柄を立てて稼いだ賞金で違約金を払うか、ふたつにひとつしかない。日本には恋人で大和航空社長令嬢の津雲涼子がいる。祖国の土を踏み、愛する涼子と再会する日のために、シンは危険な戦場に飛び立っていくのだ。
 外人部隊を率いるのはサキ・ヴァシュタール中尉。アスラン王・ザクの長男だが、父や弟との確執のため正規軍を離れエリア88の指揮官となっていた。傭兵仲間には、アメリカ海軍出身でベトナム戦争の経験もあるミッキー、東側の工作員を誤って殺したためにソ連から追われている元デンマーク空軍のグレッグと仲間で西ドイツ空軍の撃墜王だったフーバー、腕のいいベテランのウォーレンとケン、レシプロ機を操るモーリス、戦闘機や弾薬を売りつけ傭兵たちの金を巻き上げる武器商人のマッコイじいさん、といった個性的な面々が揃っている。後半では南アフリカの小国の王子でシンを慕うキムや、元反国王派の傭兵だった女性パイロットでミッキーとは恋仲になるセラたちも活躍する。

 登場人物もだが、このマンガで忘れてはならないのが戦闘機の数々だ。エリア88の傭兵たちは自腹で搭乗機を用意しなければならない。撃墜されたり大きな故障を負うと、代わりに中古の出物を手に入れる。そのために機体は国籍も年式もバラエティに富んでいるのだ。
 シンの愛機ははじめ、30万ドルで手に入れたアメリカ海軍の艦上戦闘機F−8Eクルセイダーだったが、被弾して不時着するときに大破。除隊の違約金に使うはずだった50万ドルをマッコイに払ってF−5Eタイガーを手に入れる。その後も、イスラエル製のクフィール、スウェーデン空軍のサーブ35ドラケン、アメリカのF−20タイガーシャークなどを乗り継いでいる。
 サキの愛機はクフィール。ミッキーの愛機はベトナム戦争以来の相棒であるF−14トムキャット、グレッグの愛機は対地攻撃機A−10サンダーボルト。反国王派は東側から武器の供与を受けているため元敵だったセラはミグ21。ほかに輸送機のC−130やイギリス海軍の艦上攻撃機バッカニアなどがドラマを彩る。これら戦闘機はプラモデル化されて人気を呼んだ。

 物語の序盤はNP通信社の海外特派員「火の玉・ロッキー」こと六木剛を通して、やむを得ない理由で戦わざるを得なくなったシンの苦しみや、内乱の犠牲になったアスラン国民の悲しみも描かれているが、巻が進むと、幼馴染だった神崎がなぜシンを裏切ったのか、涼子とシンは再び会うことができるのか、そして、サキとアスラン王家の軋轢の原因は何か、といった人間ドラマに比重が移っていく。そこに、パイロットたちの意地のぶつかり合いとダイナミックな戦闘シーンが重なる。
 とは言え、人間ドラマの舞台が戦場から離れるわけではない。見えない糸は彼らと砂漠の戦場をしっかりと結んでいるのだ。
 シンと神崎は同じ孤児院で育ち、ともにパイロットの道を目指したが、神崎にはシンに対する秘めたる復讐心があった。日本に戻ってパイロットとして大和航空に入った神崎はアメリカの航空機メーカー・マックウェルインターナショナルと手を組んで大和航空を乗っ取ってしまう。さらに涼子も手に入れようとしたが失敗。羽田沖で起きた大和航空のエアバスMB14の墜落事故と、その後に明らかになった不正事件のために海外逃亡を余儀なくされる。しかし、神崎の野望は止まることなく、武器商人の手で世界の戦争をコントロールする組織「プロジェクト4」の実権を手にし、アスランの反国王派に入り込み、ついにシンと闘うため砂漠の戦場に向かう。
 一方の涼子はシンの生存を信じ、アスランに向かうが、シンとは何度もすれ違ってしまう。アスランを離れ、パリでファッションブランドを興して成功した彼女は、プロジェクト4の野望を阻止するため、プロジェクト4に出資する企業に対する不買運動を展開する。彼女もまた「戦場」にいたわけだ。
 そして、除隊して一度は涼子のもとに帰ったシンは、神崎が支配するプロジェクト4を倒し、アスランの内戦を終わらせるために、エリア88に戻る。神崎の野望を止めて、本当に平和な日々を取り戻すために。

 

MF文庫版12巻206〜207P

 

 

 

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