今年2022年9月、石井いさみさんの訃報が報じられました。
また一人、昭和の漫画を支えた方が亡くなられて寂しい限りです。
石井いさみさんといえば、何と言っても『750ライダー』です。
1970年代の『週刊少年チャンピオン』を『ブラックジャック』や『ドカベン』、『がきデカ』と共に支えた作品として認知度は高いですね。
この頃の『チャンピオン』は毎週貸本屋さんで借りて読んでましたから、私にとっても思い入れが深い作品です。
1977年、昭和52年の第12号を所持してますが、『750ライダー』の扉ページ。
「青春ロマン」と書かれてます。
主人公の光と委員長、PIT IN のマスター、友人の順平、そして愛車のCB750。
日常の一コマであったり、ちょっとした事件であったり、高校生を取り巻くまさに青春漫画の傑作と言っていいでしょう。
ちょっとだけ脇道へそれさせてください。
何故、750(ナナハン)なのか。
ナナハンは当時の大型バイクの代名詞でした。
個人的な記憶ですが、500CCや650CCといった排気量のバイクはあまり見かけた記憶がありません。
でかいバイクと言えばナナハンだったのですよ。
そして免許が取れるようになった高校生を始め、20代の青年達にとって大きな壁となって立ちはだかったのが400CC以上のバイクに乗れる大型二輪の免許取得です。
通称「限定解除」です。
新谷かおるさんの『ふたり鷹』で母親の緋沙子さんが二人の鷹に、「あんたたちが持ってない限定解除だよ」と免許をひらひらさせながら自慢する場面がありました。
それぐらい「限定解除」は当時のバイク好きにとって羨望の響きでした。
400CCまでの中型二輪免許は高校生でもそれなりに持ってましたよ。
しかし憧れのナナハンに乗るには一発試験に受からなければなりません。
当時大型二輪免許は教習所で取れなかったんですよ。
背景には昭和40年代の若者によるバイクの暴走(カミナリ族と呼ばれてました)への対応があります。
一発試験も複数回受けてやっと受かる難易度で、10回以上受ける方も多かったと記憶してます。
そんな憧れのナナハンを乗り回す青春真っ盛りの漫画は、あまり漫画を読まない同級生たち(バイク好きが多かったですね)にも認知されてました。
彼らが読んでいた理由の一つが「バイクを描くのが上手い」です。
私もバイクに興味はありましたが、そこまで気にしてなかったのでその当時は「へぇ、そうなんだ」と思った程度です。
でも今読み返して、上手いと感心せざるを得ないですね。
調べたら石井いさみさんも先述のカミナリ族だったようで、バイクの描写には大きなこだわりがあったのでしょう。
更にこれまで気にしてなかった事がもう一つ。
背景がとても丁寧に描かれてます。
石井いさみさんが描かれたのかアシスタントさんが描かれたのかは不明ですが、当時背景なんて気にせず読んでました。
現在私は『咲-Saki-』という作品の影響で、背景は漫画を読む際の大きな要素です。
こういう時を経て変化した漫画の読み方が、昔の漫画を読み返す際の大きな楽しみと言えます。
さて『750ライダー』の連載開始が1975年です。
その前年に『週刊パワァコミック』という雑誌で連載開始されたのが『高校悪名伝』。
石井いさみさんは『750ライダー』の前、いわゆる不良漫画を多く描かれてます。
何かを背負っているのか、学校や世間に馴染めず喧嘩に明け暮れ、自己に葛藤する少年が主な主人公像です。
『750ライダー』の前に石井いさみさんの作品は貸本屋さんで借りて読んでましたが、この『高校悪名伝』はリアルタイムでは読んでません。
先日(お亡くなりになられる前です)全7巻を入手して読みました。
我々世代の不良漫画といえば週刊少年マガジンで連載された『ワル』が真っ先に上がります。
ただ、石井いさみさんの不良漫画はもうちょっと当時の日常に寄り添ってますね。
それでも暴力シーンや学校内での抗争などフィクション性は強く、現在の方が読んで「昭和ってこうだったんだ」と間違われかねない懸念はあります。
こんなに格闘技ではなく現実離れの喧嘩に強い高校生は今も昔もいないと思いますが、その辺は『クローズ』や『ワースト』と同じ様にとらえて読んだ方が楽しめるでしょう。
では物語の紹介に移りましょう。
主人公は「力丸 菊」、高校1年生です。
大人の女性のアパートで寝泊まりし、学校へ行くときは駅のコインロッカーに預けてある学生服に着替える謎の行動。
力丸の家庭環境や生い立ちは明かされません。
大阪から転校してきた「花巻 浅太郎」(通称、浅)とのコンビで話が進みます。
浅が一目惚れしたクラスメートの女生徒、「長島 涼子」が家庭の事情で学校を辞めると知らされてからが本格的な展開です。
長島は休校し姿を消します。
力丸と浅は長島を探し、なんとか学校へ戻れるよう画策します。
しかし同じ学校の番長との対立、他校との抗争、果てはヤの付く世界の方々なども登場し、とても大きな話になっていきます。
最後は夜の街から長島を救い出すために力丸、浅、番町の原田が終結し、命を失うであろう闘いに向かって行く。
そして……。
大雑把ですけど未読の方の為にこれくらいにしときます。
ここで少し自論を語らせてください。あくまで私の私見なのをご承知ください。
1975年に矢沢永吉さんがベース担当のバンド、キャロルが解散します。
同年、舘ひろしさんや岩城滉一さんが所属したクールスがデビュー。
またその前からデビューしていた宇崎竜童さんのダウン・タウン・ブギウギ・バンド。
共通するのはリーゼントという髪型。
この呼称には狭義があるようですが、ここではリーゼントとして使用します。
キャロルもクールスもブギウギバンドも不良だけに受けていた訳ではありませんが、あのカッコよさを真似してもう70年代後半から不良といえばリーゼントでしたよ。
不良リーゼント期は結構長く続き、漫画の世界もそれに倣います。
代表作は『ビーバップ・ハイスクール』ですね。
他にも上げていったらきりがありませんが、『湘南爆走族』など80年代の不良漫画は概ねリーゼントと言っていいのではないでしょうか。
この『高校悪名伝』はそんな不良イコールリーゼントに突入する直前の、貴重な作品だと思います。
7巻の表紙は物語の重要な役割を担う集合画です。
力丸は学生服を着てませんが、髪型、襟を立てたハーフコート、もう矢吹丈そのままです。
『あしたのジョー』も矢吹丈は不良少年からスタートしてますからね。
石井いさみさんが意識されてたのかもう矢吹スタイルが不良のプロトタイプになっていたのかは流石にそこまではわかりません。
一人リーゼントがいますね。スカーフを巻いてます。
作中のモブにもちらっとリーゼント君はいます。
リーゼント不良は登場するものの、主役を張るのはもう少し先の不良漫画。
その直前70年代中盤から後半にかけての昭和の香りが全体に漂い、時代を反映したとても良い作品です。
では最後に小ネタ的な事を少し。
1巻にピットインという喫茶店とCB750が登場します。
『750ライダー』開始前の筈です(違ってたらすいません)。
こういう発見がちょっと嬉しいですね。
もう一つ。
奥付はカバーの折り返しにありますが、印刷時の著者がなんと手塚治虫さん。
上から修正して石井いさみさんになってます。
これ初版全部手作業で直したんでしょうか。
時代からいってきっとそうなんでしょう。
いえ令和の今同じ事をどうやって修正するのか知らないんですが、やっぱり手作業になるんでしょうか。
にしても何故手塚治虫さんと間違えたのか大いに気になります。
『高校悪名伝』は電子で読めます。
興味を持たれましたらお読みください。
そして最後になりましたが、謹んでご冥福をお祈りいたします。