楽園が戦場だった日の忘れられた出来事 秋本治『5人の軍隊』

 戦場マンガ十番勝負のしんがりは秋本治の短編『5人の軍隊』である。
 初出は1979年7月の『週刊少年ジャンプ』増刊号。その後、長らく単行本未収録状態が続いていた。2004年になってようやく、集英社のコンビニ向け単行本「JUMP・REMIX」の『秋本治SHOW劇場』第4号「戦争と平和特集」に『最後の狙撃兵』『柴又戒厳令』などとともに25年ぶりに収録された。また、13年には、金の星社のアンソロジー『漫画家たちの戦争 戦場の現実と正体』に再録された。
 本稿では金の星社版を底本とした。

 

『漫画家たちの戦争 戦場の現実と正体』(金の星社)より

 

 ときは太平洋戦争末期。舞台になるのは南太平洋の激戦地・マーシャル諸島である。「十番勝負」の参番で紹介した水木しげる総員玉砕せよ!』の舞台となったパプワニューギニアが赤道の南側にあるのに対してマーシャル諸島は北側。経度では東側に位置する。
 日本陸軍航空隊の輸送機がミクロネシアのトラック島に向かう途中でアメリカ軍の戦闘機P−51マスタングの攻撃を受け、乗員の若い航空兵・山本は機体から放り出されパラシュートで小さな無人島に降下した。風に流されたために正確な位置は不明。島の探索を始めた山本は海岸でB−29爆撃機の残骸を発見する。
 残骸には4人の日本兵が暮らしていた。分隊長格の佐々木少佐。軍隊に入る前は金貸しだったという寺島二等兵。兵隊としてはおちこぼれで“よたろう”と呼ばれる小林二等兵。上官を殴ったり軍法会議になんどもかけられた経験を持つ熊田二等兵だ。
 3人の二等兵は残置諜者として3日分の食糧だけを与えられてこの島に残されたのだという。諜報活動は名ばかりで、軍は持て余し者を捨てたようなものだ。佐々木少佐はそれ以前からこの島におり、3人の上官のような立場になっていた。それから足かけ1年、飛行機も船も現れないまま、平和な時間が流れていた。
 通信機は海水をかぶって使えなくなり、本隊との連絡は途絶えたまま。昼間は魚釣り、夜は博打に興じて、歩哨も立てずにのんびりしている4人に対して、山本は苛立ちをつのらせた。彼は東北の貧しい村から、国のために尽くし、国のために命を捨てる志願兵として戦場に来ていたのだ。
 ある日、山本はひとりで島の偵察に出た。そして、島の南側にアメリカ軍の大航空基地を発見する。敵の歩哨に見つかり銃撃を受けた彼は、大切な銃も捨てて命からがら仲間のところに戻ってきた。
 敵は空と地上から日本兵の探索を始めた。島からの脱出を図るために、5人はB−29の残骸のコックピット部分からガラスドーム型の機首を取り外してボートとして使うことを企てる。
 まもなくボートができあがるタイミングで、5人はアメリカ軍の地上部隊に発見された。機銃掃射で地面に倒れる小林二等兵。B−29の残骸にも弾は容赦なく打ち込まれ、佐々木少佐は山本に「これがおまえのいっていた戦争だ」と告げた。寺島と熊田はガラスドームのボートに山本だけを乗せて逃がそうとする。そして……。
 果たして山本は生きて日本に戻ることができたのか。捕らえられ捕虜になったのか。海の藻屑となったのか。島々は何も語ってくれない。

 舞台になったマーシャル諸島は、現在はマーシャル諸島共和国を形成している。南太平洋の青い海にいくつもの白い環礁が連なる姿は「真珠の首飾り」とも表現され、ここが戦場だったとは思えないほど美しい。
 ドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー帝国を中心とする中央同盟国側と、イギリス帝国、フランス共和国、ロシア帝国を中心とした協商国側の間で1914年に、第一次世界大戦が勃発するまで、マーシャル諸島はドイツ領ニューギニアの一部だった。
 しかし、日本はイギリスの同盟国としてこの世界大戦に参戦し、マーシャル諸島やミクロネシアの島々を占拠。ドイツ降伏後の19年からはこの地域の統治を受け継ぎ、22年のヴェルサイユ条約によって正式に委任統治することになった。
 日本統治時代のマーシャル諸島は椰子油の産地として栄え、船舶の他に飛行艇による定期航空路も整備されていた。水道や電気も引かれ、学校や病院が建設され、多くの日本人が暮らしすようになった。
 41年12月8日のハワイ真珠湾への日本の奇襲攻撃で太平洋戦争が始まると、マーシャル諸島は日本、アメリカ双方にとっての戦略上重要拠点となり激しい戦闘が繰り返されることになる。
 戦争末期の44年2月1日にはマジュロ環礁をアメリカ軍が無血占領。同5日にはクェゼリン環礁での戦いが始まり、1週間後には日本の守備隊が玉砕。同22日にはエニウェトク環礁で戦闘が始まり、この戦いでも日本軍は敗退した。この結果、日本の航空兵力は重大な打撃を受けた。
 その後、アメリカ軍はマーシャル諸島を海上封鎖。そのために、取り残されて補給を絶たれた日本兵の多くが餓死した。その数は2万人とも伝えられている。
 山本たちが島で出会ったのは、まさにそんな厳しい時期だった。つかの間の平安とそれが破られる戦場の現実。兵士たちの虚しさがひしひしと伝わる戦場マンガである。

 

『漫画家たちの戦争 戦場の現実と正体』(金の星社)330〜331ページ

 

 

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