夢を捨て戦場に散った青春 ちばてつや『紫電改のタカ』全6巻

『紫電改のタカ』

 ちばてつやの『紫電改のタカ』は『週刊少年マガジン』で1963年27号から65年3・4合併号に連載された。単行本は虫プロ商事の虫コミックスで69年から5巻までが刊行され、72年に講談社KCマガジン版が全6巻で完結した。76年には講談社漫画文庫で文庫化。その後も、87年のちばてつや漫画文庫、95年のホーム社・ちばてつや全集に収録され、ちばマンガを代表する作品のひとつだ。
 物語は、1944年夏、台湾南部の日本海軍高雄基地からはじまる。そこには名機「紫電」で編成された七〇一飛行隊があった。内地から新たに派遣された滝城太郎一飛曹は、着任早々に出撃命令を受ける。相手は、アメリカのB17爆撃機とそれを援護するグラマン戦闘機隊。滝は急降下から一転急上昇して敵機を下から狙う「逆タカ戦法」で爆撃機2機の撃墜に成功する。
 さらに、フィリピンのルソン島への出撃を命じられた七〇一飛行隊は、待ち構えていたグラマンの大編隊と遭遇。次々に味方が撃墜される中、滝たち4人は小さな島に不時着した。島はアメリカ軍の秘密基地で、4人は隠してあった紫電で脱出を図る。
 ようやく高雄基地に戻った滝だったが、そこに本土の源田実司令から「至急松山基地に戻れ」という無電が入った。松山は滝の故郷でもあった。紫電で松山に向かう途中、滝の前にアメリカのムスタングの大編隊が現れた。多勢に無勢。九死に一生を得たものの機体は大きく壊れ、滝も目をやられていた。
 滝は療養のため実家に戻ったが、松山をアメリカ軍の爆撃機B29が襲う。滝は見えない目のまま基地に駆けつけ、残っていた零戦に搭乗して応戦のために飛び立った。

 このマンガの主人公は滝城太郎だが、もうひとつの主役が、太平洋戦争末期につくられた海軍の戦闘機「紫電」と「紫電改」だ。紫電は、川西航空機製の水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機化したものだ。エンジンや機体後部は変更されたが、主翼部分は水上機と同じ中翼式で、主脚が長いのをカバーするために二段収納式の車輪が装備された。二段収納主脚はトラブルが多く、離着陸が難しい機体と言われた。また、アメリカのグラマンF4Fワイルドキャットと機影が似ていたため、見間違えた日本陸軍によって撃墜されたこともあったという。『紫電改のタカ』でも紫電が友軍から攻撃されるシーンがある。
 海軍に正式採用された紫電は第一航空隊三四一部隊に配備され、44年に台湾の高雄に移る。高雄ではアメリカを中心とする連合軍との台湾沖航空戦を戦い、そののちフィリピンのレイテ沖海戦に参加した。七〇一航空隊と名称は変えているが、『紫電改のタカ』の冒頭部分だ。
「紫電改」は、紫電の問題点を改善したもので、主翼を低翼化して車輪も通常型の収納に変更。胴体もスマートなものにした。海軍が正式採用したのは45年1月。源田実大佐(司令)が松山基地で編成した第三四三航空隊(通称「剣」部隊)に優先配備された。
 初陣となったのは同年3月19日。三四三航空隊は四国沖の空母群から呉軍港攻撃に向かった米軍艦載機160機を紫電改56機、紫電7機で迎え撃ち、米軍機58機を撃墜する戦果(日本側発表)をあげた。
紫電改のタカ』は、戦争末期におよそ440機が製造された悲運の戦闘機「紫電改」の実話をていねいに取り入れながら物語を構成しているのだ。

 滝は奇跡的に視力を取り戻し、三四三航空隊に復帰。兵曹長に昇進し、本土防衛のために南方から呼び寄せられた荒くれ者7人を従える隊長を命じられた。さらに、台湾沖の秘密基地に招集され、そこで宇津井大尉の指揮下に入る。日本軍の戦況は厳しさを増して、滝の仲間たちもひとりまたひとりと生命を落としていく。
 筆者が同級生に借りた『週刊少年マガジン』で『紫電改のタカ』を読みはじめたのは、63年秋。小学校3年から5年まで読んだわけだが、平井和正/桑田次郎の『8マン』や白土三平の『ワタリ』、梶原一騎/吉田竜夫の『ハリス無段』などは熱心に読んだものの、『紫電改のタカ』にはそれほど興味を惹かれなかった覚えがある。
 当時の少年雑誌は戦記ものブームで、グラビアページでは太平洋戦争時代の戦艦や戦闘機がかっこいいイラストで紹介され、マンガも辻なおきの『零戦はやと』など、花形戦闘機・零戦の活躍を描いたスッキリしたアクションものが多かった。それらと比較して、『紫電改のタカ』は地味で暗く、とっつきにくい印象だった。
 クライマックスが近づくと、日本軍、アメリカ軍を問わず大切な登場人物は次々に戦死や行方不明で姿を消してしまう。滝は同じ人間同士が殺し合う「戦争ってなんだ?」「どこのだれがこんなばかなことをはじめたんだ?」と悩み苦しむ。二度と戦争はしたくない、というちばのメッセージが、『紫電改のタカ』をブームに乗った戦争アクションから、いつまでも読みつがれる名作に変えたが、当時の筆者には正直、悲しく辛いマンガだった。
 日本の敗戦がもはや避けられなくなる中、滝たち13名と隊長の梨原中佐は特別攻撃に飛び立つ。大切な人や未来の夢を捨て、自分の死が祖国日本を救うことになるのだと信じようと努力しながら……。
 滝のその後は描かれていない。敵艦に体当りして死んだのか? 生き残って平和な日本に還ったのか? あるいは、矢吹丈のように白く燃え尽きたのか。

 

第6巻144〜145P

 

 

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