追悼さいとう・たかを 池波正太郎原作・原案の人情時代劇画『鬼平犯科帳』

『鬼平犯科帳』

 9月24日、劇画界の巨匠さいとう・たかをが亡くなった。享年84。
 今回、人情マンガ、いや人情劇画として取り上げるのは、『ゴルゴ13』と並ぶ、さいとうのライフワーク、『鬼平犯科帳』(池波正太郎/原作・原案)である。
 池波正太郎の大ヒット時代小説を原作にした長編時代劇画『鬼平犯科帳』の連載が『リイドコミック』で始まったのは1993年。『リイドコミック』休刊後は、時代劇画専門誌『コミック乱』に舞台を移し、同誌の看板作品として描き継がれてきた。
 池波作品を原作にしたさいとう劇画はほかに、『リイドコミック』で1998年に連載が始まった『剣客商売』と『増刊コミック乱(のちコミック乱ツインズ)』で2001年に連載が始まった『仕掛人 藤枝梅安』がある。しかし、さいとうの多忙などを理由に『剣客商売』は1999年に休載。『仕掛人 藤枝梅安』も、2016年に155回142話で休載となっている。
 実は、池波正太郎の大ファンでもあったさいとうが一番描きたかった池波作品は『剣客商売』。池波の生前にも劇画化を申し入れたことがあったが、このときは実現しなかった。1990年の池波没後、もう一度遺族に許諾を依頼したところ、未亡人から『仕掛人 梅安』、『鬼平犯科帳』を含めた劇画化の快諾を得た。3作の中から、「まず『鬼平犯科帳』でいこう」と決めたのは編集部だった、と言う。

「鬼平」こと長谷川平蔵は江戸時代に実在した人物だ。幼名は銕三郎。生い立ちは複雑で、両親は旗本の長谷川宣雄と使用人の園。母が亡くなったため巣鴨の祖父のもとに引きとられ、17歳で長谷川家に戻ったが、継母との確執から再び家を出て、本所・深川で放蕩三昧の日々を送る。
 父の死後、家督を相続。42歳の時に火付盗賊改方長官に就任した。江戸の盗賊たちからは「鬼の平蔵」と恐れられたが、市民の目からは平穏な暮らしを守る「仏の平蔵」であった。
 池波正太郎は長谷川平蔵を主人公にした小説『鬼平犯科帳』を書くにあたってこう考えたのだという。
「はじめは平蔵の一生を描くつもりでいたところ、オール讀物の連載をはじめるにあたり、こうした一作ずつの連作の形式で、いろいろな面から彼の人生を、盗賊たちや、彼のあつかったであろう犯罪事件を通してのぞき見ることにしたのである。だから、いわゆる[謎解き]の捕物帖にはならない」(文春文庫版第3巻あとがき)
 池波が生涯に書いた『鬼平犯科帳』シリーズは135作(うち5作が長編、ほかに番外編1作)におよぶが、平蔵ひとりの活躍ではなく、平蔵の家族や配下の同心、密偵たち、盗賊、被害者それぞれの悲喜交々が丁寧に描かれているのが魅力だ。
 さいとうの劇画版もこの悲喜交々を継承しながら、役人でありながら自分の信念で行動し、ときには上に逆らってでも弱い人々に手を差し伸べる、人情家としての平蔵を描くことに力点を置いている。

 原作を越えて300話以上になった劇画版のエピソードは、手練の盗賊たちと平蔵の対決を描く「怪盗もの」、密偵たちの活躍を描く「密偵もの」、部下の同心たちを描く「同心もの」、平蔵の人生を追う「平蔵もの」、年老いた盗賊たちの黄昏を描く「老盗もの」と大雑把に5分できる。
 人情劇画としてそれぞれに味わいがあるのだが、個人的には「密偵もの」と「老盗もの」を推したい。
 あえて1作を選ぶなら「密偵もの」「老盗もの」に「平蔵もの」の要素も加わった、第105話『むかしなじみ』であろう。
 密偵の中でも最古参、最長老という相模の彦十は、平蔵が本所・深川で喧嘩と酒と博打と女に明け暮れていた青年時代からの長い付き合いだ。盗賊や博徒、香具師として生きてきたが、「銕さん」と慕う平蔵が火付盗賊改方長官になったのを機に、平蔵の密偵として働くことになった。
 その彦十の様子がどうもおかしい。平蔵は「これはひょっとすると、彦十へ御縄をかけなければならないことに……」と女密偵のおまさに言った。昔馴染みの盗賊・網虫の久六と久々に出会った、と報告した後の彦十の言動に、平蔵はなにやら腑に落ちないものを感じ取っていたのだ。
 彦十は久六から、不治の病で苦しむ息子とその母親を救うための金を得るため、盗(つとめ)を手伝って欲しい、と頼まれていたのだ。その母と子は久六が遠い昔にを捨てた妻子だった。同じように女房子どもを捨てた苦い思い出があった彦十は、悩んだ末にむかしなじみの頼みを聞くことにした。
 一方、平蔵は久六が押し込みの計画を進めている情報を掴んだ。このままでは盗賊の一味として彦十を捕らえねばならない。一計を案じた平蔵は……。
 古い仲間・彦十と平蔵の絆がわかるしぶいエピソードだ。

『鬼平犯科帳』第27巻164ページ

※『鬼平犯科帳』は今後もさいとう・プロ作品として継続されることが発表されている。

【アイキャッチ画像出典】
鬼平犯科帳』第1巻

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