第2回 コロナの時代にこそ読んでほしいバンド・デシネ―ブノワ・ペータース&フランソワ・スクイテン「狂騒のユルビカンド」

前回紹介したアート・スピーゲルマン『完全版 マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(小野耕世訳、パンローリング、2020年)というアメリカのグラフィックノベルに続いて、今回はフランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”の古典的作品をひとつ取り上げてみたい。ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画「狂騒のユルビカンド」、『闇の国々』(古永真一、関澄かおる、原正人訳、全4巻、小学館集英社プロダクション、2011~2013年)の第1巻に収められた拙訳の一篇である。

『闇の国々』はブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンのコンビによるシリーズ作品。最初の「サマリスの壁」(『闇の国々Ⅱ』所収。原書単行本は1983年刊)から最新作「砂粒の理論」(『闇の国々Ⅳ』所収。原書単行本は2007~8年刊)にいたるまで、20点を超える長短さまざまな作品があるが、それらをひっくるめた総称である。ちなみに作画担当のフランソワ・スクイテンは昨2019年にバンド・デシネからの引退を表明したから、残念ながら、今後シリーズの続きが描かれることはたぶんもうないと思う。

図1キャプション:ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画「狂騒のユルビカンド」、『闇の国々』(古永真一、原正人、関澄かおる訳、全4巻、小学館集英社プロダ クション、2011~2013年)

 

シリーズといっても、『闇の国々』はある主人公を中心に据え、ひとつの結末に向かって進んでいく長編作品ではない。同じ人物が再登場することもあるが、基本的には作品ごとに主人公も物語の舞台も時代も変わっていく。共通しているのは「闇の国々」というヨーロッパ近現代のパラレルワールドを思わせる世界観だけ。各物語はその世界で起きる種々雑多な不思議な出来事を語っていく。

語られる出来事が雑多なら、形式もまた雑多である。シリーズ第1作「サマリスの壁」はいかにもバンド・デシネという感じのオールカラーだが、第2作「狂騒のユルビカンド」は白黒、第3作「塔」はパートカラー。バンド・デシネと挿絵入り小説を組み合わせた「アルミリアのへの道」やバンド・デシネと写真を融合した「傾いた少女」のようなジャンル混淆的な作品もあり、番外編の「デゾンブル事件」に至っては実写の映像作品となっている。バンド・デシネ=マンガという媒体の可能性に興味がある人は、ぜひ一度読んでおいたほうがいいと思う。

フランソワ・スクイテンの作画がまたすばらしい。銅版画を思わせる緻密な白黒ページも色鮮やかなカラーページも驚異に満ち満ちている。絵がうまいバンド・デシネ作家はたくさんいるが、フランソワ・スクイテンはその中でも別格のひとりである。

邦訳版『闇の国々』は、もともとフランスでは個別に出版されていた作品を独自の編集で合本し、全4巻にまとめたもの。どの巻も3~400ページあって、豪華な美しい本なのだが、邦訳海外マンガの宿命と言うべきか、数年前に絶版になってしまっていた。ところが、今年2020年に入ってからついに電子書籍版がリリースされた。この電子書籍版は従来の紙版と同じように合本としても販売されているのだが、作品ごとに単品でも販売されている。紙版は豪華な作りだっただけに値段も高く、なかなか手が出せないという人もいたんじゃないかと思う。その点、電子書籍版は気になった作品だけより安く気軽に購入することができるし、原書の発表順に時系列に読んでいくなどということもしやすい。ずっと気になっていたけどまだ読んでいないという人がいれば、ぜひこの機会に読んでみていただきたい。

さて、今回取り上げる「狂騒のユルビカンド」は、その『闇の国々』の第2作目として、フランス・ベルギーでまずは1983年から84年にかけて雑誌「(ア・シュイーヴル)」に連載され、その後、1985年に単行本として出版された作品である。ちなみに前回紹介した『マウス』の原書単行本が出版されたのが1986年だから、奇しくもほぼ同じ時期に世に出たことになる。

ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画「狂騒のユルビカンド」(分冊Kindle版)

タイトルにもある「ユルビカンド」とは、物語の舞台となる「闇の国々」の一都市の名前。川によって南北が分断されていて、南岸が日当たりのいい整備が行き届いた富裕層の生活居住区であるのに対し、北岸は日当たりも景観も悪い貧困層の居住区である。南北の往来はふたつの橋に制限され、厳格に管理されている。

物語の主人公は、この都市の設計にかかわったユルバテクト(都市計画建築家:都市計画専門家[urbaniste]と建築家[architecte]を結びつけた造語)のユーゲン・ロビック。左右対称と調和の美学に取り憑かれた彼は、ここしばらくユルビカンドの北岸東部の人口が増加し、都市の構造に変化が生じつつあることを憂えている。南北のバランスを保ち、より美しい都市を実現するためには、従来のふたつの橋に加え、第三の橋を作り、さらには北岸の改修に手をつけなければならない。彼はその思いのたけを手紙にまとめ、最高決定機関委員会に提出したところである(その手紙が物語の冒頭に置かれている)。そんな折、彼の手元にある奇妙な物体が届けられる。

ユーゲン・ロビックのもとに届けられた謎の物体(「狂騒のユルビカンド」『闇の国々』P23)

それは金属のような光沢があるのに布切れのように軽い、骨組みだけでできた立方体のようなものだった。当初は古代の祭具のようなものだと思われたこの物体は、やがて植物のように成長を始める。ロビックはこの奇妙な物体を、自分の名前を取って「ロビック網状組織」と名づけることにする。網状組織は刻一刻と成長し、2日後にはロビックの部屋全体に広がり、さらに屋外まで溢れ出すと、1カ月経った頃には都市全体を覆ってしまう。

ロビックの部屋全体に広がる網状組織(「狂騒のユルビカンド」『闇の国々』P44)

ユルビカンド当局はにわかに混乱に陥り、さまざまなシステムが麻痺する一方で、住人たちは驚くべき速度で網状組織のある日常に馴染んでいく。網状組織がまるで橋のように南岸と北岸をつないでしまったことで、人々は通行制限を無視し、互いに行き来を始める。巨大化した網状組織の上を移動し、進んだ先の住人と交際を始め住居を交換する者や、網状組織を利用した新しいビジネスを始める者まで出てくる始末である。

巨大化した網状組織の上を行きかう人々(「狂騒のユルビカンド」『闇の国々』P76)

出現からちょうど1年経った頃、網状組織とユルビカンドは新たな局面を迎える。網状組織が再び成長を始め、さらに巨大化した挙句、ユルビカンドから影も形もなくなってしまったのだ。1年前、突如として発生した前代未聞の異常事態が収束し、ようやく安寧が訪れるかと思いきや、ユルビカンドの当局も住人も網状組織のない日常に不安を覚え、ある者は消えた網状組織の痕跡を捜し、ある者は自らの手でその代替物を作り出そうとするのだった。

原作者のブノワ・ペータースは、『闇の国々』邦訳第1巻に収録された序文の中でこの作品に触れ、「1983年頃、この物語を思いついた時、私たちは壁によって東西に分断されたベルリンのことを考えていた」と語っている。この極度に秩序化された計画都市に闖入した網状組織は、都市とその住人を秩序の中に押し込めようという当局の思惑をよそに、南北の分断に風穴を開け、勝手に広がり、人と人をつなぎ、都市を活性化させていく。その意味で網状組織とは、いわば冷戦構造がまだ効力を発揮していた時代の東西の分断を癒す絆の寓意ということなのだろう。本書が発表されたのはインターネットが一般に普及する以前だが、現代から振り返ると、この網状組織がインターネットの到来を予兆しているように見える点についても、ブノワ・ペータースは注意を促している。ちなみに「網状組織」と訳した言葉はフランス語では「réseau(レゾー)」である。実はこれは、「網」や「ネットワーク」を意味する言葉に他ならない。

網状組織の到来によってユルビカンドの分断が解消し、人と人がつながったことで、この人間味を欠いたディストピアめいた都市の住民たちは、生きることの意味を見出した。だからこそ、ひとたび網状組織が消えてしまうと、彼らはかつての分断された状態に戻ることを怖れ、網状組織を追い求めたのだろう。作中では網状組織の到来にも消失にも翻弄される人間たちの姿がシニカルに描かれている。

ユルビカンド全体を覆うように広がった網状組織(「狂騒のユルビカンド」『闇の国々』P73)

同じ序文の中で、ブノワ・ペータースは続けてこう言っている。「今ではベルリンはすっかり変わってしまったため、ユルビカンドに対して現代の読者は、ベルリン以外の分断された都市や領土を想像するかもしれない」。この作品が邦訳された2011年頃、筆者がユルビカンドから想像したのは、例えばイスラエルの都市エルサレムや韓国と北朝鮮の関係だった。だが、今この作品を改めて読み直してまっさきに思い浮かべるのは、今年に入ってから世界中を混乱に陥れている新型コロナウイルス感染症をめぐる騒動のことである。

突如としてユルビカンドに出現した網状組織は、あっという間に増殖・蔓延して人々を翻弄すると、たった1カ月で社会のあり方をすっかり変えてしまう。既存のシステムが麻痺していく中、住民たちはといえば、網状組織を受け入れ、網状組織と共存する新しい日常を築いていく。作品の中に描かれた光景は、網状組織が目に見え、触ることもできるのに対し、ウイルスはそうではないという違いはあるにせよ(そこにこそこの作品の面白さがあるわけだが)、その爆発的な広がりにしろ、人々の生活に及ぼす甚大な影響力にしろ、私たちがここ数カ月見聞きし、自ら体験したことと実によく似ている。網状組織がウイルスの比喩になりうるとまで作者たちが考えていたかどうかはわからないが、「狂騒のユルビカンド」と訳した「La Fièvre d’Urbicande(ラ・フィエーヴル・デュルビカンド)」という原題の「fièvre(フィエーヴル)」という言葉には、「熱」、「熱病」、「熱狂」などという意味がある。パンデミックにはペストやコレラの昔からインフォデミックが付き物だが、その側面についても、「網状組織の伝説」という本編に付属した後世から網状組織現象を振り返った偽文書の中で戯画化していて、実によくできている。

それにしても、今回の新型コロナウイルスで思い知らされたのは、この「狂騒のユルビカンド」という作品が発表された当時とは比べものにならないくらいグローバルになり、人の行き来が頻繁になった世界が、いかに容易にウイルスを伝播させてしまったかであり、結果として、網状組織とは逆に、新型コロナウイルスがいかに鮮やかに私たちを分断してしまったかである。網状組織はユルビカンドの分断をつなぎ、人々にネットワークの夢を植え付けた。ひるがえって、四方八方にネットワークが張り巡らされている世界に生きる私たちは、新型コロナウイルス感染症というパンデミックに襲われ、そのネットワークが分断される状況を今まさに体験している。この状況は私たちの生活に決定的な痕跡を残すことになるのだろうか。この体験から私たちは何か新しいことを学ぼうとしているのだろうか。

非常事態宣言も解除され、かつての日常が少しずつ戻ってこようとしている。案外「狂騒のユルビカンド」と同じように、1年も経てばすべてが元通りになるのかもしれない。もちろんそうならない可能性だって十分にある。ひょっとしたら今こそ、1985年に原書が出版されたときや2011年に邦訳が出版されたとき以上に、この作品をアクチュアルに楽しめる時期なのかもしれない。

ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画「狂騒のユルビカンド」(『闇の国々』シリーズ)―パンデミックの寓意? 増殖する立方体の物語

ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画『闇の国々』―驚異の世界を描いたバンド・デシネの金字塔

記事へのコメント

今年2020年に入ってからついに電子書籍版がリリースされた。

自分の使ってるebookjapanでは販売されてなかった…
Kindle、楽天Kobo、BookLiveのどこかで買うしかないのかな…

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