「ますむらひろし」と平仮名で書き「アタゴオル」「ヒデヨシ」と続けば独特のファンタジー世界と、猫への愛情を感じる漫画家さんと思い浮かびます。
その「ますむらひろし」さんのデビュー作「霧にむせぶ夜」は本名のまま漢字表記の名義で「増村博」です。
ぱっと見、誰だろうと思ってしまいますよね。
後の作風から考えると平仮名にしたのは正解だと思います。
『週刊少年ジャンプ』が年に二回行う新人向けの漫画賞である手塚賞と赤塚賞。
「霧にむせぶ夜」は1973年、昭和48年の上半期手塚賞準入選作です。
当時小学生の私はリアルタイムの『週刊少年ジャンプ』で読みました。
どこまで理解したかは疑問ですが子供なりに面白く読み、反応したのはわずかながら憶えてます。
その後、朝日ソノラマの『マンガ少年』などで「ますむらひろし」さんの作品は読みました。
独特の描かれ方をするファンタジー世界は奇妙な魅力にあふれてます。
しかしこの「霧にむせぶ夜」は後の作風からすると異質です。
霧の中に浮かぶ猫の目のイラストのみの扉ページは、題字のデザインと相まってその質素さ故に読む者の期待を高めます。
扉ページも含めて全28ページ。
未読の方もいらっしゃるでしょう。内容には触れません。
しかし最後のページについて申しておくと、衝撃です。
じゃあその最後のページをとりあえず見てみよう、と思うかもしれませんがお勧めしません。
初めから読んでこその「えっ?!!」となる最後のページです。
この終わりは小学生の時も大人になって読んだ時も、そして記事を書くために読んだ今も変わらず衝撃です。
是非ご自身で最初から読んで体験してください。
「霧にむせぶ夜」を大人になって読み返したのは筒井康隆さん編纂の『日本SFベスト集成』という本の1973年度版です。
筒井さんは当時、手塚賞の審査委員をされてました。
私は20代の後半から古い漫画を集めるようになりましたが、20代の前半は日本のSF作品を好んで読んでおりました。
特に筒井康隆さんは、その著作の初版本コンプリートを目指して古書店をめぐる日々でした。
『日本SFベスト集成』は筒井さんが選んだその年の珠玉のSF小説だけでなく手塚治虫さんや藤子不二雄さん、永井豪さんなどの漫画作品も収録されたとてもお得なアンソロジーです。
参考までに筒井さん編纂が、60年代、71年から75年までと6冊。
別途、横田順彌さん編纂の戦後初期が2冊あります。
文庫化もされましたが現在は絶版の様で、復刻や電子化が望まれるところです。
20代の時に8冊全て古書店で買いましたが、年代順に買ったわけではありません。
所持していない筒井さんの著作物を手に入れるのが目的の為、買う時はどの年代とかどういう作品が収録されているのかは後回しです。
家に帰って読み始めて「霧にむせぶ夜」が入ってるのに気づき、「おぉ、懐かしい」と嬉しかったのを憶えてます。
巻末に筒井さんによる各作品の解説があり、「霧にむせぶ夜」についてとても興味深いことが書かれてます。
筒井さんは審査委員として「霧にむせぶ夜」を強く推すものの、同じく審査委員のジョージ秋山さんと対立。
結果としては準入選作となり、『週刊少年ジャンプ』誌上に受賞作として掲載。
新人漫画家発掘と支援の為の漫画賞の審査委員にSF小説家が入る。
漫画は多角的に捉えるべきだとの当時のジャンプ編集部の考えがあったのではないかと推察します。
「霧にむせぶ夜」が準入選作となった翌年の『週刊少年ジャンプ』1974年17号を所持してますが、手塚賞の作品募集ページ。
審査委員の多彩な顔ぶれが確認できます。
梶原一騎さんは漫画原作者ですから当然かと思いますが、映画監督の岡本喜八さん、教育評論家の斎藤次郎さん、そして筒井康隆さん。
少年漫画の新人賞なのに、わたなべまさこさんが審査員なのも多くの視点から作品を選ぶべきだとの考えからだと思わざるを得ません。
事実は一つ。筒井さんの推しが無ければ、というタラレバなど存在しません。
それでもこの作品が手塚賞に応募されて良かったと思う次第です。
筒井さんの解説からもう一つ。
馬場のぼるさんと手塚治虫さんが「霧にむせぶ夜」の生原稿を見て、猫の毛を一本一本描いているぞと感心したと書かれてます。
猫の毛だけでなく、二人の大家が感心するのも頷けるくらい点描や斜線による模様など実に細かく細かく描かれてます。
この丹念な描き込みがこの作品の幻想的な雰囲気を高めていると言っていいでしょう。
「霧にむせぶ夜」は「ますむらひろし」さん渾身のデビュー作です。
当然電子でも読めます。
興味を持たれた未読の方、是非読んでみてください。
(※編集部注…「霧にむせぶ夜」は、こちら『アタゴオル外伝Ⅱ ヨネザアド物語』に収録されています)