巴里と書いてパリと読むのを知ったのは何歳くらいだったでしょうか。結構成長してからだったと思います。
子供の私は巴里の後に夫がついた「ともえさとお」としか読めませんでした。
姉や妹が貸本屋さんで借りてくる色々な少女漫画雑誌。
読んではいましたが掲載されている作品の多くは小学生男子がついていける内容ではありません。
もっぱら短いページのギャグ調の漫画を読んで、後はざっくり目を通して終わりです。
しかしちょくちょく載ってる男性漫画家さんの少女漫画。
「あ、ある」と思い、巴里夫さんの漫画が載っている雑誌が借りられてくるとちょっと嬉しかったですね。
巴里夫さんは戦後漫画史においてとても重要な方です。
手塚治虫さんやトキワ荘の面々、巴さんと同じ貸本漫画で活躍された水木しげるさんや、さいとうたかをさんに比べると現在の知名度は高いとは言えません。
しかしその漫画家としての活動は古く、昭和20年代後半にお菓子の当たり券を集めるともらえたカバヤ児童文庫という本に作品を描かれているのが確認されてます。
その後昭和30年代に入り貸本屋さんが栄え出すと共に本名の「いそじましげじ」名義、そして「巴里夫」に改名してからも多くの作品を発表されます。
昭和40年代に入り貸本漫画から漫画雑誌へと活躍の場を移してからも昭和50年代に至るまで作品を描き続け、少女漫画を支えたといっていいと思います。
私が漫画を読みだしたのは昭和40年代に入ってから。
いわゆる貸本屋さん向けの貸本漫画を読む機会は少なく、子供の頃巴里夫さんの貸本時代の作品は目にした記憶がありません。
大人になって古い漫画を集めるようになり、漫画専門の古書店に並ぶ貸本漫画としての巴里夫作品。
読みたいとは思いますが、どれも高額です。熱心なマニアでもないただの漫画好きには欲しいけどさすがに、と眺めるだけのものでした。
現在もそうですね。
では昭和40年代以降に出版された本はどうかというと、こちらも「う~ん、どうしよう」と迷う相応のプレミア価格で、すんなり購入という訳にはいきません。
ぬるいですね。漫画読みと自称しておきながら我ながら「そんな程度かい」と思います。
弁解させてもらえば、予算の範囲内で楽しむのが趣味のあり方ではないかという事で許してください。
とはいえ一つだけ持ってます。
何も所持してないのはさみしいですからね。
それが今回紹介する「陽気な転校生」です。
1971年初版の上下巻。
9刷となっているので結構売れた筈ですが、現在はなかなか見かけません。
高度成長真っ只中の昭和が舞台。建築技師を父に持つ朝子が主人公です。
父の仕事の関係で転校を繰り返し、15回目の転校先から話は始まります。
上下巻に収録されているのは全部で4話です。
4つの舞台は東京タワーの近く、和歌山の海辺の町、静岡の山奥、こけし作りが盛んな村(湯沢中という学校名からおそらくですが秋田県)。
朝子は明るく快活で前向きな女の子。転校初日から物おじせずにぐいぐいクラスに食い込んで周りを巻き込んでいきます。
今風の言い方ですと「うざい」と思うクラスメートもいてトラブルにもなります。
しかし朝子の明るさと正義感に、最後はクラスだけでなく学校や近所の大人たちもまとまって気持ちよく話が終わります。
巴里夫さんの作品の特徴ですが、主人公に据えた女の子がとにかく明るく元気なんですよ。
時には悩み、また涙を流すこともありますが持ち前の前向きさで乗り越える。
人情漫画の側面も持つ心温まる作品ばかりです。
子供の頃はこの巴里夫さんの作風を全て理解していたわけではありません。
男性の漫画家さんという認識も影響したのでしょう。とにかく読みやすかったのですよ。
少女漫画雑誌に載る作品は外国を舞台にしたものが多く、女の子には憧れもあって受け入れられていたと思います。
しかし、夕飯前に外で汚れるほど遊んで帰ってくる昭和の男児です。漫画が好きとはいえなかなか入り込める世界ではないでしょう。
一方で巴里夫さんの漫画は当時の街並みや学校、大人たちの振る舞いなど身近な世界が舞台です。
ストーリーもわかりやすく明快で、私と少女漫画を繋いでくれた大事な漫画家さんです。
とはいえ子供の頃も大人になった今も、明るすぎる主人公に読んでて照れ臭くなってしまうのは仕方ありませんね。
『陽気な転校生』は昭和44年に連載が始まってます。
記事を書くにあたって改めてじっくり読みましたが、至る所に昭和を感じます。
当時は普通に描写されただけなのでしょうが、街並み、商店街の描写、学校等々。
昭和の漫画なんだから当然でしょ、と思われるかもしれません。
でもなんていうか明確に理由付けできないのですが、描かれ方が絶妙なんですよ。
特に目を引くのが女の子たちの服装です。
巴さんのこだわりなのでしょうか。主人公だけでなくモブの子達まで当時を思い起こさせる「お洋服」を着てます。
それがかなり多彩なのですよ。同じ人物でも日が変わると違う服を着ている。
少女漫画雑誌はグラビアも華やかでした。タレントさんや子役のモデルがきれいな「お洋服」を着て、そこは別世界です。
男児の私でも眩しさを感じました。
巴さんはそのあたりも意識されていたのでしょうか。表紙のカラー絵をみるとそうとしか思えないくらい「お洋服」が輝いてます。
少女漫画で長らく活躍された大きな要因だと思います。
もう一つ。
上巻には「ねがい星」という短編が収録されてます。
こちらはマンバ通信でも連載された「ブサイク女子」が主人公です。
可愛い女の子との対比で話が進みますが、たとえ短編でも巴節はいかんなく発揮され、暖かい読後感をもたらしてくれる秀作です。
巴里夫さんの少女漫画作品は一部復刻もされてますが、多くは現在読むのが難しいようですね。
電子書籍や更なる復刻版での刊行を期待し、多くの方に読んでもらいたいと思う次第です。