昨年からTwitterなどでもちょこちょこと話題となっていたイギリス大英博物館で開催のマンガ展「The Citi exhibition Manga」。
一体どんな内容の展示なのか気になりつつも場所が場所だけにその詳細がわからない……!中ではどんな展示をやっているんだ!! ……なんて歯がゆい思いをしていた人も多いのではないでしょうか?
今回、マンバ通信では、共催というかたちで本展に携わった国立新美術館主任研究員真住貴子さんによる展示レポートを掲載します。
深淵なマンガの森のゆかいな冒険。大英博物館で5月23日から始まったマンガ展を一言でいうとそんな感じだ。来場者はまるでマンガという巨木の森をわくわくしながらめぐり、散策することができる。展覧会でよく見かける四角い展示室を規則正しく仕切り、順序よく順番に作品見ていくようなつくりではない。きちんとテーマごとに色分けし、ゾーニングされつつも、テーマにとらわれず、一つ一つの作品をじっくり味わうことも可能なその展示手法は、一見混とんとしているように見えて、自然の摂理に貫かれている森のように、マンガ多様性そのものを表すようだ。
展覧会を企画・開催した大英博物館は、世界初の“公立”博物館として1753年イギリス・ロンドンに誕生した。世界的に著名な歴史ある博物館の一つだ。800万点に及ぶ収蔵品のうち常設展示されているのは約15万点。それでも全体の2%に届かない。日本美術のコレクションも古代から現代まで充実しており、その中にはマンガの原画も含まれている。この巨大な博物館の中で最も大きな企画展示室セインズベリー・ギャラリーで本展は開かれている。
大英博物館では、本展を開催するに向けて、大きく二つの点、すなわちマンガとは何か、なぜマンガの展覧会を大英博物館が行うのか、という点について、徹底的に議論して作り上げた。リード・キュレータ-はニコル・クーリッジ・ルーマニエール。ルーマニエールは日本美術のスペシャリストで、その博学さもさることながら、とにかく日本とマンガが大好きな、明るくパワフルな女性である。
最終的に展示は大きく6つのゾーンに区切られ、さらにゾーンごとに細かなセクションに分けられていく。特に細かなセクションをたどっていくと、大英博物館が何を意図してこれらの作品をセレクトしたのかがわかるだろう。作品のタイトルだけではなく、選び取られたページの内容と合わせて楽しむことができる。
本展の準備は少なくとも3年前から行われ、準備に日本側の協力が必要となり、国立新美術館が共催として協力することになった。残念ながら巡回展示の予定はないが、筆者はその担当になり、展覧会の開幕に立ち会った。その時の様子を伝えたい。
さて、その展示内容だが、導入はイギリス人になじみやすく、『不思議の国のアリス』から始まっている。アリスがウサギの穴から不思議の国へ行ってしまうように、来場者は、アリスのウサギから、徐々に鳥獣人物戯画のウサギの姿に変容していく、こうの史代描きおろしの「みみちゃん」に案内されるように会場内に入っていく(この秀逸なイラストは、絵葉書として販売されているのもうれしい)。
“思いつくままに描く”という大きな扉絵のような壁の向こうに、最初のテーマ《マンガという芸術》という青い和紙で示されるコーナーが始まる。
ZONE1 マンガという芸術 The art of Manga
冒頭にはトレードマークのベレー帽をかぶった手塚治虫のインタビュー映像が流れている。マンガと鳥獣人物戯画について語る在りし日の手塚の姿をロンドンで見るのは胸にジンとくるものがある。
続いて近代マンガの草創期の作家、北沢楽天や岡本一平の軸層された戯画作品がならぶ。背後をふりかえると、〈マンガを読む〉というセクションがしめされ、こうの史代の『ギガタウン』の原画を使って、マンガとはいかなるものかを示している。特に読む順番、出てくる記号など、マンガを読み解く要素について事細かにマンガで説明されている。
〈マンガを描く〉セクションでは、マンガを描く道具類の展示や描いている映像が映し出され、マンガになじみのない人でもマンガがどんなものかをわかるよう配慮されている。かざってあるペンや筆は井上雄彦が実際に使用しているものというのもぜいたくだ。
マンガの読み方、描き方がわかったところで、次に〈マンガをプロデュースする〉というセクションにうつる。すると集英社のジャンプ編集部の取材映像が大きくうつしだされ、個別のモニターには現在とかつての名編集長たちが、マンガのプロデュースについて、それぞれの哲学を語っている。さらにここでは赤塚不二夫が描いたフジオ・プロの様子も原画展示されている。時代は変わってもマンガが生み出される場の空気はどこか共通した空気があると、ジャンプ編集部の映像と見比べながら思えた。
ZONE2 過去から学ぶ Drawing on the past
一通りマンガについての基礎知識を学ぶと次のテーマは《過去から学ぶ》という黄色い和紙のコーナーが始まる。ここでは大英博物館の日本美術コレクションからも作品が出品され、歴史の時間軸に促した展示がなされている。
冒頭は葛飾北斎の浮世絵『百物語こはだ小平二』で、その隣には北斎の娘お栄を描いた杉浦日向子の『百日紅』が展示されている。若くして亡くなった杉浦だが、こんな風に大英博物館で、北斎と並べて展示されているのを見たら、きっとすごく喜んだのではないか、そんな思いがふと沸いた。
幕末・明治の浮世絵師、月岡芳年の肉筆下絵『斉藤大八郎』の武者絵のとなりに井上雄彦の『バガボンド』が並ぶと、双方の筆の勢いと美しさが共鳴する。このあたりは大英博物館ならではの展示だ。
そして〈マンガの始まり〉というセクションでは、近代マンガの歴史をたどり、日本から発信されたイギリスの新聞『ジャパン・パンチ』に掲載されたチャールズ・ワーグマンの挿絵や北澤楽天の『時事漫画』及びその原画などを経て、『少女倶楽部』、『少年倶楽部』といった初期のマンガ雑誌へ続く。そして次のセクションでいよいよマンガの神様が登場する。
〈手塚登場〉
ここでは、手塚治虫の初期作品『新宝島』から始まり、影響を受けたディズニー映画や、フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』などを紹介しながら、手塚の『リボンの騎士』や『メトロポリス』、『アトム大使』、『鉄腕アトム』の原画が展示されている。『鉄腕アトム』は書籍とアニメ映像も展示。
アニメでは、アトム誕生のシーンが取り上げられている。ラングと併せてみると感慨深い。マンガもアニメも当時手塚が影響を受けた創造の原点に触れつつ、それらを超えて新たなオリジナル作品を作り上げていった流れがたどれる構成だ。
〈マンガの表現スタイル〉
マンガの表現は今や多様な広がりを見せている。ギャグの天才赤塚不二夫の『ウナギイヌの最期』など、今見てもその秀逸さに目を奪われる。世界的人気を誇る鳥山明の『DRAGON BALL』、武内直子の『美少女戦士セーラームーン』、こなみかなた『チーズ・スイート・ホーム』、萩尾望都『ポーの一族』などそれぞれ全く違った魅力を持つ作品が並ぶ。
『ポーの一族』は、新シリーズの雑誌の表紙が拡大されたバナーで展示され、宝塚で上演されたときのポスターも展示されるなど、その広がりも味わえる工夫がなされている。
〈本屋〉
日本では江戸の昔から出版文化が盛んだった。絵草紙屋の様子を語る歴史資料とともに、中央に本屋のインスタレーションが現れる。もととなっている本屋の写真は惜しまれつつ閉店した神保町の名店“コミック高岡”だ。周囲には本棚が配され、マンガを手に取って読めるようになっている。QRコードも掲示され、電子書籍のHPへ飛ぶ仕掛けもあり、日本の書店に迷い込んだような仕掛けになっている。
ZONE 3 すべての人にマンガがある Manga for everyone
〈スポーツ〉〈未知の領域に挑む〉〈恐怖〉〈愛情と欲望〉〈変身〉〈信仰と信念〉〈過去の世界〉〈ダイナミック・サウンド〉〈思いもよらぬアドベンチャー〉9つのセクションで、赤い和紙をバックにそれぞれに作品をピックアップしている。
選ばれた作品は、高森朝雄(原作)、ちばてつや(画)の『あしたのジョー』、石ノ森章太郎『サイボーグ009』、松本零士『銀河鉄道999』といった往年の名作から、現在連載中の尾田栄一郎『ONE PIECE』 、野田サトル『ゴールデンカムイ』、諌山創『進撃の巨人』、BLの原点でもある竹宮惠子『風と木の詩』や、同性婚をテーマにした田亀源五郎『弟の夫』など、バラエティに富んだ作品が並ぶ。
これらの取捨選択には、相当苦労したことだろう。膨大な量のマンガから展示に選べる作品はわずかしかないが、人それぞれに大事なマンガあるからだ。マンガの総合展につきものの「○○という作品が取り上げられていない!」という批判は避けられない課題だ。鑑賞する側としては、その中で取り上げた作品が、どういった視点で選ばれたのかを推測しながら見ていくのがおススメである。ここでは26作品とすべてのゾーンの中で一番多いのだから、それらをみるだけでも楽しい。
ZONE 4 マンガの力 Power of manga
ここでは、マンガの社会的な広がりに焦点を当てて、ピンク色の和紙をバックに紹介されている。
最初に大きなスクリーンでコミケの会場映像が映し出される〈コミケ:無限に広がるファンのつながり〉のセクションだ。映像では、イギリス人の誰もが驚愕のコミケの整然と整理された混雑ぶりと、コミケとは何かという問いにそれぞれ答える若者たち、コミケの熱量が伝わる撮りおろしの映像だ。その並びにある〈変幻自在のコスプレ〉では、“世界コスプレサミット”がとりあげられ、実際にちょっとしたしたコスプレ体験ができるコーナーもある。
〈マンガと博物館〉では、荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーブルへ行く』、星野之宣『宗像教授異考録大英博物館の冒険』など、博物館を取り上げたマンガと同時に、現実の博物館でのマンガの保存についての紹介がなされている。
特に耐久性の弱いマンガのカラー原画を後世に伝えるために、精巧な複製“原画ダッシュ”を作成し、展示には複製を使用していく取り組みが紹介され、巴里夫『ゆびきりいちと』など、男性漫画家が少女漫画を描いていた時代の作品の原画ダッシュが展示されている。
〈変化をもたらす〉のセクションでは、マンガが単なるエンターテインメントにとどまらず、社会へのメッセージなどを投げかけることのできる影響力のある媒体であることを紹介している。竜田一人『いちえふ』、しりあがり寿『あの日からのマンガ』は3.11の東日本大震災を、こうの史代の『夕凪の街』では広島の原爆を、そして満州での日々を含めたちばてつやの半生を描いた『ひねもすのたり日記』などがならぶ。
〈目で学ぶ〉では、日本近代文学のマンガ化作品や、『日本史探偵コナン』など、絵と言葉で物事をわかりやすく理解できるツールとしてのマンガの側面も紹介している。
ZONE5 マンガとキャラクター Power of line
邦訳では、“マンガとキャラクター”となっているが、マンガのキャラクターを決定づける要素としての線の力についてのセクションだ。
展示室をぐるりと囲むように鳥山明『DRAGON BALL』、赤塚不二夫『天才バカボン』、諸星大二郎『海神記』、谷口ジロー『イカル』、東村アキコ『海月姫』等が展示されるとともに、幕末明治の奇才絵師、河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の芝居小屋の巨大な引幕『新富座妖怪引幕』が展示され、そこに描かれた百鬼夜行は、『進撃の巨人』の超大型巨人の頭部と向かい合うように並び、どちらもその迫力にどこか親和するものがある。
このあたりの展示の手腕はさすがだ。ルーマニエールは日本のマンガが直接的にはディズニーの影響から発展していることをきちんと理解しているが、日本美術の伝統である線の力という肥沃な土壌にディスニーという種が根付き、大輪の花を咲かせたこと、さらに描き手であるマンガ家がせっせと品種改良を重ね、ファンは惜しみない恵みの雨を注いだことから、ここまでの多種多様な文化の実をつけたのではないか、ということを言いたいのではないだろうか。
ZONE6 マンガに際限なし Manga no limits
ここでは、〈融合するメディア〉としてメディアミックスや、マンガの枠を超えた作品を紹介している。中央にあるのは赤塚不二夫のひとり娘、赤塚りえこの『家訓(ディティール)』という現代美術作品だ。ギャハハ、ワハハと爆笑する文字が立体的な文字となって設置されている作品で、面白いことが何よりも大事な、赤塚家のエッセンスの詰まった作品だ。
サイズの小さなジャンプが飾ってあると思って近づくと、それは三島喜代美の陶で作った『コミックブックス17-S』だった。
このように他分野のアーティストを刺激するマンガの可能性と展開もあれば、panpanyaの『メロディー』のような実験的作品、個人サイトのウェブマンガからはじまり、誌面展開、そしてアニメ化へとビックコンテンツとなった村田雄介(画)、ONE(原作)『ワンパンマン』、世界中で大人気のポケモンのキャラクター原画やトレーディングカードまで、広がり続けるマンガの展開の一端を垣間見ることができる。
〈スタジオジブリ〉のセクションでは、編集されたスタジオジブリ全作品もメーキング映像とともに紹介されている。ラストに再び、みみちゃんとおぼしきウサギの足跡を追っていくと、井上雄彦の大型書下ろしイラスト3点が圧巻の展示をされている場所へと導かれる。
満腹、満足な展覧会の記念には、撮影された写真がマンガ化されるアプリの記念撮影コーナーがあり、会場を抜けると展覧会のグッズ売り場も魅力的なオリジナル商品が並ぶ。ここまでできるのはさすが世界の大英博物館といえよう。
最後に、この夏ロンドンへ行く予定のある人は今すぐチケットをウェブサイトで購入することをおススメする。日本の展覧会のように、展示会場ぎゅうぎゅうに人を入場させることは欧米では行わないから、チケットがすぐに売り切れてしまうからだ。
大英博物館は、これまでも小規模だが日本のマンガを取り上げて展示を行ってきた。その度に反響をもたらしていたが、これほどの規模でマンガという文化について真っ向から取り上げた特別展覧会は他の国でもなかなか例を見ない。日本のマンガを支持する一定層はいても、ヨーロッパ諸国の中で、マンガへの関心が特別高いというわけではないイギリスで、この大規模なマンガ展が行われた意義は、非常に高く、今後大きな波及効果をもたらすだろう。
大英博物館 マンガ 展は8月26日(月)まで
途中作品の展示替えがあります。
詳細は大英博物館のウェブサイトでご確認ください。
開館時間・アクセスなどはこちら(日本語サイト)
https://www.britishmuseum.org/visiting.aspx?lang=ja
マンガ展についてはこちら(英語サイトのみ)
https://www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/manga.aspx