子供時代に触れた白土三平さんの作品は、テレビアニメの『サスケ』だけでした。
漫画の方は熱心に読んだ記憶がありません。
忍者漫画は好きだったものの、白土さん独特の過酷で厳しい忍者世界の描写が苦手でした。
『カムイ伝』も『忍者武芸帳』も還暦過ぎた今、まだ読んでません。
そんな白土作品を語る資格がない私ですが、先日いつもの古書店でこの『掟』が売られているのを見つけました。
ビニール袋に入れて棚に並べてしかるべき巨匠の昭和30年代の単行本で、しかもハードカバーの上製本です。
他の昭和30年代の見るからに状態が良くない漫画単行本(手塚治虫さんの物もあり)と一緒に、むき出しでワゴンに入れてありました。
当然激安です。
ぱっと見そこまで状態が悪いとは思えない『掟』を取って確認すると、2ページ上部が破られてます。
「あ~、これじゃしょうがないかな」と納得はしますが、ここだけ気にしなければ普通に読める状態です。
まあまあ貴重な書籍だしこの値段なら買わない手はないよね、と手に取ります。
ついでに売り場にあったコダマプレスダイヤモンドコミックス版の『赤目』も読んでみるか、と購入します。
コダマプレス社のダイヤモンドコミックスは、現在も主流となる新書サイズで漫画を出版した最初のレーベルです。
その話はまた別の機会があれば。
『赤目』は若い頃からずっと気になっていた作品です。
ちょっと脇道に逸れて思い出話になりますが、しばしお付き合いください。
この本を手に入れたのが40年近く前の24歳の時です。
この時、子供の頃に読んだ漫画雑誌やコミックスが現存して立派に市場として成り立っているのを知ります。
それまで古本が好きで古書店を巡ってはいましたが、新たな目的が加わりかなり精力的に動きましたよ。
あの頃は私鉄の小さな駅でも少し歩けばこじんまりとした古本屋さんがあり、漫画専門店だとちょっとお高い物もこういった町の古本屋さんでは安く売られていることが多かったんですよ。
そして26歳か27歳くらいの頃だったと思います。
初めて訪れる古本屋さん。
古本屋さん探訪に欠かせない『全国古本屋地図』という本を頼りに、各駅しか停まらない私鉄の某駅からちょっと歩いた先へ。
このお店は現在もうありませんし、店主もお亡くなりになられました。
でも初めてこの店に入った時の事はよく覚えてます。
昔ながらの木枠にガラスが入った引き戸を開けて、10坪程度の店内を散策します。
並ぶ古本はあまり綺麗とは言えない小説や文庫本。
奥の帳場に座る店主の後ろにはガラスケース的な棚があり、高額な文学の初版本や稀覯本が入ってます。
昭和当時の典型的な古本屋さん。
ここは漫画は無さそうかなと思いつつも、初めての古本屋さんの棚を見ていくのは古本好きには楽しい時間です。
ところが入り口からは見えない奥の角に古い漫画コーナーがあるではありませんか。
高額な物もちらほらと。
よく見ると店主の後ろにも在庫らしき珍しい漫画があり、意外な展開にびっくりです。
ここまではよく覚えてますが、この初訪問の時に何か買ったのか買わなかったのかは記憶にありません。
しかしこんな穴場的なお店は貴重だと頻繁に通う内に店主とも懇意になっていき、何故古い漫画を扱っているかの理由も聞きました。
放送局に勤めていた店主は若い頃から古本が好きで、退職を機にこのお店を開いたとの事。
漫画という物を読まなかった店主は当然店でも扱わず、なんなら馬鹿にしていたよと語ってくれました。
昭和の話です。
古本屋さんだけじゃありません。
世の中の多くの大人が漫画を馬鹿にしてました。
そんな折よく店を訪れる若い方と話していた際に、「漫画なんか」と発言したらその若い方が怒ったそうです。
「読みもしないでそんな言い方はないでしょう」と。
そして若い方に渡されたのが『赤目』です。
そんなに言うならと読んでみたらそれまでの漫画に関する考え方が180度変わったよ、あれは衝撃だったね、と店主さん。
それから漫画に興味を持ち、古い漫画は充分に商材として成り立つこともあって今店で扱ってるんだよ。
と、温かい笑顔で話してくれました。
そんなに印象深く憶えておきながら40年近く経っても『赤目』を読まなかったのは、苦手意識がいつまでも拭えなかったのが正直なところです。
今回初めて読んだ『赤目』。
重いです。残虐描写も多いです。
それでも面白く読めました。
漫画を馬鹿にする昭和当時で還暦過ぎの古書店主の考えを、『赤目』という作品が何をどう大きく変えたのかその理由は私にはわかりません。
しかしそれに値する作品なのはひしひしと感じられました。
さて脇道が長くなってすいません。
『掟』の紹介に移りましょう。
のっけから扉絵が素晴らしくて見入ってしまいます。
シンプルに描かれた不敵な笑みを浮かべる忍者。
横に大きく配置された、おそらく白土さんの自筆であろう極太の題字。
たったこれだけなのに魅力あふれるのは不思議で、流石と唸ってしまいます。
沢山の小さなサスケが可愛い表裏の見返し画もいいですね。
収録された短編は3作。
内容は最低限の紹介にとどめておきます。
第1話『掟』は抜け忍の話。
少年増刊号掲載と記載されてます。
十蔵という忍者が里からの抜けに失敗し、掟破りとして凄惨な最後を迎えます。
それに涙した佐助という忍者が周到な準備をして「影の里」から逃げるのが大まかなあらすじです。
何故里から逃げようと思うのか。
そんな読者の疑問に答えるべく、白土さんの解説が作中にあるのが親切ですね。
こういった解説は他の2作にも『赤目』にも多くあって理解の助けになりました。
第2話は「寄生木」。
こちらも少年増刊号掲載と記載されてます。
「岩くだき」という秘太刀を使う「轟一角」という剣士。
そして行動を共にする「寄生木半助」という忍者が不正な手段を使って、地方の大名の指南役になれるとこまで昇り詰めます。
しかしもっと大きくいかないと駄目だという半助は、一角と共に将軍家の指南役を奪おうと江戸へ向かいます。
相手は名高き「柳生十兵衛」。
果たして結末や如何に。
第3話は「神隠し」。
猿飛外伝ヨリ(新作書下ろし)と記載されてます。
とある領主が熱病で死んだ人質の子供と似た子供をさらってくるよう二人の忍者に依頼します。
忍者としての腕は確かな二人ですが、なかなか上手くいきません。
椎茸が作られている森の中で女性と子供を見つけ、今度こそと躍起になりますが女性にことごとく返り討ちに会います。
女性の正体は椎茸栽培と大きく関係しているのが、白土さんの解説文で判明します。
そして結末は中々意外でした。
3作品とも『赤目』に比べればかなり子供向けな内容で、残虐描写も控えめと言っていいでしょう。
今更ですが苦手だった白土作品の克服に近づいた気がします。
白土作品は新刊書店でも多く売られていると思いますが、やはり当時の書籍や雑誌で読みたいですね。
今後は古書店でも気にかけていこうと思う次第です。