マンガ100年のあゆみ(少女マンガ編 3)|二千年以降

2023年は日本初の日刊連載マンガ「正チャンの冒険」の連載開始からちょうど100年。その間、マンガはさまざまな発展を繰り返し、現在では全世界で楽しまれている日本が誇る文化のひとつとなりました。そんなマンガの100年間のあゆみを、多彩な執筆陣によるリレー連載の形式でふりかえります。
今回は、ご自身も13歳の若さでデビューされたマンガ家であり、『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』(集英社インターナショナル)の著者でもある、きたがわ翔先生に「少女マンガ」に焦点を当てた記事を寄稿していただきました!!(全3回のうち第3回目です)

第1回・第2回はこちら!

 

きたがわ翔先生による描き下ろしカット

二千年以降、携帯電話、スマートフォンの登場による日常生活の変化は娯楽文化に大きな影響をもたらした。

テレビ、映画、音楽、ゲーム、本、漫画、加えてショッピングまでもがこれ一つで事足りるようになった。

そこにYouTubeやTik Tokなどの動画をはじめとする新たなコンテンツも加わり、それまで大衆娯楽であった紙文化は衰退の一途を辿りはじめる。

未だ「何ものでもない若者」たちは、SNSを巧みにあやつることで承認欲求を満たそうと躍起になり、娯楽を受け取る側から発信する側にまわることで新たな楽しみを見出すようになってきた。

そんな中、漫画界全般、もとい少女漫画はどのように変化していったのか。

そもそも「漫画雑誌」は多様なジャンルを一つにまとめたいわゆる「幕の内弁当」であった。

恋愛漫画のみが好きな少女でも、めくれば載っているスポーツ物やホラーものなどをついでに読み、そこから興味の幅を広げていったものだったが、今では音楽でも漫画でも自分の好きなものだけチョイスして楽しむことができるようになり、ジャンルのごった煮はむしろ目障りなものとなった。

苦肉の策として出版社が出した答えが、雑誌丸ごと同じジャンル、同じテーマを扱った漫画を載せることであった。

ハッピーエンドが好きな読者のための雑誌「幸せなハッピーエンド」、婚活を目指している女の子のための雑誌「幸せな結婚」…

いずれも仮題であるが、このような女性漫画誌が目立つようになったのは二千年に入ってからだと記憶している。

そして現在、少年ジャンプ読者の六十%が女性なのだという。これは一体どういうことなのだろう?

漫画が大衆娯楽なりえた時代における少女漫画最大のテーマはやはり恋愛とおしゃべりであった。

しかしスマホで部屋にいながらも他者とのつながりを楽しめるようになった今、さみしがり屋かつ恋愛に関心のある一部の少女は少しづつ漫画から離れていったように思う。そこを漫画から得る必要がなくなったからだ。

 

八十年代バブル期のように恋愛やセックスが最上で崇高のもの、とされた時代はとうに過ぎ去り、「そこまで恋愛に関心がない」ものたちが読む漫画のテーマは「友情」であったり「勝利」であったりむしろライトな少年漫画のそれに近いのかもしれない。

実際末次由紀の大ヒット漫画「ちはやふる」などは競技かるたを題材とした傑作だが、少女漫画というよりも少年漫画の香りが強い。

ちはやふる
『ちはやふる』1巻 末次由紀(講談社)

その昔少女漫画界に「週刊誌」が存在した当時、大ヒットした漫画といえばアタックNo.1エースをねらえ!ベルサイユのばら等、スポ根ものや歴史大河ロマンなど次週に対する引きの強い漫画が多かった。

八十年代に入り恋愛ものばかりが主流になってから女性週刊誌は姿を消してしまったが、その頃ちはやふる、が載っていたなら存続できていたかもしれない。

 

「紙面を開いたときに、どんな漫画なのか内容が一瞬でわかるようなものをお願いします!」

以前私が編集者に言われたこの言葉は、スマホ世代の若者の好みを端的に表しているといって良い。

現代はスマホによって抱いた疑問に対し、検索により一瞬にして答えの出せる時代である。明確な答えが出るまでの途中作業はひょっとすると彼らにとって苦痛なのかもしれない。

恐らくこれも恋愛漫画衰退における一つの要因であろう。なんせ恋愛は多大な想像力を要する答えのない複雑怪奇なものだから。

当時のエピソードひとつとってみても現代では通用しない。

昔の恋愛漫画において大きな核となる部分は「すれちがい」であった。ポツンと佇む電話ボックスや公園のベンチはすれちがいによる切なさの象徴であった。

携帯電話により簡単にお互いの場所を確認できる今、恋愛における切なさのエピソードはどのように表現されているのだろう?

そういった部分は現在形を変えてBLコミックに流れているように感じる。

男同士が恋をする…ジェンダーフリーが叫ばれている今では少々ニュアンスが変わっているのかもしれないが、「同性という足かせによりどんなに好きあっても世間的に認められない二人」という設定に、少女たちは切なさや憧れを感じているのかもしれない。

個人的に残念だと思うのは一九九六年に交通事故で重傷を負い、後遺症で事実上作家生命を絶たれた岡崎京子である。

pink
『pink』新装版 1巻 岡崎京子(マガジンハウス)

彼女ほど時代における最も尖った空気感を表現できた漫画家は稀有であった。

デジタルによる世の中の大きな移り変わりや恋愛模様を彼女だったらどう描いただろう?しかし気がつけばあれから随分と長い年月が経ってしまった。

 

二千年以降、衰退の一途を辿っていた漫画業界、少女漫画界は皮肉にもコロナウィルスによって自宅待機を余儀なくされた状況下からデジタル配信で読者をつかむことに成功し、一気に息を吹き返した。

スマホ使用に特化した「縦スクロール漫画」なるものも出現し、ここからきっと新たなる才能が生まれてくることだろう。

いずれは絵が描けなくとも「出来合いの素材を組み合わせる」手法によってものすごい作品を生み出す漫画家が現れるような気がする。

漫画家を目指していたけれど、絵が描けないからライトノベル作家になった、そういったストーリーテラーが素材の力を借りて漫画を描ける時代がいずれやってくるにちがいない。

時代は常に新しいものを求めているからだ。

一方で細川智栄子の「王家の紋章」や美内すずえの「ガラスの仮面」など、古典的な少女漫画は今でもしっかりと読み継がれており、

椎名軽穂の「君に届け」のような現代においてかなり古典的とも言える学園漫画が空前の大ヒットを記録したりするのも面白い。

君に届け
『君に届け』 リマスター版 1巻 椎名軽穂(集英社)

色々御託を並べてしまったが、まんがはシンプルに面白ければ良いのである。

 

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