2023年は日本初の日刊連載マンガ「正チャンの冒険」の連載開始からちょうど100年。その間、マンガはさまざまな発展を繰り返し、現在では全世界で楽しまれている日本が誇る文化のひとつとなりました。そんなマンガの100年間のあゆみを、多彩な執筆陣によるリレー連載の形式でふりかえります。
今回は、ご自身も13歳の若さでデビューされたマンガ家であり、『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』(集英社インターナショナル)の著者でもある、きたがわ翔先生に「少女マンガ」に焦点を当てた記事を寄稿していただきました!!(全3回のうち第2回目です)
第1回はこちら!
「漫画を読むと時代の流行がわかる」
あらゆるものが多様化した昨今はともかくとして、当時はまさにそうであった。
竹の子族、原宿ホコ天、なめ猫、横浜銀蝿….これらのワードにピンとくる方は私と同世代かやや上か。
八十年代初頭、突如として「ツッパリさんブーム」が少女漫画界にも巻き起こった。
ツッパリさんと言っても別に相撲取りのことではない。今で言うところのヤンキースタイル、かっこよく言えばフィフティーズスタイルが若者の間で大ブームだった。
週末の原宿歩行者天国を歩けば革ジャンにポマード塗りたくったリーゼントスタイルの男子、コインドットのスカートの下に何枚も重ねたペチコート、ポニーテールスタイルの女子達がカセットデッキから流れるロックンロールでシャカシャカとツイストを踊っていた。
その流れを受け牧野和子の「ハイティーン・ブギ」をはじめとするくわえタバコにサングラスのヒーローが「たのきん」風の男の子に混じり雑誌の紙面を席巻してゆくこととなる。
「不良の匂いのする退廃的美少年」や「アイビールックのほんわかした男の子」はいつしか「硬派でバンカラな見た目だけど中身はナイーヴな不良少年」に変貌を遂げていた。
りぼん、で流行していた「おとめちっく」もいつしか衰退し、ヒロインだった「彼ちゃまに手編みのマフラーをプレゼントするような○○タンと呼ばれるカマトトちっくな少女」すら、現在オタク男子が好む「萌えキャラ」のなかのみにしか存在せず、少女漫画界から身を潜めてしまう。
そのど真ん中の時期に私も少女漫画家としてデビューしてしまうのだが…現在若者の間でエイティーズやシティポップが流行してもヤンキー全盛期の少女漫画を語る人はほとんどいない。
暗黙の黒歴史となっているのだろうか?
正直コンプライアンス的にも再度流行することはまずないであろう。
でもって次にやって来るのが「サーファー」である。
この時期のワードはポップアート、ヤシの木、ネオンサイン、レイヤードカットの女性、などなどである。
それがしばらく続いたのち「チェッカーズ」の登場によりオーバーサイズファッション、DCブランドなどが大流行する。
大きな漫画界の変化といえばお洒落の流行にうとかった少年、青年漫画のなかでも徐々にそういったニュアンスを取り入れる作家が増え始め、
男子のお洒落化が進むと同時に両ジャンルの垣根が少しづつ破壊されていった部分であろうか。
それ以前は少年漫画と少女漫画、ことに絵柄に関してははっきりとした「住み分け」があったことも事実である。
そして「レディース」という画期的ジャンルの確立があった。
一線で活躍していた少女漫画家もよりベテランとなり、同時に少女から大人へと変貌を遂げつつも未だ漫画から離れられない女性読者の受け皿、が必要となったのだ。
そんな中ニューウェーヴの筆頭であった高野文子の流れをくむ岡崎京子、桜沢エリカ、安野モヨコ等が頭角を現し、よりリアルで生々しい女性の内面、主に「性」について赤裸々な作品を次々と発表してゆく。その作風に恐れをなしたオタク男子たちの少女漫画離れがはじまった頃世の中は徐々にバブルへと突入してゆく。
今思い返してみてもあの頃ほどセックスというものが消費され、時代のトレンドとして扱われた時代はないだろう。
当時レディースで活躍していた森園みるく、矢萩貴子等の漫画は青年誌顔負けの過激な描写、エロティシズムに溢れていた。
そもそも水野英子から始まる外国が舞台の金髪少女少年が織りなす可憐なラブストーリーは、六十〜七十年代の少女たちの憧れを象徴していたものだった。
日本はお金持ちになり、少女漫画から憧れだった「外国物」が消えゆくのもこの頃だ。「テキトウ」だとか「変わってる」が、若者の間での褒め言葉となり、
当時のお笑い芸人などに象徴的な「物事を斜めから見ること」がかっこいいものとされ、まじめであることがバカにされた。
国中のほとんどの人々がみな余裕をブッこいていた。その後大きな落とし穴が待ち構えていることなど気づかずに…
そして突如バブルの崩壊がはじまった。
その後の少女漫画におけるキーワードをひとつあげるとすればまず思い浮かぶのが「草食男子」であろう。
バブル崩壊後、余裕のなくなった男子は恋愛に浮かれている場合ではなくなってきた。なんせ女性と付き合うと出費がかさむし、今はできるだけ自分のみの時間を大切にしたい。
結果いくら待っても王子様に告白されず、しびれを切らした女子たちは自ら男狩りをせねばならなくなってきた。
安野モヨコの「ハッピーマニア」はそんな時代を露骨に象徴した傑作である。
時代による変化に描き手も読者も翻弄されつつも、漫画の市場は未だ伸び続けていた。
だがその後少女漫画そのものが大きな危機に直面する。
携帯電話、後のスマートフォンの登場である。
危機という意味では少年漫画、青年漫画にも言えることかもしれないが、こと少女漫画においてその影響は絶大であった。
考えてもみて欲しい。ごくごく一般的な少女の最大の娯楽といったらそれは「友達とのおしゃべり」である。
それまでの少女漫画は娯楽としての読み物以上に、ちょっぴり内気な少女たちによる「友達とのおしゃべり代替品」としての機能があった。
「メール」の登場によりいつでも友達とのおしゃべりやつながりを得られるようになった少女たちにとって、もはや少女漫画は必要とされるのか?
スマートフォンの登場はそれまでの娯楽をよりミニマムな方向へと多様化させた。
漫画はもはやいわゆる「大衆娯楽」から「趣味としての娯楽」への変化を余儀なくされるのである。
次回(第3回)は2023年6月22日に掲載予定です!お楽しみに!
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