『正チャンの冒険』の作画家である樺島勝一さんは、マンガの作画家や挿絵画家としての作品だけでなく、デザイナー的な役割でも作品も多数残されています。今回はそのような樺島勝一さんのデザイナーとしての側面について、『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』(弦書房)の著者である大橋博之氏に寄稿していただきました。
アサヒグラフのタイトル文字をデザイン
漫画家は漫画を、イラストレーターはイラストを描くのが仕事で、漫画家が自分の作品であっても雑誌や単行本をデザインすることはあまりない(全くなくはない)。そしてそれはイラストレーターも同様。デザインはデザイナーという職業の人が担当するのが一般的。そこには分業にした方が効率がいい、ということもあるが、デザインのことはデザインの専門家であるデザイナーに任せる方が効果的なデザインに仕上がる、という理由がある。
しかし、挿絵画家といわれる雑誌や書籍の「絵」を描く仕事をする人のなかにはタイトルの文字や書籍の装幀も任されることがあり、書き文字(レタリング)の巧みさやデザインセンスも求められた。その仕事を挿絵画家のなかにはあまり得意としない人もいたが、樺島勝一は得意としていたようで、雑誌の『帝国少年』『国民飛行』『英語精習』『海国少年』などでは誌名をセンス良く緻密にデザインしている。神田・神保町の古書店街で洋書を探しては、その洋書のタイトルやページのデザインを参考にしたようだ。
勝一は、雑誌『海国少年』や『新趣味』の絵が認められて1922年(大正11年)、朝日新聞グラフ局編集部に入社することとなり、1923年(大正12年)から日刊の写真新聞『アサヒグラフ』で「正チャンの冒険」の連載を開始するのだが、朝日新聞への入社を果たしたのは、絵の功績だけではなく、蓄積されたデザインセンスの良さがあったからではないかと推測している。
『アサヒグラフ』が刊行さることとなった背景には、ロンドンでは『デーリー・ミラ(Daily Mirror)』(1903年創刊)、ニューヨークでは『デーリー・ニューズ(Daily News)』(1919年創刊)という日刊写真新聞が大衆に支持され成功していたことによる。
企画したのは杉村楚人冠(すぎむら そじんかん/1872年~1945年/本名は廣太郎)。新聞記者、随筆家、俳人など多彩な顔を持つ。朝日新聞社本社記事審査部長や取締役、監査役も務めた人物。
楚人冠は『アサヒグラフ』をモダンでエスプリの利いたユーモアある新聞をコンセプトとした。この『アサヒグラフ』の誌名のデザインを勝一が担当している。楚人冠は字体はもちろん、一字一字のフォントの大きさ、太さを細かく指定したという。そして横に並べた際のバランスに最も配慮したらしい。勝一は命ずられるまま、最終の形に決まるまで何十も書き直しをしたらしい。そして見事、楚人冠の期待通りの「アサヒグラフ」のタイトルを書き上げることとなる。
リアルなものをベースにデザインするという発想
勝一にはペン画の描き方を指導する著書がある。ペン画の講義をまとめた『ペン画講義録』(大正7年/日本社)をベースに加筆・改定した『ペン画の描き方』(昭和15年/弘文社)。それをさらに加筆・改定した『実習指導 ペン画の描き方』(昭和19年/弘文社)。昭和15年の版を改定した『ペン画の描き方』(昭和27年/創作図案刊行会)だ。
これらの書籍では「工藝図案」についてページを割いている。工藝図案とは「デザイン」のこと。ここでは、「ペン図案の主要条件は構図の芸化にある」と書いている。「芸化」とは美しくするという意味。
「これは言葉を代えて言えば、図案として描かれた物の形の面白さである。つまり物の形を変化よく、味のあるように美化して表現するのが、ペン図案の第一に担うべきものである」という。そして、「形の変化や表現の面白味などを工夫しなければならない」「物の形を模様化しなければならない」といい、そのためには「写実の技法を知らないで、いきなり得られるものではない」と続く。
分かりやすくいうと、図案(グラフィック)は、物の形の面白さ(クリエイティビティ)にある。物の形を変化(モーフィング・デフォルメ)させ、味のあるように美化(ブラシュアップ)して表現するのが、ペン図案(デザイン)では第一に考えることであり、形の変化や表現の面白味などを工夫(クリエイト)しなければならない。物の形を模様化(アート)しなければならない。そのためには写実(リアルに描く)の技法(テクニック)を知らないで、いきなり得られるものではないということだ。
最初からデザインするのではなく、リアルなものをベースにしてデザインする。デザインという言葉や発想がまだ、日本になかった時代に、独自に得た知識は本質を捉えていると言っていい。
描く絵にも活かされたデザインセンス
勝一が挿絵と装幀をデザインした書籍に『敵中横断三百里』『亜細亜の曙』『大陸非常線』(山中峯太郎/大日本雄弁会講談社)や『浮かぶ飛行島』(海野十三/大日本雄弁会講談社)『地底戦車の怪人』(海野十三/偕成社)などがあり、いずれも際立ったセンスの良さを見せている。これら3冊はいずれも函と本のデザインを変えている。
『敵中横断三百里』は本の方のタイトルの方がカッコいい。表紙には大きく双頭の鷲のエンブレムが描かれている。『浮かぶ飛行島』の表紙の方は二頭のイルカのエンブレム。また、勝一は自分が挿絵を描いていない『偉人野口英雄』(池田宣政/大日本雄弁会講談社)の装幀も手掛けている。
これら書籍はいずれもずっしりとした函に、クロス装。読者は本の手触りの質感や勇ましいデザインを見て読む前からワクワクし、期待に胸を膨らませたことだろう。