「男子に勧めたい少女マンガは?」とよく聞かれます。
青池保子先生の作品はハードボイルドだしどうかな、特に『エロイカより愛をこめて』なんてスパイものだしいいんじゃないでしょうか。
この作品は、青池保子先生の代表作のひとつ。
クールで堅物なNATOの将校エーベルバッハ少佐と、エロエロで浮薄な怪盗エロイカ伯爵を中心にした、女性キャラがほとんど登場しないハードボイルドものです。KGBやMI5の諜報員たちがドンパチやったり、駆け引きしたり、そこに伯爵が参入してきて場をぶっ壊したり、コミカルなところもあり。絵柄もマッチョ系だし、男性受けよさそうですよね。
と思って読み返してみたら驚愕です。
1巻、エスパーは出てくるし、少佐は中途出場だし、ぜんぜんハードボイルドじゃない……!
そういえばエロイカはこうやって始まったんだった、と新鮮な気持ちです。
社会情勢をわかりやすく理解するのに参考にするのは、最近だと池上彰さんの本なのかもしれませんが、和久井にとってはエロイカが教科書でした。NATO、MI6、KGBなんて組織の名前はエロイカで学んでます。
連載が始まった1977年は、東西冷戦まっただ中。これが90年くらいまで続くわけですが、エロイカの序盤はそんな社会情勢をガッツリ反映していて、とても興味深いです。
そしてもうひとつ、時代だなあと思うことがあります。
私の姉は、エーベルバッハ少佐が大好きで、ファンクラブにも入っていました。クールなんだけど実は人情に厚いところが魅力だったのでしょうか。とかく若いうちは、先頭に立ってグイグイ引っ張っていってくれる男性に惹かれたりします。
ところが今読み返してみると……少佐、それ、パワハラです……!
何か失敗すると「う゛ぁっかもーん!」と怒鳴られ、すぐ怒鳴られ、やたら怒鳴られます。雷のようにバリバリ怒鳴られます。そして二言目には「アラスカに行けー!」と脅されます。これじゃあ部下は萎縮しちゃうでしょう。
だけど連載が始まった70年代や80年代当時はハラスメントなんて日本語はなかったし、男性はこんな感じで割と好き放題してたように思います。先日読み直すまで、エーベルバッハ少佐のパワハラをパワハラと思わずに読んでました。実際に部下たちはアラスカに送られて、基地の掃除なんかさせられてました。これマンガだから、NATOという、ちょっと遠くの国の組織の話だから笑い話で済ませられちゃうけど、舞台を日本にするだけでとんでもなくシビアな物語になりそう。例えば……
猪川課長は20数名の部下を率いて、都内の警備に当たっています。彼は毎日のように部下を怒鳴りつけ、なにかというと「使えない奴らは青ヶ島へ行け!」などと脅すのです……みたいな。
……いや、個人的に青ヶ島は行ってみたいので罰にはならないな……。
でもちょっと待てよ、少佐の勤務先はNATO。ドンパチやったり諜報活動したりして命がけの任務を遂行してます。人命や安全、財産を守る仕事は、少佐くらい厳しく律しないと仕事を全うできないのかもしれません。
そして和久井はそんな重責を担う仕事をしたことがなかった。……うん、エーベルバッハ少佐の言動がパワハラかどうか、私には判断できないかもね! というだらしない考えに落ち着きました。
ところでNATOの情報部長は、コーヒーに角砂糖を10コも入れて飲むぽっちゃりさんで、妻帯者だけど伯爵のことも好きなバイセクシャル。少佐に「俺が万年少佐なのはこいつのせいだ」と言わせるくらい、お仕事ができなさそうです。
『パタリロ!』に出てくるMI6の部長も、まったく仕事ができない人として描かれてたので、なんでしょうか、部長ってのは肩書だけで能がないってイメージなんでしょうか。そういえば刑事ドラマ『太陽にほえろ!』で一番上席にいた石原裕次郎も、ブラインドの間から覗き見したり、立ち話会議にちょっと顔出すくらいで、あんまり仕事してなかったような。
年功序列で、仕事ができてもできなくても会社にいるだけで昇級していった昔は、こんな使えない部長がいっぱいいたのかもしれません。