伝説の少女漫画家たちの熱がよみがえる『酒井美羽の少女まんが戦記』

『酒井美羽の少女まんが戦記』

『少女まんが戦記』は、漫画家・酒井美羽先生が1970年代、アシスタントとして経験した伝説の少女漫画家たちの制作現場を描いた作品です。漫画家好きが知りたい制作の現場の熱がひしひしと伝わってくる作品を通じて、アシスタントの仕事も含め、当時の漫画制作の現場を垣間見ることができます。

酒井先生は『¥十億少女』(講談社)などの少女漫画やレディースコミックを手掛けるベテラン漫画家のひとりです。

酒井先生ご自身は、デザイン学校を卒業後、当時開催されていた「少女まんが教室」をきっかけに山田ミネコ先生のもとでアシスタントの職を得ます。

当時の少女漫画家たちは仕事が忙しくなるとお互いのアシスタントを融通していたようで、酒井先生も山田先生のところにきたほかの漫画家からの要請に基づいて、いろいろな先生の制作現場に赴きます。自分がデビューするための投稿作品を描きながら、いろいろな先生のもとで学びそして、「漫画家になる」という夢の後押しを受けていきます。

ときは1970年代、少女漫画は黄金期を迎えていました。そのためとにかく出てくる漫画家が豪華。

例えば『エロイカより愛をこめて』の青池保子先生。酒井先生が山田先生から教えられたカラーページの着色方法を披露したところ、その手法を学ぼうとする青池先生の姿が描かれます。最前線で活躍する漫画家のこうした姿勢だけでなく、アシスタントも含めて生の漫画の感想を共有できる環境というのもお互いに刺激となったようです。

そしてときには美内すずえ先生のところのように、原稿が雑誌の印刷の締め切りに間に合うか間に合わないか瀬戸際に追い込まれる修羅場のような環境も。そんな修羅場を作品の質にこだわって作り出す美内先生の「まんが描くのって本当に 楽しい」というセリフには、「美内すずえ……! おそろしい子」というアシスタントらの心の声に思わずうなずいてしまいます。

いろいろな絵柄が現れるのも面白いところです。基本は酒井先生の体験記ということで、酒井先生の絵柄で物語が進みますが、アシスタントに行った先の漫画家の先生を紹介するシーンでは、それぞれの先生の絵柄に似せた絵が描かれます。アシスタント経験があるからなのか、完成したそれぞれの漫画家の作品を見ながら描いているからなのか、いずれにしても1作品の中にいろいろな少女漫画の絵柄が登場することで、同じ少女漫画といってもひとつとして同じものはないのだということを実感させられます。

食事をとらずに長時間勤務をするなどもちろん今の働き方の「常識」から考えると驚くような描写もあります。しかしそのような経験も含めて、経験した人が記さなければ忘れられていってしまう当時の制作現場の熱を、こうした形でのこしていただけるのは漫画好きには嬉しいことです。

酒井先生も作中で指摘しているように、若いころの経験を思い出して漫画にするということは、ときには己の若さゆえの傲慢さや失敗を思い出すこと。思い出しながら若い時の自分の間違いに気が付き、のたうちまわりたくなるようなときもあったと思います。それを乗り越えて、制作の現場を描いていただけたのは本当にありがたい。続きが楽しみな作品です。

 

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