人情刑事が凶悪事件を解決する 『おやこ刑事』

『おやこ刑事』

 人情と凶悪事件はちょっと結びつかないかもしれない。だが、人情刑事が凶悪犯を追い詰めるのはテレビのミステリードラマでは定番だ。マンガにだって、もちろん人情刑事マンガが存在する。
 そのひとつ、林律雄・原作、大島やすいち・マンガのコンビのヒット作『おやこ刑事』を紹介しよう。
 第1話「消えた死体」の登場は『週刊少年サンデー』1976年8月増刊号。読み切り作品としての掲載だった。続編は季刊の増刊号に第4話「純情スケバン」までが発表され、77年21号からは本誌での連載となり、81年12号まで続いた。単行本は少年サンデーコミックス全25巻にまとめられた。
 ほかに、2004年10月に『ビッグコミック』で前後2回にわけて発表された新エピソード編がある。

 主人公は警視庁下ノ町警察署捜査課に勤務する若手刑事・柴田文吾と、父親でベテラン刑事・勘太郎のふたり。文吾の母親・清美は彼を産むときに産院で亡くなっており、親子は下町のアパートでふたり暮らしをしている。幼い時から父の仕事ぶりを見てきた文吾は迷うことなく父と同じ仕事を目指したのだった。
 ふたりは見た目も性格もまるきり正反対の凸凹親子だ。長身でスラっとして行動力が武器の文吾に対して、勘太郎は小柄でむさくるしく粘り強さが武器。初心で女性アレルギーの文吾に対して勘太郎は女好き——今で言うならセクハラおやじである。
 柴田親子に加え、捜査課には勘太郎とは長いつきあいの川上登課長、文吾の教育係だったポパイこと瀬良満、音楽学校出身という異色の経歴を持つ子煩悩なガンさんこと岩田実、婦人警官なのに隣席の文吾の女性アレルギーがなぜか発症しない大西操といった面々が揃い、力を合わせて難事件に臨んでいく。

 作品は事件簿としてナンバリングされており、190を超えるエピソードからは、平和な暮らしを送る人々へのやさしい眼差しと、それを破壊する犯人への怒りとがひとつになって伝わってくる。事件の内容も、密室トリックあり、アリバイ崩しあり、動機探しあり、被害者探しあり、ホラータッチあり、ハードボイルドあり、と多岐にわたり、妖怪ざしきわらしが事件を解決するエピソードもある。もちろん文吾と操の恋のゆくえを追うものもあって、最終話でふたりはゴールインする。
 そして、なによりも多いのが人情ドラマを軸にした事件簿だ。
 単行本第2巻に収録されている「悲しみの再会」を紹介しよう。
 下ノ町署の勘太郎のもとにある日、小中学校で親友だった富山音次郎が面会にやってくる。音次郎が田舎で建築会社の社長として成功したと聞いて勘太郎は大喜び。終業後には音次郎を夜の街に連れ出し飲み歩いた。
 その翌日、事件が起きた。高利貸しの金高銭丸の絞殺死体が空き地で発見されたのだ。現場からは車がこすった痕跡が発見された。それは、音次郎が乗っているあずき色のベンツのものと一致した。
 金高の帳簿から、音次郎の会社が高額の借り入れをしていたことを掴んだ捜査課は、音次郎が宿泊する旅館周辺に向かった。旅館から逃げた音次郎の行方を追う勘太郎と文吾は、屋台で酒を飲む音次郎の姿を見つけた。逮捕しようと駆け出した文吾を制して、勘太郎は「頼む…一人でいかせてくれ。」と屋台に近づく。
 勘九郎が音次郎の横に腰掛けると、音次郎は、自首するために勘太郎がいる下ノ町署に足を運んだが、勘九郎の顔をみたら言えなくなった、とすべてを打ち明ける。
「この手に手錠をかけてくれ!!」と泣く音次郎の右手に手を置いた勘太郎は「がちゃり」と叫ぶのだった。
 読み返してみると、勘太郎がメインのものは人情ものが多い。

 殉職を扱った泣けるエピソードもある。主役は柴田親子ではなく、ポパイこと瀬良満刑事だ。第8巻に収録の「ポパイ絶唱」である。
 彼女いない歴31年のポパイにようやく恋人ができた。下ノ町小学校の先生・織辺オリエ、あだ名はオリーブである。非番の日にはかならず小学校まで彼女を迎えに行くポパイ。捜査課の面々も冷やかしながらもふたりの恋の行方を暖かく見守っていた。
 オリーブにプロポーズをする決心をしたポパイ。ふたりが公園で将来を語り合っていたちょうどそのとき、変質者がオリーブの教え子のひとり美子を拉致する事件が起きた。
 美子を救うために駆けつけたポパイだったが、美子を助けたのも束の間、犯人に背中から刺され、拳銃を奪われてしまった。そのまま公園のボート小屋に逃げ込んだ犯人。一方、刺されたポパイは重体で病院に担ぎ込まれた。
 捜査課の面々とオリーブはひたすらポパイの回復を祈る。その間に、文吾と勘太郎たちはボート小屋に突入するチャンスをうかがっていた。そんな文吾たちに、警察無線がポパイの死を告げた。
 文吾は勘太郎が止めるのも聞かず、犯人が立てこもったボート小屋に飛び込んでいく。目にいっぱい涙を浮かべ、それを雨でごまかしながら……。
 連載開始当初、ポパイは皮肉屋として描かれていて、あまりいい印象がなかった。作者も、そこが気になっていたのかもしれない。オリーブとの出会いを描いた「ポパイとオリーブ」、本エピソード、文吾の教育係だったポパイを描いた「ポパイ白書」の3編によって、彼は読者にとって忘れられないキャラクターになったのだった。
 これは作者の人情というものなのだ。

 

第8巻42〜43ページ

 

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