マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第26回は[デブ編]、松苗あけみ『純情クレイジーフルーツ』(1982年/続編85年~88年)の女子高生4人組のうちの一人・桃苗あけびをご紹介しよう。
『純情クレイジーフルーツ』は、あまりランクの高くない私立の女子高を舞台に、女子高生たちの日常をかしましくもパワフルに描いた学園コメディ。乙女チックな世界観とポップ&クールな画面を両立させた新鮮なスタイルと個性豊かなキャラクターは、同世代の少女読者はもちろん、男性読者の支持も得た。
3年間の高校生活を描いた青春群像劇の中心となるのは、仲良し4人組。ブリッコ美少女の桜田みよ子、一重の三白眼だけどプロポーション抜群のクールビューティ・吉原実子、長身スレンダーで男みたいだけど中身は乙女な沢渡杏子、そして小柄でぽっちゃり系のマンガ好き女子・桃苗あけびである。
真面目でお子様な桃苗は、4人の中では妹分のいじられ役だ。体育の着替えの際、アダルトな下着を見せ合う実子たちに、子供っぽいイチゴ模様のパンツ(しかもイチゴが横に広がってる)をからかわれたり、幸せそうにサンドイッチを食べる姿を「桃苗って何の悩みもなさそう」と言われたり。が、そう言われて「はーっ」とため息をつく桃苗。「ど どうしたの やっぱし悩みあるの!?」と聞かれていわく「やせたい………」って、サンドイッチ食べながら言われても。しかもそのサンドイッチは、自分のお弁当を食べたのに物足りず、みよ子に分けてもらったものなのだ。そりゃ、みよ子たちもズッコケるわけである。
しかし、そんな桃苗をみんなは「そ…そんな太ってないよ桃苗は!!」「そうよ! やせたらかえって女の子らしさがなくなっちゃうから!」と元気づける。その後も桃苗は何度かやせようとするが、そのたびに「桃苗は今のままのほうが絶対可愛いっ」「やせたら桃苗じゃなくなっちゃうって!」「お願い!! その愛らしさ、失わないでっ」などと止める3人【図26-1】。嗚呼、美しき友情……と言いたいところだが、本音は「やせられてたまるか桃苗に!!」なのであった。
こう書くと、ほかの3人が性格悪いようだがそうではない。いや、確かにそれなりにわがままだったり意地悪だったりするところはあるけれど、桃苗もやられっぱなしではないのでお互い様。時にケンカしながらも、そういう部分も含めて互いを大事な友達と思っていることがわかるエピソードには事欠かず、それもまた本作の見どころだ。調理実習のケーキ作りをめぐってひと悶着あったあとで、「太ろう一緒にっ!!」と言うみよ子、完成したケーキを実子の顔にぶつける桃苗、そのケーキがびっくりするほどおいしくてみんなで盛り上がるシーンなどは、見ているこっちも楽しくなる。
花の女子高生にとって彼氏ができるかどうかは重大案件。しかし、桃苗に言わせれば「あたし“男の子”ってあんまし好きじゃない 乱暴だし思いやりないし きれいなコしか女じゃないと思ってる」ということになる。なぜなら、小学校の頃に意地悪されたり(それが原因でストレス食いして太った)、今も通りすがりに「すげーでぶコロ!」と言われたりするからだ【図26-2】。
そんな経験が重なれば、体型にコンプレックスを抱くのも無理はない。ひょんなことから小学校で意地悪されてた男子と再会し、付き合うことになっても「あたしみたいなみっともない女の子といて楽しいのかな」「あたしが男だったら こーいうチビデブとは絶対歩きたくないね!」と思ってしまう。とはいえ、相手のイマイチ垢抜けない男子に対しても「あまりステキなひとだとつりあいがとれないもん まあまあほどほどがいいもんね ぜいたくは敵さ!」なんて思っているのだから、これまたお互い様である。
そして、初めて彼氏の家を訪ね、母親に会う日が来た。「男の子って自分の母親に似た女の子を好きになるっていうし もしかしてあたしに似たタイプだったりして」と勝手に母親像を思い浮かべ、「いつも聞かされてるのよ あなたのこと 本当になんて可愛いお嬢さん!」などと言われたりする初対面シーンを妄想する。ところが、颯爽と現れた彼ママはバリバリに着飾ったハリウッド女優ばりのゴージャス美女。しかも学校名を聞いて上から目線で失笑し、「すっげーかわいいコだろ」と無邪気な息子に対し「…そうね でももっと可愛い娘なのかと思ったわ」と氷の微笑で言い放つのだ。
あまりのショックにしっぽを巻いて逃げ出す桃苗。「なによその母親(おんな)!!」「ひどい! 桃苗のことそんなー」「ずいぶんじゃないの 誰に対しても害のない桃苗を!!」と憤慨する実子たちをよそに「でもあたしってこの通りだし――お母さんきっとすごく期待してたんだと思う どんなに可愛い娘(こ)つれてくるかって――」と相手の気持ちを慮る桃苗は本当にいい子である。
そこでめげずに一念発起した桃苗は「きれいになってみせる!!」と本気でダイエットに挑む。が、ちょっとやせたぐらいでは彼ママは認めてくれない。「私と真剣に勝負したいなら あと10キロやせてからにしてちょうだい!!」と無言の圧を受けた桃苗は必死の努力を続ける。そして、ついに見違えるほどのスタイルに【図26-3】。今まで何度もやせようとしてやせなかった桃苗が生まれ変わったのだから、恋の力は偉大である(ただし、彼ママに認められたら安心して、あっさりリバウンド)。
洗練されたポップな絵柄やセリフ回しもさることながら、生理やセックスの話が普通に出てくる本作は、当時としては最先端だった。「いろんな男とつきあうのはかまわんが恋愛よりも大切なことを学生時代は忘れるなよ 避妊だ」なんてセリフをダンディな男性教師が言う。BLや百合的なエピソードもあり、今の言葉で言えばジェンダーやルッキズムについて考えさせる部分もある。そうかと思えば、卒業間近になって「あたしたち何かやり残したことってないでしょうね」と言われて「あたし…ある」と答えた桃苗が繰り出したメタギャグには目が点になった。
作者自身も女子高出身。桃苗は作者の自画像にそっくりだし、名前からしても作者の分身的存在と考えていいだろう。全編を通して物語の軸となったのは実子だが、桃苗の存在感は、いろんな意味で大きかった。なお、35歳になった彼女らを描いた『純情クレイジーフルーツ 21世紀篇』もあり。そこでの桃苗は売れっ子少女小説家になっている。