9月の下旬から弥生美術館ではじまった「一条ゆかり展〜ドラマチック! ゴージャス! ハードボイルド!」。
この展示企画を知ったとき、体中の毛穴が一斉に開くほど興奮し、「展示開催前にマンバで何か書きたい!」と、マンバ通信編集長である伊藤のガビンに強い意思表示をしたにも関わらず……何も書かないまま時間ばかりが経過、気がつけば展示はとっくにスタートし開催期間もそろそろ折り返し地点を迎える(死)。
私の中で一番思い入れの強い一条ゆかり作品といえば『有閑倶楽部』だが、今改めてこの作品のことを思い返してみると、このマンガから学んだことがたくさんあった。きっと、多くの一条ゆかりファンの方々も夢中になって読んでいるうちにさまざまな知識が刷り込まれ、あるとき突然「あれ? これって有閑倶楽部にも出てきたゾ!」という経験があったに違いないと確信している。今日はそのあたりを書きつつ、作品の魅力を紹介できたらと思う。
少女マンガ雑誌で異色のオーラを放っていた『有閑倶楽部』
まず「有閑倶楽部ってなんじゃい!」という人もいると思うので、簡単に作品紹介を。
『有閑倶楽部』とは、1981年に集英社の少女マンガ雑誌「りぼん」にて連載開始した学園アクションコメディ作品だ。
舞台は、名士名家のご子息とご令嬢たちのみが通うことを許された超がつくほどの名門学校 “聖プレジデント学園”。その学園の生徒会に所属する男女6人がこの作品の主人公である(ちなみに「生徒会」とは名ばかりで、とくにそれらしい活動もしないため周囲の人たちからは「有閑倶楽部」と呼ばれている)。……この6人、そろいもそろってめちゃくちゃキャラの濃いメンツだが、それぞれ得意分野がうまく分散しているため、最高のチームワーク(と財力)で事件や問題を解決する……というのが主なストーリーのパターンだ。
私の「りぼん」歴は小学校低学年の時期にスタートしたが、当時「ときめきトゥナイト」「星の瞳のシルエット」といった正統派ラブコメや青春モノが大幅なページ数を占めるなか、『有閑倶楽部』だけは “他とは違う” 感を思いっきり漂わせていたのをおぼえている。
子どもながらに何を「違う」と感じたのか? それはページ内の圧倒的な密度だ。とにかくページをめくってもめくっても絵の密度が高い。特に背景スカスカのギャグマンガの次に『有閑倶楽部』がきてしまうと、その密度差は歴然。もちろんストーリーもかなり練り込まれた内容で、読者の心を物語の中に引き込む面白さなのだ。
それに、主人公がスーパー金持ちということもあり、やることなすことスケールがバカでかい! 一般的な少女マンガ雑誌で警視庁を爆破するシーンなんて、ふつうじゃ絶対見れない激しさである。
実は連載開始前、一条先生は王道 “学園ロマンスコメディ” を描く予定で『有閑倶楽部』の予告カットを描いたというエピソードがある。
しかし、掲載された新連載予告のページには “アクションコメディ”と勝手に書かれてしまい 、結局「書かれてしまったもんは仕方ない」と、設定をロマコメからアクションコメディ路線へと変更。
予定外の展開にもかかわらず、長期連載に発展するほどのクオリティに仕上げてくる先生の手腕、めちゃくちゃ尊敬してます!(らぶ!!!!)。
一条ゆかり先生が『有閑倶楽部』を通して私に教えてくれたこと
前述にもあるように『有閑倶楽部』は、お金持ち学生たちが財力と個性でトラブルを解決するハチャメチャアクションコメディだ。
当時、「りぼん」の読者層は小学生が大半だった気もするが(中学生になると別マなどに移行する流れがあった)、だからといって一条先生は、内容を小学生向けにわかりやすくするなんてことない。一切手加減なしの状態で、難しい用語や実在する高級店の名前をバンバン出してくる。それが『有閑倶楽部』の魅力をより一層引き立て、子どもの頃は「大人っぽいマンガを読んでる自分」にウットリしていた(アホなので)。また、難しい用語は後々の知識の糧ともなったし、実在する店や商品は憧れのものとしてずっと記憶の中に刻まれている。
きっと当時の読者も同じように思って読んでいたと思うので、少し振り返って紹介したいと思う。「それそれ!」と懐かしく思ってくれると嬉しいし、未読の方はぜひ『有閑倶楽部』を手に取ってほしい〜。(とっても面白いマンガだからお願い!お願い!)
その1 最高級のルビーの色「ピジョン・ブラッド」
記念すべき連載第1回、宝石商である可憐のママが誤ってソビエト大使夫人にイミテーションの宝石を売ってしまう。この「ピジョン・ブラッド」とは「鳩の血」を意味し、最高級のルビーの色であることを示す言葉だ(とても深みのある赤色らしい)。また、高価な宝石には、展示用のイミテーションが存在することもこの回で知った。一条先生、宝石のいろはを教えてくれてありがとうございます。
その2 ファンの憧れだった「マキシム・ド・パリのナポレオンパイ」
一瞬しか出てこない割には、読者の多くがおぼえている「マキシム・ド・パリのナポレオンパイ」。コミックの空きスペース(雑誌では広告の入ってた場所)では、このナポレオンパイについて一条先生が熱く語っており、長崎のカッペだった私にとって、めちゃくちゃ憧れのスイーツだった。後にナポレオンパイは苺のミルフィーユだったことを知ったが、有閑倶楽部は80年代から苺のミルフィーユ食べててナウいと思う(カッペの所感)。あいにく「マキシム・ド・パリ」は閉店してしまったが、去年、銀座のTHE GRAND GINZAであのナポレオンパイが復活したらしく、足を運んでみたいと思う(商品名は苺のミルフィーユで売られてるみたいです)。一条先生、おいしいスイーツ教えてくれてありがとうございます。
その3 貴族御用達だったイギリスの家具職人「ヘップルホワイト」「チッペンデール」
有閑倶楽部の北欧回。美童のおばあちゃん家で登場し、価値のわからない悠理に対して清四郎が「世界中のマニアが人殺ししてもほしがる国宝級」と激怒した家具。それが、家具職人チッペンデールによる最後の遺作3点セットだった(しかもスウェーデン王にもらった王家の家紋入り)。さすが家具を愛する北欧人、おばあちゃんの家にはヘップルホワイトの椅子など高価な椅子がごろごろしていた。古い家具に価値があるなんて知りもしなかったが、古いものは「アンティーク」と呼ばれ、コレクターもいるということをこの作品で学ぶことができた。一条先生、アンティーク家具に価値があることを教えてくれてありがとうございます。
その4 超自然学者のエーリッヒ・フォン・デンゲン考案の幽霊の声を録音する方法
有閑倶楽部といえば、定期的に「オカルト回」があるのも楽しみのひとつ。超霊感体質の悠理が取り憑かれたり、“見えちゃった” ことが発端となり、たびたび大きなトラブルへと発展する。しかも、一条先生の描く幽霊はめちゃくちゃ凄みのある怖さで、一度見ると忘れられないほどだった。「あなたの知らない世界」や宜保愛子全盛期に子ども時代を過ごした私は、オカルト大好き! オカルト大好物! なので、この作品のほかに「あさりちゃん」などの「定期オカルト回」をチェックしまくっていた。
……前置きが長くなってしまったが、何かを伝えるために現れた老女の霊と話をするために、清四郎がとった方法がこの「超自然学者のエーリッヒ・フォン・デンゲン考案の録音方法」だった。やり方はマンガに描いてある通りだが、これを試した読者も少なからずいたと思う。一条先生、定期オカルト回ありがとうございます。
このほかにも「吉兆のお弁当」とか悠理のママ愛用の「クィーン・マリーにアヴィ・ランドのティー・セット」「東山魁夷」などなど「一条ゆかり先生に教えてもらったこと」はたくさんあり、この話題だったら徹夜でお酒が飲めるくらいなのだが、これくらいにしておく。
とにかく言いたいのは、「ストーリーが面白いうえにいろんな知識を授けてくれる一条ゆかり先生の『有閑倶楽部』はまじで最高! 絶対読んでくれ〜!」なのだ。きっとインターネットもなかったあの時代……自力で資料をかき集め、調べ倒して描いていた先生とアシスタントさんちの苦労を考えると、この作品全てがめちゃくちゃ尊く感じる。
ついでに言うと、今、弥生美術館で開催中の「一条ゆかり展〜ドラマチック! ゴージャス! ハードボイルド!」にも行って、その生原稿の神々しさを体験してほしい〜。
オマケ話
『有閑倶楽部』をより楽しむためにひとつ。有閑倶楽部を読んでいると、ところどころに「あれ?これって……○○先生が描いてる?」というコマがある。
例えば
『純情クレイジーフルーツ』などでお馴染みの松苗あけみ先生
『パーティーがはじまる』の小椋冬美先生
などなど、豪華作家のオンパレ感がハンパないので、ぜひじーっくりと読み込んでほしい。
それと、マンバには有閑倶楽部のコーナーもあるので、「私はこんなことを教わった!」というエピソードがあれば、描き込んで欲しい! この思い、ファンのみんなと分かちあいたい。
以上、ドッグナマコが失礼しました。