マンガの中のメガネとデブ【第23回】高橋景保(よしながふみ『大奥』)

『大奥』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第23回は[メガネ編]、歴史大河SFの傑作『大奥』(よしながふみ2004年~21年)より、高橋景保(かげやす)にご登場願おう。

 キャラの話をする前に、まず『大奥』という作品について説明しておかねばなるまい。江戸時代初期、「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」と呼ばれる若い男子のみが感染する致死率の高い疫病の流行によって、男子の人口が激減した。その結果、男女の社会的役割が逆転。労働力として社会を維持するのも家督を継ぐのも女となり、希少な若い男は種付け役として珍重されることになる。

 武家社会も同様で、赤面疱瘡で急死した三代将軍・家光の名をそのまま継いだ女将軍の誕生以降、女が将軍の地位を継いでいく。となれば当然、大奥に集められるのも女ではなく男となる。それぞれの野望や事情を抱えて大奥に入った男たちと歴代の女将軍たちの愛憎、権力の座をめぐる権謀術数、大都市・江戸の文化と治世、科学技術の発展と疫病との闘い、開国を迫る欧米列強との駆け引き……。さまざまな要素を盛り込みながら史実とフィクションを絶妙に絡め合わせ、長きにわたる徳川幕府の歴史を描き切った物語は圧巻というしかない。

 そのなかで、今回ご紹介する高橋景保が登場するのは十一代将軍・徳川家斉の時代。長らく将軍の座には女が就くのが常識であったが、家斉は150年ぶりに誕生した男子の将軍であった。背景には家斉の母・治済(はるさだ)の謀略と、平賀源内や蘭方医・青沼らによる赤面疱瘡ワクチンの研究成果があるのだが、そのへんの詳細はここでは省く。

 高橋景保は、幕府の天文方(主に暦作成のため設置された天体運行研究機関)を務める学者。女が社会の中枢を担う作中世界では、学者は「男ができる数少ない仕事のひとつ」とされているが、景保は女である。女将軍が男名前を名乗るのと同様に、商家でも学者でも家督を継ぐ女は男名前を名乗るのが当時の習慣であった(作中ではその理由も説明されている)。そして、この景保が、なんとメガネをかけているのだ。これはおそらく日本最古のメガネ女子ではないか【図23-1】。

 

【図23-1】天文方に仕官した黒木良順を歓迎する高橋景保。よしながふみ『大奥』(白泉社)12巻p58-59より

 

 というか、高橋景保は歴史上の人物として実在し、本来は男性である。男女逆転社会において「男ができる数少ない仕事のひとつ」が学者なのだから、男性のままでもよかったはずだ。実際、前出の蘭方医・青沼や蘭学者・杉田玄白は男として描かれている。そこであえて景保を女性にし、しかもメガネをかけさせたのは、やはり理系女子のイメージなのだろう。

「正確な天体観測には最新の西洋の天文学の知識が必要ですわ!」「天文暦学に必要な算術の才はあくまでも個人の才能です! なのに天文方の仕事を世襲にしてしまった所が良くなかったのよ!」と熱く語り、フランスの天文学者の著作『ラランデ天文書』を入手して「この本は最新の天文定数に基づいてすぐに使える便利な公式や図表がたくさん載っているのです!」と狂喜乱舞する姿は、まさに元祖リケジョというか、ちょっとオタクっぽくもある【図23-2】。

 

【図23-2】天文学について饒舌に語る様子はちょっとオタクっぽい。よしながふみ『大奥』(白泉社)12巻p84-85より

 

 一方、天文方に新設された翻訳局の翻訳官筆頭に任ぜられた黒木良順(以前は大奥で青沼の助手として赤面疱瘡予防の研究をしていた)の妻・るいは、良順と景保が親しげに話すのが、ちょっと面白くない。そこで嫉妬交じりに放ったセリフが「天真らんまんな方ですよねえ 眼鏡さえなけりゃ可愛いし」。少女マンガのお約束たる「メガネを外すと美人」ネタが、まさか江戸時代が舞台の作品に出てこようとは!

 さらに、景保の息子の遼太も算術が得意な理系メガネ男子として登場。この時代に子供用のメガネなんてあったのだろうか――とも思うが、そういえば幕末を舞台にした『浮浪雲』(ジョージ秋山1973年~2017年)の主人公の息子・新之助もメガネをかけていた。新之助も真面目で聡明なキャラクターだ。近眼が現代より少なかったであろう時代の子供のメガネは、そういうキャラ付けをより明確に印象づける。

 実は本作では、五代将軍・綱吉の時代に秋本というメガネキャラが先に登場している。こちらは大奥の御台様付き御中臈(おちゅうろう)なので男子である。「もともとここ(大奥)へはこの眼鏡を買う金が欲しくて入ったようなものでして」と語っているくらいだから、当時のメガネは相当に高嶺の花だったのだろう。それが景保の時代になると子供までメガネをかけているわけで、その間にずいぶん手に取りやすい値段に下がったものと思われる。女性が労働の担い手となったことと農機具の発達による省力化を関連付けて描いた作者であるから、このメガネ描写にもそれなりの意図が込められているはずだ。

 ちなみに、最初に日本にメガネを持ち込んだのは16世紀に来日した宣教師フランシスコ・ザビエルだとか。また、静岡県・久能山東照宮には徳川家康が使ったというメガネが残されている。ただし、家康のメガネは老眼鏡で、当時はまだ近眼用のメガネはなかったらしい。形状は手に持つタイプで、ヒモやツルで耳に掛けるタイプが登場するのは後年になってから。綱吉の時代になると江戸の町にもメガネ屋があったというから、秋本がメガネをかけているのは時代考証的にもありえるのだ。

 高橋景保は、黒木良順らによる赤面疱瘡ワクチン接種を手伝い、のちには日本地図の製作に打ち込む。「もっと手っとりばやくヨオロッパの最新の地図で樺太周辺の事を確かめられたなら ああ何と引きかえにしてもいい 樺太周辺の正確な地図が欲しい…!!」とメガネの奥の目を光らせる表情は学者魂を感じさせるが、危うくもある【図23-3】。

 

【図23-3】周りが見えなくなるほど日本地図製作に情熱を燃やす景保。よしながふみ『大奥』(白泉社)12巻p58-59より

 

 その後、樺太周辺の地図と引きかえに、国外持ち出しが禁じられていた日本地図をオランダ商館付きの医師シーボルトに渡したとして投獄され、45歳で獄死したのは史実そのまま。世にいう「シーボルト事件」である。

 なかなか複雑な設定の作品なので、未読の方には伝わりづらいかもしれないが、読めば間違いなく面白い。第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第56回小学館漫画賞少女向け部門、第42回日本SF大賞などを受賞。ジェンダーに関する理解に貢献した作品に与えられるジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞も受賞している。

 

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