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忍者といえば赤い仮面は謎の人でした。程よい長さの本格忍者漫画は一気に読める面白さ。横山光輝『仮面の忍者 赤影』

忍者といえば赤い仮面は謎の人でした。程よい長さの本格忍者漫画は一気に読める面白さ。横山光輝『仮面の忍者 赤影』

テレビドラマ『仮面の忍者 赤影』の放映は昭和42年から1年間です。

昭和40年代初頭。子供の娯楽はテレビが一番、と言っていい時代でした。

私は6歳。小学校へ入学したばかりでしたが『仮面の忍者 赤影』、熱中しましたよ。

といっても当時の記憶はオープニングの主題歌を今も歌える程度で、番組内容は断片的にしか覚えてません。

熱中したのに? と思われても仕方ありませんが、再放送で脳内の記憶が上書きされることが多い当時のテレビ番組の中で初回放送以降見てないのですよ。

懐かし番組の特集などで見たくらいです。

そのテレビドラマ版『仮面の忍者 赤影』の話は後にして、まずは漫画の方を紹介しましょう。

 

雑誌での連載は『週刊少年サンデー』。昭和41年から1年間。

今回調べて初めて知りましたが、テレビ側から原作を依頼されて横山さんが作り出した設定だったんですね。

ずっとテレビ番組のコミカライズだと思ってました。

『仮面の忍者 赤影』、ちょっと謎めいて字面も語感も文句なしのタイトルだと思います。

今私の手元にあるのは秋田書店サンデーコミックス全3巻です。

全体の構成は3部に分かれてます。

区分けしてあるわけではありませんが、第一部「金目教編」第2部「うつぼ忍群編」第3部「うつぼ忍群の逆襲編」と言っていいでしょう。

豊臣秀吉(第一部ではまだ木下藤吉郎の名前です)お抱えの飛騨忍者「赤影」と「青影」が、使命を受け敵を倒していく。

第一部では金目教という邪教を使い農民たちをかどわかして一揆を起こさせ、信長打倒を企む六角義治とその配下の「霞谷七人衆」が相手です。

第二部は出世して羽柴筑前守秀吉と名乗る様になった木下藤吉郎の軍勢と配下の飛騨忍者を討つべく雇われた「うつぼ忍群」との戦い。

第三部は破れた「うつぼ忍群」の残党たちが飛騨忍群を殲滅せんと逆襲する展開。

木下藤吉郎が赤影と青影と初めて対面した際に「みたところまだ子どものようじゃが」と言う様に、少年忍者の設定です。

『仮面の忍者 赤影』(横山光輝/秋田書店)1巻より

絵柄も当然そうなのですが熱中して読んでいると、赤影も青影も子供なのを忘れてしまいます。

少年忍者なのを作中であまり強調してないのも理由でしょうが、なんせしぶといし、冷静だし、とにかく強いんですよ。

敵の「霞谷七人衆」も「うつぼ忍群」も猛者ぞろいです。

当然苦戦もしますが、状況対応の的確さや機転の利かせ方が凄すぎます。

忍者同士の戦いです。破れれば死が掟。

子供向けの漫画でもそこは当然踏まえてありますからなかなかに緊張感が途絶えません。

出てくる忍法も、何かしらで知っている術が多いのが読みやすさを加速させてます。

畳返し、変わり身の術、火遁の術、等々。

『仮面の忍者 赤影』(横山光輝/秋田書店)1巻より

ここは結構大事ですね。

奇想天外で読者の予想を超える忍術も面白いのは間違いありません。

でも術を知っているからこそ戦いの展開を素直に受け入れられて、読み進めることが出来るのもまた違った意味での面白さです。

この『仮面の忍者 赤影』に関してどこまで横山さんが意図していたのかは不明ですが、使命を受けて動くという忍者の物語に上手く作用しているのではないでしょうか。

テレビ番組の方に比べてこの漫画版の『仮面の忍者 赤影』はこれまでそう大きく取り上げられたことは無い様に記憶してます。

テレビの方は強烈な印象ですからね。

でもド派手なテレビ番組とは違う、漫画ならではの面白い作品です。

未読でしたらお読みになるのをお勧めします。

 

さてテレビ版の方は赤影が凛々しい青年忍者です。

青影は子供忍者。鼻に手を添えて「だいじょうぶ」と言う決めのセリフの真似は、私と同年代の方なら子供の頃に絶対やってると信じたいところです。

そして漫画版で第2部に少し登場する白影。年配の忍者として赤影を支える存在です。

テレビはこのトリオが主人公です。

漫画版が原作として先行しているにもかかわらずこのような配役になったのは少々大人の事情があるみたいですが、こちらも結果的に上手くいったのではないでしょうか。

あまり当時の記憶が無いと最初に書きましたが、一つだけ鮮明に覚えていることがあります。

それは劇場版でのワンシーンです。

「東映まんがまつり」の中で飛び出す映像として鳴り物入りで上映された劇場版。

全編が飛び出す訳ではなく途中で立体パートになると3Dメガネをかけて楽しむという趣向。

その立体パートに入る直前、スクリーン内の白影さんが突然観客の子供たちに「ここからはメガネをかけてみてくれよな!」と話しかける場面。

ここ私びっくりしましたよ。だってずっと劇中の白影として見てた人が急にこちら側に入ってきた訳です。

赤と青のセロハンが貼られたメガネをかけないと3Dにならないから、観ている子供たちがかけ忘れないようにとの配慮なのでしょう。

「えぇっ?」という驚きと共にその後の3D画像や映画全体の記憶も無くしました。

本当にここだけはっきりと、驚きと共に憶えてます。

なんかもったいないですね。せっかく映画史的にも重要な昭和40年代の3D作品を観たというのに。

これは嘆いてもしょうがないです。観たという事実だけでも良しとします。

ついでにお話しますと最初の『ガメラ』も親に連れられて観てますが、怖くて泣き叫んで途中退場したのも憶えてます。

4歳ですからね。『ウルトラマン』放映前ですし怪獣が怖かったんでしょう。

これももったいないのですが、この歳になってもこの4歳の記憶があるだけで良しとしましょう。

テレビ特撮黎明期の傑作として名高い『仮面の忍者赤影』。

動画サイトで気軽に映像を観ることが出来るいい時代になりました。

ほんと長生きはするものですが、負けず劣らず原作漫画も面白いですよ。

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