切なくて悲しき初期設定はアトムによるアトムのための自己犠牲。小学館ゴールデンコミックス版『アトム今昔物語』

『アトム今昔物語』

私の漫画作品としてのアトムは小学館発行のゴールデンコミックスが初読みです。

小学生になって貸本屋さんで借りたゴールデンコミックス版が原点として今も刻まれてます。

それ以前に出版されたアトムの漫画は子供の頃見た記憶がありません。

大人になって古書漫画の世界に浸ってから、掲載誌『少年』の出版社でもある光文社のハードカバーやカッパコミックスを知りました。

私は昭和36年生まれです。物心ついた時からアトムは当たり前のように身の回りにあふれてました。

アニメの初回放送は幼少期の為見ていた記憶はありませんが、おもちゃ、ガムのおまけシールなどなど。

でも先述の光文社の本はすでに貸本屋さんから姿を消しておりました。

当時の貸本屋さんの主力は昭和40年代前半刊行の手塚治虫全集の名を冠したゴールデンコミックス。

アトムだけでなく『リボンの騎士』や『ジャングル大帝』、『白いパイロット』など名作揃いです。

 

その漫画アトムの原体験で最も心に残ったのは『アトム今昔物語』。

ざっくり言えばアトムが昭和44年にタイムスリップしてしまう話。

ゴールデンコミックスでは第9.10.15巻です。発行年度は昭和44年。

はっきりと覚えてませんが貸本屋さんで借りる際、1巻から順に読んでいった筈です。

鉄腕アトム』は21世紀の未来での話。

そのつもりで巻を読み進めていたら突然舞台が昭和になる話の登場。

ちょっとした驚きを感じた記憶はうっすらとあります。

そしてこの『鉄腕アトム』としては異色の物語。

子供ながらに面白く読み、心惹かれました。

タイムスリップという外れ無しの題材も大きな要因だったと思います。

それ故でしょうか。この『アトム今昔物語』は機会があればずっと再読したいと願っておりました。

願いが叶ったのは20代後半です。

古い漫画を集めだしてすぐに当時住んでいた場所から2駅先にある古本屋さんで、このゴールデンコミックス版アトム全20巻を見つけ即買いしました。

実はこの古本屋さんが、後の私の人生を大きく動かす事になるのですがその話はまた別の機会に。

今はもうこのお店もありません。ちょっと遠い目になってしまいます。

この時に『アトム今昔物語』を再読しますが、大人になった自分がどう感じたのかは残念ながら記憶にありません。

その後時間をかけてゴールデンコミックス版手塚治虫全集をコンプリートしますが、いつしか蔵書整理で手放す事に。

サンコミックス版や講談社手塚治虫漫画全集の『鉄腕アトム』は過去に所持したことはありません。

やっぱり私にとってアトムは手放しておいて言うのもなんですが、ゴールデンコミックス版なのですよ。

そして現在までゴールデンコミックス版以外で『アトム今昔物語』を読んでおりませんでした。

あれからン十年。マンバ通信で記事を書けとのお達しでしょうか。

講談社版手塚治虫全集の『アトム今昔物語』全3巻を先日入手。こちらの発行年度は昭和57年。

さっそく読むのもありだけど、手塚さんが後で改稿するのは有名な話です。

どうせならゴールデンコミックス版を先に読んでその後比較しながら講談社全集版を読もうと思い、少し苦労しましたが何とか9.10.15巻の3冊を入手出来ました。

 

まずゴールデンコミックス版を読了。うんうん、やっぱりいいよね、名作だよほんと。

では講談社全集版を読みますか。何か変わってるかな。時代に沿ったセリフとかは変わってるだろうけどね。

そして衝撃を受けます。

子供の頃も大人になって読み返した時も一番心に残った場面が大幅に変わってるではありませんか。

その場面とは。

講談社全集版では『アトム今昔物語』第2巻第11章「天馬博士」です。

昭和44年にタイムスリップしたアトムですが、月日は流れ1993年にエネルギーが切れそのまま山奥で朽ち果てます。

そしてアトム誕生の年。

タイムスリップの原因にもなったイナゴに似た宇宙人スカラさんが、二つのアトムの同時存在を危惧して朽ち果てたアトムを破壊します。

 
講談社全集版

「新しいアトムよ!生まれなさい、さあ今!」のスカラさんのセリフが刺さります。

そしてアトム生誕。

 

一方、ゴールデンコミックス版では第10巻。

ゴールデンコミックス版

1993年、エネルギーが切れる前にアトムはスカラさんと再会。スカラさんはエネルギーが切れて眠りについたアトムを保管します。

その後、アトムが作られているのを知ったスカラさんはどうにかしてエネルギーを調達。

アトムに注入し再生。

アトムに現状を説明します。

状況を理解したアトムは自分が消えることを決意し、新しいアトムの製作現場で高電圧の中に飛び込みます。呼応するように新しいアトムが覚醒する。

スカラさんとの別れの場面でもあります。

「ぼくのかわりに新しいぼくがしあわせになるんだ!」といって高電圧に飛び込んでいくアトムに目頭が熱くなります。

私の驚き、わかって頂けますでしょうか。

ずっと心に留めていた、アトムが同一存在を解決するために自ら進んで新しく生まれる自分の為に消滅の方法を選ぶという名場面だったのですよ。

ではいつからこう改稿されたのか。

読了後、神保町へ行って昭和50年初版のサンコミックス版を買ってきました。

こちらは6.7.8巻

内容は講談社全集版と同じです。アトムは朽ち果てたまま破壊される展開。

という事はですよ。

昭和44年から昭和50年の6年間の間に他の『アトム今昔物語』が出版されてなければ、

このアトムによる自己犠牲は連載時のサンケイ新聞かゴールデンコミックス版でしか読めないのではないか。

調べたところ、この6年の間に『アトム今昔物語』は出版されて無いようです。

しかし凄いですね。2004年にサンケイ新聞連載のオリジナル版が復刻されてます。

こちらは漫画のページ数が646ページにもなる分厚い本で、ゴールデンコミックス版にも収録されていないエピソードも収録された貴重な資料です。

ここから再編してゴールデンコミックスが出版されたのですね。

でもこの復刻版、2004年の発行ですがもう書店で入手出来る可能性は低くなってます。

ネットでも売られている数は少ないですね。

私も今回入手には少しばかり手こずりました。

手塚さんが亡くなられた後出版された1993年発行のハードカバー豪華愛蔵版も、2002年発行の講談社漫画文庫も講談社全集やサンコミックスと同じです。

この改稿の理由は調べましたが結局わかりませんでした。

ただサンコミックス版が出版される2年前に『ブラック・ジャック』の連載が始まってます。

生死が重要な要素である医療漫画の『ブラック・ジャック』連載中に『アトム今昔物語』が再収録される。

自分の為とはいえ自らの消滅を選ぶアトムを描き替えたのは必然だったのかもしれません。

とはいえ全ては手塚さんのみぞ知る。どちらの展開も『アトム今昔物語』です。

自ら進んで自己の消滅を選ぶアトム。

エネルギー切れを自覚して山奥で眠りにつき変わり果てた姿となってしまうアトム。

2種類の物悲しい展開ですがそこから新しい21世紀のアトム誕生に繋がって行きます。

謎は謎のままでいいと思いますがどうでしょうか。

その他に改稿はどれくらいあるのか。

ゴールデンコミックスと講談社全集版を同時に読み進め、明らかに違う箇所にメモ用紙を挟んでいったら凄いことになりました。

 

細かいところはスルーしても尚、大量のメモ用紙が挟まったのを見て改めて手塚さんの作品に対する姿勢と奥の深さを感じる結果です。

 

その1

内容の改稿より真っ先に気が付いたのはゴールデンコミックスには細かくトーンが使用されていることです。

手元にあるコミックスは発行順に

・ゴールデンコミックス

・サンコミックス

・講談社全集

・愛蔵版ハードカバー

・講談社漫画文庫

ですが、トーンの使用はゴールデンコミックスのみ。

ゴールデンコミックス版
サンケイ復刻版(KADOKAWA刊)

元々のサンケイ新聞連載時も復刻版を見る限りありません。

アナログ時代のスクリーントーンは切り貼りしていた筈ですが、とてもそうは思えないくらい実に細かく使用されてます。

そして何故後年の収録ではすべてのページできれいさっぱり無くなっているのか。

推察しますがそもそもこのグレーの効果がスクリーントーンを使った物ではないのでは、と思います。

ゴールデンコミックス版の手塚治虫全集に関して、昔何かのコラムで読みました。

昭和40年代前半、漫画本として定着した新書サイズで初めての手塚治虫全集を刊行する。

小学館も気合を入れて出版したそうですが見込み通りの売れ行きにならず途中で頓挫した経緯があるとの事。

このゴールデンコミックス版にのみにあるグレーのトーンは当初の気合の表れではないでしょうか。

技術的なことはわかりませんが、本として印刷する際に加工されたとしか思えないほど多用されてます。

アトム今昔物語』は新聞連載から直で本になってます。

当時、雑誌の連載からは既刊となっている物が多いアトムですが他のゴールデンコミックス版アトムの巻はどうなんでしょう。

いずれ入手して検証したいところです。

 

その2

サンコミックスと1993年発行の愛蔵版。

そして2002年発行の漫画文庫には冒頭、3ページのマンガ形式で手塚さん自身がサンケイ新聞連載とは始まりの設定が違うことを説明されてます。

この3ページの収録も不思議ですね。

新聞の連載終了からあまり間を空けずに書籍化されたゴールデンコミックス版にはありません。

6年の間をあけて刊行されたサンコミックス版にあるという事は、おそらくここで新たに手塚さんが描き下ろしたのではと考えるのが妥当ですね。

ところが、漫画も手塚さんも確固たる地位を確立した昭和50年代に満を持して発売された講談社全集版には無し。

亡くなられた後に出版された2種類にはある。

真実は謎のまま、理由をあれこれ考えるのがまた面白いと思います。

 

その3

昭和44年にタイムスリップしたアトムがゴールデンコミックスでは「ぼくは2013年にうまれたの」といってます。

ゴールデンコミックス版

サンケイ新聞復刻版でも同じです。

サンケイ新聞復刻版

現在アトムは2003年の生まれと設定されてます。

講談社全集版

サンコミ、講談社全集、愛蔵版、文庫。

手元にある後年出版の物は全て「ぼくは2003年にうまれたの」と言ってます。

このアトム出世年のセリフの違いは何故かわかりませんでした。

そもそも2003年に生まれた設定もどこで初出されたのか(※編集部注…朝日ソノラマサンコミックス版行以降にアトムの生年月日は2003年4月7日に統一されたというのが通説となっています。アニメ版においても生年は2001年、2030年などズレがあります)。

記事を書くにあたって手元にある4種類の『アトム今昔物語』を読み込みましたが、誕生年の特定には至りませんでした。

読み込み方が足りないのかもしれません。順を追ってタイムスリップからの年表を作成すれば或いは特定できたかもと思います。

今回は時間と根気不足です。すいません。

ちなみにサンケイ新聞版では昭和42年にタイムスリップしてます。これは昭和44年に本として出版する際に変更したのでしょうね。

吹き出しのセリフだけでなくコマ内の「1967」も手書きでちゃんと「1969」に描き替えられてます。

サンケイ新聞復刻版

 

その4

ゴールデンコミックスと講談社全集を読み比べてスカラさんとアトムの場面があちこちで削られている、もしくは変更されているのに気付きました。

 

そこで作品の総ページ数を数えてみると(先述の追加された3ページは除きます)

ゴールデンコミックスー561ページ

講談社全集ー533ページ

です。

なんと28ページも減っているのですよ。

サンコミックスは全集と同じ533ページ。愛蔵版と漫画文庫は531ページ。

もっとも愛蔵版と文庫版は作品冒頭の見開き、集中線のみで描かれた爆発シーンの2ページがカットされただけで全集やサンコミと同じです。

愛蔵版と文庫版ではカットされた冒頭の爆発シーンの見開き。ゴールデンコミックス版より

これもびっくりです。

もちろん理由は不明です。サンコミックスに収録する際にページ数の問題があったのかもしれません。

あるいはスカラさんとアトムの場面に納得いかない部分が多かったのか。

これもまた手塚さんのみぞ知る、でいいのではないでしょうか。

 

その5

ゴールデンコミックス版にのみ、物語の最後にアトムによる説明が1ページあります。

 

次のページからはアトムのデビューでもある「アトム大使」が収録されてます。

1993年の愛蔵版はハードカバー全2巻ですが、こちらの版のみ2巻共冒頭7ページがカラー化されてます。

愛蔵版
サンコミ版

これも理由は不明です。

元々この合わせて14ページがカラー原稿だった可能性もゼロではありませんがゴールデンコミックスやサンコミックスの印刷具合から見て考えにくいですね。

豪華愛蔵版と名売って発売する特色として技術を駆使してカラー化したのではと推察します。

何にせよカラーページがあるというのはとても嬉しいですね。

 

まだまだ多くの変更点がありますがこれくらいにしましょう。

ゴールデンコミックス版の3冊は漫画専門の古書店で売られているとは思いますが、9.10.15巻を『アトム今昔物語』として3冊セットで売っている可能性は低いと思います。

紹介した幻の展開とゴールデンコミックス版にしかないグレーのトーン。

読む為には全巻セットかバラで3冊買うしかありません。ネット上で探すのが一番手っ取り早いかもしれませんね。

それでもこの『アトム今昔物語』を未読の方、どの版でも是非読まれることをお勧めします。

突然飛ばされた勝手がわからない過去への困惑。

自分以外にロボットがいない時代から人型ロボットの誕生。

そして物語の根幹をなすと言ってもいいロボット受難の世界。

残り少ないエネルギーで制限される活動。

人間の身勝手に翻弄されながらアトムは波乱万丈の過去と未来を歩みます。

それでも逞しく前を向いて進んでいくアトムに元気をもらってください。

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