宇宙に浮かぶ大衆割烹酒場で人生を味わう『モトカノ☆食堂』

宇宙に浮かぶ大衆割烹酒場で人生を味わう『モトカノ☆食堂』

 タイトルだけを見ると人情マンガではなく、「元カノ」つまり昔の恋人が経営する食堂を舞台にした恋愛マンガと勘違いされそうだ。実は、筆者もてっきりそうだと思っていた。ところが、実際のところはマンガの主人公の名前が「もとか」——つまり「もとかの食堂」なのだ。
「もとかの食堂」は、木造和風の店構え。二階の屋根の上には昔懐かしい物干し台まである。昭和30年代まで、東京や大阪の下町にこんな大衆割烹酒場がいくつもあった。
 店内はカウンター席だけ。演歌にでも出てきそうな雰囲気だ。ただし、メニューは豊富。アイルランド料理のキッパーヘリングなんてものまで出てくる。お酒の品揃えにも驚く。カウンターの後ろの戸棚には、日本酒や焼酎、ウイスキー、ワイン、スピリッツなどなど、種類を問わず世界の銘酒が揃っているのだ。
 店があるのは昭和の下町路地裏、じゃあなくて、24世紀の木星軌道上の小惑星。小惑星なのに大気があって、水もある……らしい。庭には大きな桜の木まで植わっている。実は、食材も地球産ではなく、ほとんどが宇宙産。
 この時代の地球人類は、すでに太陽系外にまで進出して、豪華宇宙船による観光旅行も可能になっている。地球から太陽系外に旅立つ者にとっても、地球に還ってきた者にとっても木星は宇宙の波打ち際。星をめぐる旅人たちは、今日も「もとかの食堂」に立ち寄り、料理と酒に心の傷を癒していく。
 第1巻のあとがきマンガに大井はこんなことを描いている。女性担当者が考えてきた企画が安倍夜郎の「深夜食堂」に似ていたので、得意のSFにした、と。なるほど。
 食堂を切り盛りするのは、巨乳の女将・もとか。割烹着の似合う和風美人だ。そして、彼女をサポートするのがデリラ。恋人を追って豪華船に密航したデリラは、警備員に見つかってもとかの店に逃げ込んだのだ。船で再会した恋人は記憶を失い、小惑星帯を仕切る大会社の社長令嬢と結婚していた。傷心のデリラをもとかは優しく迎え入れた。

 作品は、オムニバス短編形式になっていて、さまざまなSF作品のパロディが登場するのが特徴。
 もくじやナレーションは古びた巻紙状のものに書かれていて、これはどう見ても松本零士のパロディ。飛来する宇宙船は、アルカディア号型、エンタープライズ号型、ウルトラホーク型、などなどバラエティにとんでいる。宇宙警察のパトロールカーは、中高年には忘れられない久松文雄の『未来からきた少年 スーパージェッター』に登場する流星号によく似ている。
 そして、ひとつひとつのドラマに人情スパイスが効いていて、泣かせるのだ。
 店の常連に、肉や魚を食べようとしない老人がいた。いつも合成食だけを注文するのだ。ある晩、お客が帰ったあと、もとかはデリラを伴ってとある小惑星に向かう。そこは星全体が大航海時代初めに滅んだ次元竜の肉でできていた。おとなしい次元竜は、人間がその血や骨を利用するために乱獲し、絶滅したのだ。
 50年前、巨大な次元竜が地球に迫ってきた。竜は恋人を殺され怒りに燃えていた。恐れた第一宇宙艦隊は竜を迎撃した。それが最後の生き残りとも知らずに。
 翌日、もとかはあの老人に次元竜のすき焼きを用意していた。老人はかつて最後の次元竜を討った第一宇宙艦隊の司令官だった。贖罪のため50年間自然の恵みを断った老人に、もとかは「もういいのよ」と言うのだった。
 切ないお話が多いが、風刺の効いたお話もある。ガニメデ大海老のエピソードでは、甲殻類型の知的な宇宙生命とのコンタクトに成功した女性学者が、エビを食べるのは残酷だというメッセージを発して、大混乱が起きる。欧米による行き過ぎたクジラ保護運動を彷彿とさせる骨太なお話だ。最後はちゃんと泣かせてくれるのだけど。

 それにしても、もとかは謎の多い女性だ。推定30代前半だが、50年来の常連がいるのだから、それ以上でないとおかしい。いや、もとかは1945年5月のドイツにも現れるのだ。
 ナチスドイツ崩壊直後、軍の残党がひとりの科学者を追っている。雨の中を逃げる科学者がアルプスの森の中に発見したのは「Der Essen Raum MOTOKANO」の看板。科学者のために彼のふるさとの料理を用意するもとか。そこに、ドイツの将校が入ってくる……。科学者はのちにアポロ計画にも関わることになる、フォン・ブラウン。もとかが時空を超越した存在であることが、なんとなくわかる仕掛けになっている。そして、最終話は、千年以上遡って『竹取物語』を思わせるエピソードになる。もとかはかぐや姫なのか……? 

『モトカノ☆食堂』大井昌和/双葉社 電子版第1巻62ページ「第6夜 大宇宙の恵みの味」より

【アイキャッチ画像出典】
『モトカノ☆食堂』大井昌和/双葉社 電子版第1巻表紙

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