おじさんだけど13歳の心臓バクバクを味わいました。『年上のひと』を読んで。

おじさんだけど13歳の心臓バクバクを味わいました。『年上のひと』を読んで。
バスティアン・ヴィヴェスの『年上のひと』を読んだんですよ。
『年上のひと』(リイド社)バスティアン・ヴィヴェス / 訳 原正人
なにこれ甘酸っぺー。口ん中キュッとするほど甘酸っぱいんですけど。どうしたらいいんでしょう。
 
13歳の少年アントワーヌくんが、バカンス先でいっしょになった16歳の少女エレーヌさんと過ごす、ひと夏の体験。
「ひと夏の体験」、、、この言葉を聞いただけで5歳若返りましたね。13歳の少年の目から見た、少し年上の、美しく自由なひと。そのふるまいに、心揺さぶられるアントワーヌ少年。甘酢をグイ呑み状態ですわ。
 
なんですけど、実のところ、この作品がバスティアン・ヴィヴェス作だとまったく気が付かずに読んでたんです。
というか、いつ買ったか忘れていた、作者が誰かも忘れて積んでいた本を読んだら、とても巧みな構成にもんどりうって、なんだこれ、この作者誰だっけ? あーーー! あの!! バスティアン・ヴィヴェスか! こんちくしょー! うますぎる! 誰もが褒めるのでもう褒めたくないのに〜〜〜! という流れでした。その読み方はバイアスがかかってなくてよかったのかもしれません。
 
 
老婆心ながら、バスティアン・ヴィヴェスについて知らない人について書きますと、マンバ通信では、翻訳者の原正人さん自身がヴィヴェス(が制作チームの一員)の『ラストマン』についての記事を書いてくれてます。
ラストマン』は、もうみなさん読まれたかと思うのですが、読んでなかったらマンガ読み人生の損失なので読んでください。 特に海外マンガとかバンドデシネ(以下BD)に苦手意識がある人に読んでもらいたいマンガです。
ラストマン1 (EURO MANGA COLLECTION 飛鳥新社) バスティアン・ヴィヴェス / バラック / ミカエル・サンラヴィル / 訳 原正人
 
というのもこれ『バクマン。』などの日本のマンガに強い影響を受けてはじめた格闘アクションマンガで、内容だけではなく、BDには珍しいA5サイズにサイズ感も寄せてきて、さらに執筆ペースも週20ページというこれまた日本の週刊連載ばりの速度にして、日本のマンガの制作スタイルが何をもたらしているかを確かめているかのような作品。
これがもうめたくそ面白い作品なので、強くオススメします。
 
というわけで、私自身、かなり『ラストマン』に夢中になっちまったクチなので、バスティアン・ヴィヴェスといえば『ラストマン』の人!といつの間にやらなっていて、それゆえに『年上のひと』とヴィヴェスが一致しなかったのです。
 
バスティアン・ヴィヴェスは、作品ごとにタッチを変えるようで、翻訳されている作品すべてのタッチが違います。本邦初翻訳だった『塩素の味』(小学館集英社プロダクション)の表題作はプールで出会った男女の物語なんだけど、とにかく執拗に描かれるプールのシーンが最高の作品。同じ本の『僕の目の中で』は一人称視点の色鉛筆的なタッチで描かれた意欲作。
 
『塩素の味』(小学館集英社プロダクション)収録の『僕の目の中で』
 
ロシアのバレエスクールから始まる『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)は、これまたザックシした刷毛タッチが作品にマッチしている。全作品を翻訳して欲しいと切に願います。
 
なんでも描ける、あらゆる題材を描ける、という器用さに対して時にドン引きしてしまう気持ちもある。しかし、手塚を例に出すまでもなく、かつての「マンガ家」は、あらゆるマンガを描いていた。シリアスもSFも少女マンガも描けるマンガ家がレジェンドとなった。ヴィヴェスは、そういう風格を持っているようにも思う。
 
またヴィヴェスは、イラストのようなタッチから絵のことがとりあげられることが多いけれど、この人の巧みさが最も現れているのはその演出の力ですね。むしろ絵は、演出の従属しているというか、この演出にとって最適のタッチは何かを考えて使っているかのように思える。
 
例えば『塩素の味』では、プールの中と外でタッチを変えていて、プール内では主線ナシの塗りだけの絵になっています。これによって水中での現実味のなさ、無音の感じ、息を止めてしまう感じが演出されている。そしてプールから出た時の主線に、現実味を強調されてしまう。
 
 
演出といえば、省略がしびれるほどうまい。クロッキーのような絵柄もある意味で省略に役立っている。『ポリーナ』では、厳しいバレエ教師のボジンスキーの表情が略されていて、抑圧的な彼のキャラクターをうまく表しているが、これが物語の後半に実に感動的な演出として生きてくる。しびれるぜえ……。
 
『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)バスティアン・ヴィヴェス / 訳 原正人
 
なんでこんなに褒めることになってしまったのか……。
 
話を戻しますと、『年上のひと』は今となっては失われてしまった、少年と年上の少女の物語。かつて存在した少年少女から男女へと移行する時、一瞬のような永遠のようなあの時間を見事に描写している作品なんですよね。
 
 
僕が思春期の頃は、そういう映画や小説がいっぱいあって心臓バクバクいわしてたような気がする。そういう意味では、ある種のノスタルジーとして読んだのかもしれません。
バスティアン・ヴィヴェスの作品としては、絵や設定が自然なので、どなたにでも楽しんでいただける作品ちゅうことで、紹介させていただきました。

年上のひと

姉で、友達で、恋人。 天才、バスティアン・ヴィヴェス最新邦訳作品。 【受賞歴】●2008年「アングレーム国際漫画祭 新人賞」…『塩素の味』 ●2011年「ACBD批評グランプリ」…『ポリーナ』 ●2011年「BD書店員賞グランプリ」…『ポリーナ』 ●2013年「文化庁メディア芸術祭新人賞」…『塩素の味』 ●2015年「アングレーム国際漫画祭 …

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