祖国ではなく愛する者のために戦う若者たち 望月三起也『最前線』

『最前線』

1939年9月1日、ナチス・ドイツ軍はポーランドに向け電撃作戦を企てた。戦車を主力としたドイツ軍に対して騎兵で迎え撃ったポーランド軍はたちまち敗れた。これに対し、イギリスとフランスがドイツに宣戦を布告。第2次世界大戦がはじまった。ドイツ軍は、翌春にはデンマーク、ノルウエー、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、フランスなどを攻略。イギリス上陸には失敗したが、41年にはユーゴスラビア、ギリシアに侵攻。さらに、ソビエト連邦への侵攻を開始する。同年12月にはドイツ、イタリアと軍事同盟を結んでいた日本がハワイの真珠湾とイギリス領のマレー半島に奇襲攻撃をかけ戦場はヨーロッパから、世界全域に広がった。
 今回紹介する戦場マンガは、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線で活躍した、アメリカ陸軍の日系アメリカ人(アメリカの市民権を取得した日本移民)部隊を描いた望月三起也の『最前線』だ。
 月刊誌『少年画報』1963年10月号から64年8月号に連載。単行本は少年画報社の新書判「キングコミックス」から全4巻で刊行された。後に、大都社「スターコミック」で再刊され、ホーム社漫画文庫からも『二世部隊物語』と改題して刊行されている。現在は電子コミックでも読むことができる。
 
 主人公のミッキー・熊本伍長はハワイ出身の日系二世だ。日系人で編成されたアメリカ陸軍第442部隊の一員としてヨーロッパ戦線でドイツ軍との過酷な戦いを続けていた。
 43年、アメリカ、イギリス、フランスを中心とする連合軍はイタリアのドイツ軍を掃討するためローマに向けて進軍していた。
 ミッキーが分隊長をつとめる「ヤンキース分隊」には、ダブルことカウイチ・野末一等兵、野牛ことサミー・渡辺一等兵、バッキー・平方一等兵、ジョー・古城一等兵らがいたが、戦闘で次々に仲間はやられていった。
 ミッキーが戦うのはアメリカのためではない。母のためだ。ミッキーと母親はホノルルで花屋を経営していたが、日本軍の真珠湾攻撃後、日本人を憎むようになった人々は店を無茶苦茶にし、警官は保護という名目で彼らを収容所に入れたのだ。裏切り者でないことを証明するため、ミッキーは志願して陸軍に入ったのだった。
 彼ら二世部隊にとって、敵はドイツ兵だけではなかった。日本人の血を引いているというだけで二世部隊を憎み、黄色人種を馬鹿にする白人の上官たちは、彼らをオトリに使ったり、必要な装備もないまま前線に送り出した。それでもなお、ミッキーたちは二世部隊の意気地を見せるために知恵と勇気を振り絞ってドイツ軍との戦いに飛び込んでいく。

 ミッキー・熊本伍長たちが属する第442連隊のことを簡単に紹介しておく。
 41年12月の真珠湾攻撃をきっかけにアメリカ政府は日系移民の市民権を剥奪し強制収容所に収監する政策を打ち出した。西海岸ではおよそ12万人が財産を没収されたうえで、収容所に送られた。ハワイでも、本土ほど酷い扱いではなかったが、数千人が収容所に送られた。なお、バイデン大統領が日系移民に対して初めて公式謝罪声明を出したのは2021年2月21日だ。
 アメリカ陸軍が日系二世兵士を中心とした部隊「第100歩兵大隊」を編成したのは1942年6月。ハワイ在住の日系二世陸軍将兵およそ1400人がアメリカ本土で訓練を受けた後、第34歩兵師団に配属されイタリア戦線に送られた。
 イタリアでの勇敢な戦いぶりは高く評価され、アメリカ陸軍は、日系二世の志願兵を新たに募集。本土では各地の強制収容所からの1500人、ハワイではハワイ大学の学生を中心とする「大学勝利奉仕団」と収容所の志願兵を合わせた2686人が、第442連隊として編成された。第442連隊は44年6月にイタリア戦線に到着し、第100歩兵大隊は連隊の所属となった。
 二世部隊の兵士たちは、市民権回復と収容所に送られた家族の名誉のため、イタリア、フランスなどの激戦地で文字通り死にものぐるいで戦い、戦死者は338人に上った。そして、叙勲の数ではアメリカ陸軍で最も多くの勲章を受けたと言われている。

 単行本は、第1巻が「第442部隊」というまとまった長編、残りの3巻は、ミッキー伍長たちが前線で経験したエピソードをオムニバスで描く短編集という形をとっている。
 その中から第3巻収録の「流血の丘」というエピソードを紹介したいと思う。
 シャーマン戦車でフランスからドイツ国境に侵攻しようとしたミッキーはメッサーシュミットの攻撃を受けて、戦車もろともドイツ親衛隊の捕虜となり、メイダンケルの古城に連れて行かれた。この城は、200年前から貴族の師弟が学ぶ学校として使われ、この当時は一般市民にも開放された私立中学になっていた。しかし、連合軍の反撃が激しくなったため、ドイツ軍は学校を接収し、先生と学生たちは全員、ペンを銃に持ち替えて兵として戦うことを命じられた。さらに、親衛隊のグルーダー大尉は連合軍の目標になる危険がある学校の建物を爆破するよう命令を出した。
 学校を誇りに思いその校舎を愛している学生たちは、大尉の命令に反発した。その期を利用してミッキーは脱出を図る。捕虜を逃したことを怒ったグールダー大尉は、町に駐屯する戦車中隊を使って学校を爆破しようと企てた。生命にかえても学校を守ろうとして、親衛隊の前に立ちはだかる学生たち。ミッキーは彼らとともに親衛隊と戦うのだった。
 親衛隊は全滅し、学校は守られた。「なぜわれわれの味方をした?」と問う学生にミッキーは「おれたちの敵は……戦争そのものなんだ!」と応えた。心に響くメッセージだ。

 

第3巻42〜43ページ

 

 

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