30年の時を経て時代が追いつきつつある料理漫画—あかねこか+谷上俊夫『私立味狩り学園』

『私立味狩り学園』

 近年、食の分野では「電気味覚」についての研究が切り開かれています。飲食物と同時に舌に電気を流すことで味を変えるというテクノロジーで、2010年の論文を端緒に色々と研究が進み、例えば「塩味を電気で増幅させることで減塩につなげる」みたいな応用が考えられているそうです(参考記事:https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2203/31/news065.html)。この「電気味覚」を30年前に出していた料理漫画があります(と、こう書くのはネタバレになってしまうのですが)。それが、あかねこか+谷上俊夫私立味狩り学園』です。連載は87〜88年の『週刊少年チャンピオン』。大まかなストーリーは、人並み外れて食い意地が張っており、腹が減るほど天才的な料理のアイデアが湧くという主人公・天童竜馬が、料理学校である「私立味狩り学園」にスカウトされてさまざまな相手と料理勝負をしていくことになるというスタンダードなもの。単行本は全11巻となかなかの巻数ではあるんですが、いかんせん当時の『チャンピオン』がかなりの低迷期だったため知名度が今ひとつなところのある作品です。
 で、そんな本作で電気味覚が登場するのは最終11巻。主人公・竜馬と、宿命のライバルである鬼崎の最終決戦で、テーマは「今まで様々な料理を食べ尽くしてきた3人の検分役(審査員)が食べたことがない味を作れ」というもの。ここで鬼崎が作ったのが、「エビを模した金属製の容器の中に、金箔を巻いた海老の身が入っている」という料理で、

 

『私立味狩り学園』11巻81ページより

 

 確かに審査員が食べたことがない味がするのですが、ここでその味付けの方法を問われた鬼崎が容器の見えない部分を開けると、そこには電池とIC回路が。

 

『私立味狩り学園』11巻106ページより

 

 そして鬼崎は、金箔に電流を流して舌を直接刺激することで全く新しい味を作り出したのだと語るのですね。

 

11巻108〜109ページより

 

 この部分を初めて読んだときはたまげましたよ。作中のように自在に味をコントロールするというのは当時(あるいは現在)の技術では実際には不可能だったろうにせよ、着眼点があまりにも凄い。「漫画内創作料理」としてのオリジナリティーとしては、少なくとも当時では他に並ぶものがなかったと言ってよいと思います。ちなみに、この料理を作る下準備の様子の1ページ(以下)がネタ画像みたいにウェブで扱われているのを見たことがありますが、これはちゃんとその直後で「酒を混ぜてゆでることで金属臭を消すため」と説明がされております。

 

『私立味狩り学園』11巻65ページより。竜馬の「土を炒めてる」についてはご自身で読んでその真意を確かめてください

 

 本作の見どころはここだけではなく、近年では日本でも珍しい話ではなくなった乾燥熟成肉(ドライエイジングビーフ)について取り上げているのはかなり先見性があると思いますし、

 

『私立味狩り学園』7巻81〜82ページより

 

 料理対決についても、「お好み焼き勝負」「ハンバーグステーキ勝負」といったような単純な品目だけのテーマにとどまらず、「麺もつゆも用意された全く同じものを使った上でのそうめん勝負」「ガスを使えるのは2分間のみという制限での肉料理勝負」「五味(甘味・辛味・塩味・酸味・苦味)の味付け、五法(煮物・焼き物・蒸し物・揚げ物・生物)の調理法、五色(黄色・赤色・青色・黒色・白色)の食材をすべて使ったカツオ料理100種類を作る」「卵を含む5種類の食材のみを使用し、必須アミノ酸8種・ミネラル類16種・ビタミン類15種の栄養素を含んだ完全栄養食を作る」などと色々工夫が凝らされており飽きさせません。

 それと、本作のもう一つ見逃せないポイントは、全体的に肉体派で治安も悪いところ。何しろ、竜馬が味狩り学園に入学して最初に生徒会長・目方秀一から浴びせられる洗礼からして、ピータン製造用の泥をシャベルで浴びせかけられるという「人間ピータン」なのですから。

 

『私立味狩り学園』7巻74〜75ページより。ちなみに竜馬は逆に目方をピータンのような泥団子にし返します。もう料理勝負でもなんでもない

 

 また、物語は後半になると、「包丁の包丁」と呼ばれる伝説の包丁の所有権を巡って争われる「包丁争奪戦」編に入るのですが(最初に書いた電気味覚ネタはこの決勝)、ここで鬼崎の他にライバルとして出てくるのは、「八条流」という歴史のありそうな料理の流派の13代目だという割に包丁をペロペロ舐める癖がある山賊みたいなやつとか、「ボンジュール キケケケェ!!」と叫ぶフランス料理人だったりします。

 

『私立味狩り学園』8巻94ページより。ムッシュ村雨、漫画に出てくるフランス料理人の中で一番好きですね。こんなに「ボンジュール」以外のフランス語を知らなさそうなフランス料理人、そういないですよ

 

 勝負の行方を見守るギャラリーもかなり終わっており、この大会で竜馬と鬼崎の他に最後まで残った一匹狼の料理人・黒マント(氷川享介)が負けた際には、「負け犬は死んじまえ〜〜〜〜!!」などと叫びながら総出で石や野菜を流血するほど投げつける始末。

 

『私立味狩り学園』10巻171ページより。ちなみにこのギャラリーたちは大会に参加するも予選さえ突破できなかった料理人たちなので、2ページ後で鬼崎に「いいかげんにしたまえ! 予選も通過できないキミらに彼を責める資格はない!!」ととても真っ当な説教をされます

 

 とまあこんな感じで、どメジャーではないものの読みどころの多い料理漫画の隠れた快作なんですが、一点、ずっと謎に思っているポイントがあります。最初に鬼崎が竜馬と戦った時のお題が「ブリヤ・サバラン(ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン)が『奇跡の料理』として日記に書き残した伝説の料理、ジェ・ル・ベルティージュ」なるものなんですが、

 

『私立味狩り学園』1巻140〜141ページより
『私立味狩り学園』1巻146〜147ページより

 

 これ、元ネタが一体なんなのかが全くわかりません。「Brillat-Savarin vertigineux」とかで検索しても何も出てこないし……。途中で鬼崎が披露する「料理の基本形」の元ネタが玉村豊男『料理の四面体』だということは初読時には気づかなかったものの後に分かったのですが……。

 

『私立味狩り学園』4巻174ページより

 

 「ジェ・ル・ベルティージュ」についてご存じの方いましたら、ぜひ教えていただきたい。あと、実際に試して作れたという方もいましたらぜひ……。

 

記事へのコメント

数年前にマンガ図書館Zで読んだ記憶があり、やっと作品名を思い出せました。
「青天のヘキレキ‼️︎寝耳に水ッ‼️︎明るい漫画家ッ‼️︎」だけはずっと覚えていました。
また一から読んでみたくなりました。

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