サラリーマンのための人情マンガ コンタロウ『いっしょけんめいハジメくん』

『いっしょけんめいハジメくん』

 働く日本人のおよそ85%は会社員、つまりサラリーマンやOLなどだ、という。根拠になっているのは、総務省統計局の『労働力調査2021年』だ。農業・林業をのぞく日本の就業者数6472万人のうち正規・非正規をあわせた雇用者は5629万人と紹介されている。雇用者のすべてがサラリーマン、OLではないだろうが、85%はそんなに実態とかけ離れた数字ではないと思う。
 今回紹介する人情マンガはサラリーマンが主人公。コンタロウの『いっしょけんめいハジメくん』である。
 集英社の月2回刊『ヤングジャンプ』1980年11月6日号から読み切り連載としてスタート。その後、81年創刊の月2回刊『ビジネスジャンプ』に移籍。85年まで連載されて、単行本は全17巻である。

 主人公の天地ハジメは私立K・O大学経済学部を卒業して大手商事に入社した新人サラリーマン。真面目すぎるくらいに真面目な性格で、いささか融通が利かないところもあるが、愛社精神は人一倍。もちろん出世も夢見ている。ところが、入社早々失敗ばかり。上司からは「もう学生じゃないんだからね」とガミガミ言われて、落ち込むことばかり。それでも気持ちを切り替えて前向きに生きていくアグレッシブな若者だ。
 連載の時期は、86年暮から91年2月まで続いたバブル景気までにはまだ少し時間があるものの、1970年代のオイルショック、ドル・ショックを契機に起きた不況もなんとか落ち着いて、就職状況も好転していた時代にあたる。
 単行本を読むと1巻では、ハジメくんがはりきり過ぎて最後に失敗するというパターンのギャグマンガだった。コンタロウの出世作で『週刊少年ジャンプ』に連載された『1・2のアッホ!!』を思わせるシュールな展開も多かった。
 ところが、回を追うごとに、転勤や降格といったサラリーマンの悲哀や仕事の喜びが取り入れられて、ペーソスあふれるサラリーマン人情喜劇に変化していったのだ。
 転換点になるのは第2巻の途中でハジメくんが営業部から経理部に配置転換されたところだろう。
 なれないソロバンに悪戦苦闘するハジメくん。電卓がないわけではないが、80年代までの経理課と言えば誰もがそろばんで計算していた。77年に社会人になった筆者もそろばんには苦労させられた記憶がある。
 そんなハジメくんに仕事のコツをやさしく指導してくれたのが長谷めぐみさん。高卒入社なので年は下だが、会社では先輩。いつしかふたりはお互いに惹かれるようになる。
 ところが、ハジメくんに取引先の南武グループの社長令嬢との縁談話が持ち上がり一大事に。逆玉の輿だ。悩んだ末に、本当に愛しているのはめぐみさんだと気づいたハジメくんは、縁談話を断り、めぐみさんとの結婚を誓う。

 そんな矢先、ハジメくんに九州支社への転勤辞令が下る。離れ離れになることに不安を感じるふたり。「遠距離恋愛は難しい」と言われた時代だった。
 赴任早々、地元農協のドンと呼ばれる九鬼剛三老人をなぐってしまったハジメくんは、子会社の仲州商会に左遷。そこは本社を追われてやる気をなくした社員のふきだまりだった。英語教材のセールスを任されたハジメくんは持ち前の頑張りで成果を上げ、やがてライバル社三ツ矢物産が行っているメンタイコ買い占めに気づく。博多の人々はメンタイコの品不足に泣いていたのだ。
 ここからがサラリーマン人情マンガの面目躍如といったところ。
 博多人のプライドを守ろうと奮闘するハジメくんに、あの九鬼老人や元野球選手の家永たちが協力を申し出る。家永のモデルは西鉄ライオンズのエースだった池永正明。八百長事件に連座した疑いで永久追放処分を受け、悲運のエースと呼ばれた選手だ。
 買い占めを阻止したハジメたち仲州商会の社員たちは新商品「ラーメンタイコ」を開発して成功をおさめる。学生時代に映画部だったハジメくんが低予算で「ラーメンタイコ」のCFをつくるエピソードも泣ける。

 作中には80年代前半の世相もうまく反映されていて、82年に世間を騒がせた老舗百貨店を舞台にしたスキャンダル「三越事件」なども出てくる。
 さて、さまざまな困難を乗り越えてようやくめぐみさんとの結婚式が決まったハジメくんだったが、式の直前に大手商事の経営危機が発覚。なんとか結婚式はすませたものの、メインバンクの仲介で大手商事はライバルの根津忠商事に合併されてしまう。
 根津忠にとって、大手商事の社員は商権のフロクみたいなもの。いったんは根津忠商事営業部で働き始めたハジメくんだったが、退社して大手商事時代の仲間たちとコンピュータソフト開発の新会社を立ち上げ、小さな会社を自分たちの手で大きく育てることにやりがいを感じるようになる。これもまた人情である。
 飛び込み営業はなかなかうまくいかず、その後も総会屋との戦いが起きるなど決して平たんな道のりではないが、仲間や家族の支えでのりこえるハジメくん。やがてエリート・サラリーマンの道を捨てて、ハジメたちと働く道を選ぶ虎貫といういい後輩もできる。
 17巻収録の「番外・定年編」に、ハジメの新人研修で語学の先生だった睦五郎さんのこんな名言がある。
「出世や金なんぞ超越したところに人生はある」
 まさに至言である。

 

第17巻174〜175ページ

 

※続編として『新いっしょけんめいハジメくん』、新連載版『いっしょけんめいハジメくん』がある。

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