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1シーズン全17戦を2年かけて連載。F1レースに特化した漫画の草分け 村上もとか『赤いペガサス』

1シーズン全17戦を2年かけて連載。F1レースに特化した漫画の草分け 村上もとか『赤いペガサス』

村上もとかさん、今年デビュー50周年です。

6月から9月まで東京の弥生美術館で「村上もとか展」が開催中ですが、残念ながらまだ足を運べてません。

せっかく開催中なので村上もとかさんの作品で何か書きたいと、いつもの古書店で『赤いペガサス』全巻セットを買ってきました。

30代の時に一度買って読んでますがそれ以来です。

一気に読んでしまいました。

『少年サンデー』での連載は1977年から1979年の2年ちょっと。

当時私は高校生ですが、『サンデー』は毎週貸本屋さんで借りてましたので読んでました。

当時の記憶は最初の方、第2巻に収録されたエピソードしかありません。

このエピソードは後述します。

この当時にF1レースを知っていて興味を持っていた子供はどれくらいいたんでしょう。

勿論私は知りません。

車のレースのマンガとして特に深く考えずに毎週読んでいた様に思います。

だからでしょうか、途中からはほとんど当時の記憶がありません。

しかし10年後に空前のF1ブームが起こるなどこの頃誰が予想できたでしょうか。

中島悟さんが初のフル参戦を果たした1987年から数年遅れて私もF1にドはまりしました。

30代の頃です。

そして『赤いペガサス』がF1の漫画だったのを思い出し、古本屋さんで買ってようやくまともに通して読みました。

この時はちょっと読んでみたいという軽い考えで、面白く読みましたがそこまででした。

そして更に30年近く経過して今回の再読です。

年齢と共に蓄積されたF1やモータースポーツの知識の影響なのか、それとも30年の間に漫画の読み方や捉え方が変化したのか。

何にせよ改めて新鮮に驚きましたよ。

なんて凄い漫画だったんだと。

村上もとかさんの初期の代表作と言っていいでしょう。

 

では内容の紹介に移ります。

主人公は日系英国人の「赤馬研(あかばけん)」。ケンと呼ばれてます。

日本の新参チームからの熱心な誘いを受けて、F1ドライバーとして参戦することになります。

1年間の全17戦、ケンの活躍と他のドライバー達との絡みや人間模様。

妹の「ユキ」と共に困難を乗り越えて進んでいく様が描かれます。

大まかな流れです。

ざっくり過ぎますね。でも未読の方の為に話の内容はこれくらいにしておきます。

 

では何が凄いのか。

まずその画の写実性です。

アナログ手描きの時代によくこれだけ緻密に描きこんで週刊連載を2年も続けられたものだと不思議なほどです。

もう一つの主役と言っていいF1マシンの丁寧な描かれ方。どうやって資料を集めたのか、それとも現地で取材したのか、あまりにもリアルです。

『赤いペガサス』(村上もとか/小学館)1巻より

現実に使用された当時のF1カーに忠実に描かれているのかは私の知識ではわかりませんが、きっとそうに違いないと思うほど外見だけでなく内部の構造まで細かく描かれてます。

それだけじゃありません。

サーキットの風景や他の背景も実に丁寧に描かれてます。

『赤いペガサス』(村上もとか/小学館)6巻より

また場面場面の構図もよく練られてます。

レースが迫力ある展開になるように、様々な角度で効果的に描かれるのは最終巻まで途切れません。

まるで映画を観ているかの様だと言えますが、映像での表現が困難なのではと思わせる描写も多く、そこは漫画ならではです。

次に凄いのがF1レースの細かい再現です。

1戦ごとに国を移動する為、F1サーカスと呼ばれる興行でもあるF1。

『赤いペガサス』も南米、北米、アフリカ大陸、ヨーロッパ、最終戦の日本と動きます。

国が違えばサーキットの条件も大きく変わるのがF1レースの面白さの一つですが、これもかなり細かく描かれてます。

村上もとかさん、1年間取材でF1の全レース現地に行ったとしか思えません。

でも『赤いペガサス』連載開始前も週刊少年ジャンプで『熱風の虎』という作品を連載されているんですよね。

三つ目の凄さはドライバーの死を真正面から話に取り入れている事です。

全14巻の前半部分はケンがレーサーとして昇り詰めていくとともに、死と隣り合わせの競技であることが大きなテーマとなって展開します。

『赤いペガサス』(村上もとか/小学館)7巻より

カーレーサーのレース中の事故による死亡に対してこれだけ深く物語に取り入れた漫画はあまり聞きません。

モータースポーツの華やかな世界の片面でもある危険と死。それを大きくすればするほど暗い話になります。

『赤いペガサス』も前半はその印象がぬぐえません。

途中から登場するキャラクターによって中盤はコミカルな描写も多くなりますが、後半から終盤まで危険と死は物語の重要な柱としてあり続けます。

だからこそレーサーとして成り上がっていく展開を中心にした娯楽作品としてだけでなく、登場人物が織りなす人間ドラマとしても優れた物語だと言えるでしょう。

もう一つこれは凄いというより当時だから出来た事でしょうが、実在のF1ドライバーや関係者が実名のまま登場します。

往年の名ドライバーですが、連載当時はまさに現役で走っていた方々がそのまま漫画の登場人物になり時系列も1年遅れで描かれる贅沢さ。

その実在のドライバーが輸血用の血液を空港から病院までF1カーで運ぶという大胆なエピソードが登場するのが第2巻です。

『赤いペガサス』(村上もとか/小学館)2巻より

ここは連載当時読んで「よくわからないけど何か凄い」と感嘆しました。

空港からヘリコプターじゃないと手術に間に合わないのに悪天候の為飛ばせない。

未読の方の為に細かい話の前後は省きますが、公道をF1カーが緊急を理由にぶっ飛ばすんですよ。

最初に空港から出発するのはマリオ・アンドレッティ。

アメリカの偉大なレーサーです。

そのアンドレッティのF1カーが壊れて走れなくなったのを引き継ぐのが、別のF1カーで後を追ってきたロニー・ピーターソン。

こちらも名ドライバーですが残念ながら『赤いペガサス』連載中の1978年に34歳の若さで亡くなられてます。

この仰天なエピソードは是非読んで欲しいですね。

許可を得ていたのか少しは気になりますが、細かいことは脇へ追いやりましょう。

『赤いペガサス』連載開始の前年、1976年に日本国内で初のF1レースが富士スピードウェイで開催されてます。

そして翌年の1977年10月、『赤いペガサス』連載真っ只中に同じ富士スピードウェイでF1日本グランプリが行われます。

正に本物のF1レースが日本で開催されるという好条件。

当時どれくらいF1も『赤いペガサス』も盛り上がったのか、あまり記憶にありません。

F1含めたモータースポーツが世間的に受け入れられて、当たり前に世の中に浸透するのは後10年を待つことになります。

その辺の分析は専門の方にお任せしましょう。

日本中の子供たちが熱狂したスーパーカーブームを生み出した池沢さとしさんの『サーキットの狼』連載終了が1979年です。

その最後の2年間と同時期の『赤いペガサス』。

70年代まだまだ一般的ではなかったF1を細かく、そして重厚に描いた重要な作品です。

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