異世界転生ものが流行ってますね。
先日、マンガ通にその定義を聞いてみたら、
「平凡な自分が、突然すごい力を身につける」
「自分は変わらないけど、周りが変わって自分の価値が変わる」
そのきっかけが「異世界」なのだとか。
なるほど確かに、なんだか辛い現世を捨てて違う世界に行きたい願望は多くの人が持っていそうです。現実的にその願望を叶えるのが「留学」だったりもします。過去の自分を誰も知らない世界で、日本とはまったく異なる価値観に突然飛行機でワープできる。海外は超リアルな異世界です。
昔から続く人間関係の中にいると、先入観もあるし、関係性が固定されてしまって大逆転がないんですよね。私は中学卒業、高校卒業といった機会に人間関係を一新して過去を捨て去ってました。こういうのも異世界転生願望の現れだったのかもしれません。めちゃくちゃ留学もしたかったし。人間関係や自分の能力のありように悩んでいたんですよね。
……というところまできて、ふと思いました。『王家の紋章』って、めっちゃ異世界ものじゃね……?
だって自分の精神や肉体がワープする先が横軸の異世界なのか、縦軸の古代なのかの違いで、やってることは同じっぽい。
主人公のキャロルは、21世紀の現代では、大してモテるわけでもない、古代史ヲタのアメリカ人。古代に行ったらむちゃくちゃモテて、全世界から崇め奉られるお話です。『王家の紋章』を今風にタイトルつけるとしたら、多分こんな感じ。
「タイムスリップしたら神になった」
「古代で『ナイルの娘』と名付けられました」
「古代に行ってみたら、大量にストーカーがいた件」
Twitterあたりで「『王家の紋章』を現代風に言い換える」ハッシュタグとか作って意見を聞いてみたいところです。
『王家の紋章』は、1976年から続く長期連載だけあって、連載開始時とは世の中がだいぶ変わっています。当時なら問題なかったことや、当時の通説とは異なることもたくさんあります。
例えば序盤のメンフィスはとにかく暴れん坊で、キャロルはメンフィスと関わるだけでケガが絶えません。水に沈められたり腕を折られたり、「キャロル、それはDVやで……」と教えてあげたくなります。でも仕方がない、当時は「男の暴力は仕方がない」というような風潮がありました。DVなんて言葉もまだありません。
また、古代史の調査が進んだことで痛みもあります。キャロルは奴隷が働く姿を見て「歴史の教科書で習ったとおり!」と感動していましたが、ピラミッドなどの大建築物が自由意志の労働者によって作られたと考えられているようです。
じゃあ『王家の紋章』には何の価値もないのか、というと絶対に! そんなことはないのです。
メンフィスの貞操観念は現代の少女マンガキャラの比ではなく、人の命すら虫けら並みに考えているのに、結婚式を挙げるまでキャロルに手を出しません。彼の善悪の基準がまったくわかりませんが、貞操観念的にはめっちゃ紳士です。
連載中に判明した歴史的事実など新しい情報は、どんどん作中に取り入れられています。「最近わかった研究結果では」なんてキャロルのウンチクもアップデートしているんです。
時間の経過と共に現代の感覚と齟齬が生じてしまうのは、作品自体が時代を色濃く反映していた証拠です。先日、大作家さんの70年代作品を読んでいたら、めちゃくちゃ障害者差別に満ちた大前提で話が描かれていて、うなってしまった。めちゃくちゃ悲劇で深い物語なんですよ、でも前提がもう、今とは感覚が違う。
こうしたことを踏まえて、『王家の紋章』は、どう読むべきか。
勉強のきっかけにするのです。
「ピラミッドは奴隷が作ったのか? よし調べてみよう!」
「ヒッタイトとエジプトは本当に戦争したの? よし調べてみよう!」
「魔女キルケーって何した人? よし調べてみよう!」
「メンフィスはDV男ではないのか? じゃあDVってなんだ? 調べてみよう!」
キャロルとメンフィスは古代エジプトを中心にあちこちへ出かけ、隣国からは使者が来て、国際交流が盛んです。彼らの知識に合わせて、勉強するのです。日本における次世代のキャロルが誕生することでしょう。そして古代エジプトかヒッタイトあたりにタイムスリップして、「マンガで勉強したとおり!」なんて叫びたい。
「メンフィスやイズミル王子の行動はDVかセクハラか? ○×で解答してみよう!」なんてチェックシートを作ってもいいかもしれません。
それでも、私はイズミル王子みたいな一途な人に追いかけられたいですけどね。
いやホント、時代は変わっても、世の中の常識は変わっても、乙女の願望は大して変わらないんだなってことで。