妖しくも美しき竜神様。少女誌掲載の短編集、石森幻想ロマンの真骨頂『竜神沼』

妖しくも美しき竜神様。少女誌掲載の短編集、石森幻想ロマンの真骨頂『竜神沼』

少しだけ子供の頃の話にお付き合いください。

私が小学校2年になるまでに住んだ家は憶えている限り4軒あります。

借家を転々とした幼少期でした。

小学校2年という記憶も還暦間近の今となってはちょっとあやふやですが、5軒目の借家はその後高校を卒業して家を出るまで住み続けました。

昭和42年頃です。貸本屋さんは衰退気味でしたがマンガ好きの私にとって幸運だったのは歩いてすぐの場所に一軒あったことです。

一坪もあるかないかの小さな店。胡坐をかくだけで精一杯の帳場に御夫婦が交代で店番をされてました。

引っ越してすぐに利用し始めます。とはいえ小学2年生です。母親に今日は漫画を借りてもいいかと許可を取ってから。

低学年の頃は自由には利用できませんでした。

品揃えはほとんどが新書サイズの漫画と漫画雑誌。小説も置いてありましたが、借りられているのを見かけた記憶はありません。

1日借りて10円。子供に貸して回転させて新しい漫画を入れてと、お店を維持していくのは大変だったと思います。

新しく読む目ぼしい物が無ければずっと以前に借りた物をまた借りる。

小学校も高学年になって以降、高校卒業まで毎日のように利用し10年以上通い続けたこの貸本屋さんが私の漫画好きを支えて作っていったと言っていいでしょう。

さて昭和40年代は新書版コミックスが台頭し定着していく時代です。

新しく利用し出した貸本屋さんにもたくさん並んでました。

虫コミックス(虫プロ商事)

サンコミックス(朝日ソノラマ)

サンデーコミックス(秋田書店)

ゴールデンコミックス(小学館)

等々、今の漫画専門古書店に並ぶ物ばかり。

とはいえ子供にとって人気があり回転しやすい物がほとんどです。

手塚治虫さんを筆頭に藤子不二雄さん、赤塚不二夫さん、石森章太郎さんなど。

石森章太郎さんのコミックスはほぼ揃えてあったと記憶してます。

『少年同盟』、『ミュータントサブ』、『Sπ』など本格的にSF小説を読み出す前の小学生男子にとって夢中になる面白さの漫画ばかり。

 

そんな石森さんのコーナーにあって漢字三文字の作品名のサンコミックス。ずっと気になってました。

字面も響きもとても心に刺さりますよね。子供の私もそうでした。

その内あの『竜神沼』という本を借りようと思いながらも実際に借りたのはだいぶ後だったと思います。

このサンコミックス版には5つの作品が収録されてますがすべて少女雑誌に掲載されたものです。

表題作の「竜神沼」は昭和36年、『少女クラブ』という雑誌での掲載です。

石森さんが描きたい物語とページ数の関係でしょうか。他の収録作に比べて「竜神沼」は細かいコマ割りが目につきます。

それが程よいテンポで読み進められる効果として活きています。

『竜神沼』(石森章太郎/朝日ソノラマ)より

主人公の研一が竜神様と対峙する場面、2ページで13コマ。映像作品のカット割りを思わせる素晴らしさですね。

扉ページの研一が村へ向かい山へ入っていく描写も作品タイトルのコマを含めて5コマ使われてます。

『竜神沼』(石森章太郎/朝日ソノラマ)より

48ページの短編。細かいコマ割りにはセリフを含めてびっしりと情報が詰め込まれてます。

『竜神沼』(石森章太郎/朝日ソノラマ)より

風景の描きこみも凄いですね。すでに売れっ子となって忙しい筈なのにここまで描きこむ石森さんの作品にかける姿勢に脱帽です。

昭和36年、山奥の村で行われる夏祭り。

東京から祭りを見に来た、いとこの研一を迎えるユミという女の子。

研一と竜神様の出会い。

複雑な感情を見せるユミ。

始まる祭りをよそに、竜神様を利用した悪徳村長が本物の竜神様の怒りを買う。

そして少し切ない最後。

これが大まかな話の流れです。

妖しく美しい石森さんが描く竜神様。

竜の化身の場面は点描で描かれ、幻想的な効果が美しいクライマックス。

このまま忠実に映像化されたらと妄想を掻き立てられる、話も画も美しい素晴らしい短編です。

 

5つの短編中もう一つ、「雪おんな」も幻想的な作品です。作中の時代は明言されてませんが江戸時代以前だと思われます。

こちらも悪徳長者が雪おんなに成敗される話。

雪国が舞台なので描きこみは少なめです。

何十年ぶりに読みましたが、最後のコマが謎です。何度読み返しても何故? となりますが、何かはお読みになる方のために伏せておきます。

 

残る3つの作品は「金色の目の少女」がスキー場に現れた謎の少女をめぐる話。

『竜神沼』(石森章太郎/朝日ソノラマ)より

 

「昨日はもうこない だが明日もまた」は戦後の昭和が舞台。やはり謎の少女をめぐる話。

どちらもSF的要素と少女漫画の融合が秀逸な作品。

 

そして「きりと ばらと ほしと」は少しスケールが大きな吸血鬼の話。

コミックの口絵にはこの作品が描かれてます。

『竜神沼』(石森章太郎/朝日ソノラマ)より

5つの短編に登場するヒロインは全て儚げな雰囲気をまとい結末は同じ方向を向いてます。

とにかく感嘆するのはこれら5編の短編、登場するヒロインの顔がそれぞれ微妙に違うのですよ。

これ石森さん意図してのことなのでしょうか。

昔「髪型でしか女性や女の子を描き分けられない男性漫画家は多い」と何かで読みました。

現在は有り得ませんね。でも昭和の漫画を見ると結構そういう作品多いですよ。

2、3種類の女性の顔バージョンはあっても一つの本に収録された5つの短編のヒロインの顔が描き分けてあるのはまず類を見ないと思います。

昭和30年代から40年代にかけて男性漫画家が少女雑誌に作品を掲載する機会は多々ありました。

女性の漫画家さんの絶対数の問題もあったのでしょう(参考までに昭和20年代の『少女』という雑誌を1冊所持してますが8作品ある連載漫画の内、女性漫画家は長谷川町子さん一人です)。

その後少女漫画という世界が成熟していくにつれ少年漫画で活躍する男性漫画家の少女漫画は減っていきます。

石森さんも昭和40年代以降は『仮面ライダー』や戦隊物、大人向けの漫画を中心に描かれていきます。

収録された5つの作品が全て少女雑誌掲載という意味では貴重な本ではないでしょうか。

今回調べて初めて知りましたが、「竜神沼」は昭和36年夏の増刊号です。なんと7月生まれの私と同い年なのですよ。

願わくば掲載された『少女クラブ』夏の増刊号を見たい。

そして所持したいと思う次第ですが入手難易度はとても高いので叶わぬ夢です。

それでもいつかは、の希望は捨てないで生きていきたいと思っております。

記事へのコメント

名前は知ってるけど読んだことなかった作品でした。女性キャラの顔の描き分けの話もすごく興味深かったです。読んでみます!

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