四十男の人生を込めたライダーキックに心が震える『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』

今回紹介する1巻は『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』。作者の柴田ヨクサルは、『エアマスター』や『ハチワンダイバー』でもおなじみ。

ぶっちゃけ、このタイトルにピンときた人は、ここから先を読まずに1話を試し読みしたほうがいいし、ピンと来るどころかビンビンに何かを感じた人はさっさと1巻を買って読んだほうがいい(私は後者でした)。

「仮面ライダーになりたい」という願望は、どれだけ荒唐無稽なのだろうか。

自分の話をすると、人生で一度もサンタクロースの存在を信じたことはなかった。4歳くらいの頃には保育園の友達がサンタクロースについて話しているのを「なに言ってやがる」と思いながら聞いていた。

かといって現実にまみれた子供だったわけでもなく、小学校に入って数年は「変身ベルトさえ巻けば、自分も仮面ライダーになれるはず」と思っていた。ウルトラマンは「巨大化」するヒーローなので、さすがにそれは架空の存在だとわかる。一方、仮面ライダーはいちおうサイズ的には人間と同じ。だから「自分も仮面ライダーになれる」というのはそこまで荒唐無稽ではない……「無理め」ではあっても「絶対に無理」というレベルではない……くらいの認識だった。

わざわざこういうことを書いたのは、仮面ライダーに対して似たような認識を持っていた(いる)人は意外といるんじゃないかと思ったからで。
(ニュアンスはちょっと違うかもしれないが、昔ナイトスクープで「仮面ライダーになりたい妹」という回がありましたね)

この『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』は、「そういう奴」の心をえぐってくるマンガである。

主人公は東島丹三郎、40歳独身。幼少期から「仮面ライダーになりたい」と思いながら体を鍛え続け、大人になってからは、働いて金をためる→山ごもりで修行→働いて金をためる→山ごもりで修行という生活を送ってきた。

山ごもりの甲斐あって、今や熊とも互角に戦えるほどの実力を身につけたが、彼は別に格闘家になりたかったわけではない。

なりたいのは、あくまでも仮面ライダー。ゆえに、修行しても修行しても、彼の願望は満たされることがない。当たり前だけど。

ただ、一つ言っておきたいのは、東島丹三郎は「仮面ライダーになれる」という妄想に取り憑かれた狂人ではないということ。「仮面ライダーもショッカーも現実には存在しない」という常識も持ち合わせている。「仮面ライダーはテレビの中のお話」という現実と、「仮面ライダーになりたい」という願望に板挟みになったままの人生。つい先日、自分が孤独死した後にグッズがゴミ扱いされるときのことを考え、ライダーグッズを全部売り払った。

そんな折。

東島はお祭りの屋台で偶然、「ショッカー」に出くわす。

もちろん本当はショッカーではない。彼らはヤクザの命令で強盗や恐喝をおこなう「ショッカー強盗」。つまりは単なる覆面強盗である。だが、東島はここで「変身」する。いや、「変身」することを決意する。

 

ショッカー強盗と対峙するこの場面の、なんともいえなさ。願望と現実の板挟みの人生を送りながらついに願望(の成就)に無理やり踏み込んだ瞬間の、こっ恥ずかしさと、そして感慨が複雑に入り混じった場面である。

本家の仮面ライダーシリーズにも、主人公が(成り行きでなってしまった後で)「自分が仮面ライダーであること」を主体的に選択する場面がたびたび出てくるが、この場面もつまりはそういうことなのだと思う。見た目は「お面をつけた」に過ぎないが、内面的には(羞恥心や常識の)壁をぶち壊して「変身」したのだと。

そして彼は「ショッカー」に立ち向かう。

こんなに魂が乗ったライダーキック、見たことがない。ライダーキックで泣いたの、たぶん初めてだと思う。ちなみにこのコマ、見開き2ページ使っています(実際にコミックスで読んでほしい)。

ここから先、いろいろと話が転がっていくわけですが、ここで紹介するのは1話までにしておきます。この1話で何かを感じた人は2話以降も楽しめるはず。1巻の最後にある2巻の予告にもワクワクさせられる。

マンバの掲示板にも感想がいろいろと書き込まれているので、参考にどうぞ。

というわけで、新年一発目のおすすめ1巻『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』、ぜひ一読を。

東島丹三郎は仮面ライダーになりたいのマンガ情報・クチコミ

東島丹三郎は仮面ライダーになりたい/柴田ヨクサルのマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!1巻まで発売中。 (小学館クリエイティブ/ヒーローズ )

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話題に出た作品のクチコミ

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名無し
2019/07/14
エアマスター
格闘漫画は昔から変わらず人気のあるジャンルです。主人公とライバルが肉体と精神をガチでぶつけあうというシンプルなパターンからは、数々の名作・名シーンが生まれました。このジャンルは歴史は古く、作品も多いですから、90年代以降になると、ただ闘うだけではなく、テーマにしろ描写にしろ、特色のある作品が増えてきたように感じます。この『エアマスター』の特色がなにかといえば、それは「過剰な熱血」と「とんでもない“勢い”」です。壁にぶつかり、新体操の夢を諦めた女子高生・マキが、ストリートファイトを通じて、自分のなかに眠る「エアマスター」という“怪物”を覚醒させるというのが、物語の本線です。このマキの前に立ちふさがるのは、個性的というにはあまりに強烈なキャラクターたち。たとえば北枝金次郎。地元では負け知らずで、黒正義誠意連合を率いる金次郎も、アクの強い強敵たちに連敗。自分を見失い、謎のヒーロー「シズナマン」に改造されてしまいます。そんな金次郎も、物語の終盤で本来の自分を取り戻し、雄叫びをあげます。はじめは小さな「おおおお…」という叫びも、最後にはみたことのない大きさ(の文字)になり、その絶叫とともに最強の敵に立ち向かっていく。14ページにわたり150文字以上の「おおおお…」がつづくシーンを、そこだけ見たら「なんじゃこりゃ」と思うかもしれません。ただ、1巻から続けて読み、北枝金次郎というキャラクター…いや“人間”を知っている読者なら、絶対に必要なシーンだとわかります。150文字以上の「おおおおおおお…」を絶叫する、これが北枝金次郎だと。クセのあるマンガだと思います。全く合わないと言う人がいるのも分かります。ただ、魂が共鳴するような体験を一度味わえば、読み返すたびに何度でも、異常な勢いと熱量が蘇るのです。どんなに落ち込んでいても「エアマスター」を読み始めるだけであの「おおおおおおおお…」が条件反射のようによみがえる、そんな一撃必中なカンフル剤のような作品です。