マンガを紹介する前に、自分の話をさせてくださいな。
20年くらい前。それなりの倍率をくぐり抜けて、新卒で会社員になったんですが、入ってみて驚いたのは「働かない社員がこんなにいるのか!」ということだったんですね。「仕事の合間にサボる」とか、そういうレベルじゃないんですよ。もっともっと純粋に「働かない」。
一日中、本や新聞を読んでる人。本や新聞を読んでいない時は寝てる。
一日中、気になる新聞記事を切り抜き、その内容をひたすら(会社のPCではなく個人使用の)モバイルギアに打ち込んでいる人。
いつも喫煙室でタバコ吸ってる人。これはどの会社にもいそうですが。
いつも休憩室にいて、置いてあるマンガ雑誌を読みふけっている人。
仕事してるどころか、社員と会話する姿すらほとんど見たことがないが、とにかくいつも社内をヒョコヒョコと徘徊している人。
こうやって書いてみると、働かないのも楽じゃないというか、「よほどの胆力を持っていないと逆にしんどいんじゃないか」とさえ思います。当時の向上心にあふれた新入社員の目に、彼らは「けしからん社員」「給料泥棒」として見えていたのですが、よそから転職してきた先輩社員から、こう言われたのです。
「前の会社にはこんな人たちはいなかった。なぜなら働かない人を雇う余裕がないから。働かない人がこんなにいるってことは、会社にまだまだ余裕がある証拠だよ」と。
ああ、それは確かにそうだな、と納得しました。彼らがいるということは、安心して会社で働けることを意味している。まあ、俺が在籍している間に、会社の売り上げは下がり、彼らはほぼ全員いなくなってしまったのですが……。
で、当初はやる気に満ちていた新入社員も、何年も働くうちにくたびれ果てて「もう仕事したくねーなー……」ということばかり考えるようになるのですが、そういう時にふと、あのベテラン社員の面々を思い出したりしていました。
たぶん彼らも、最初からそんな感じじゃなかったと思うんですよね。新入社員の時点ではきっと何かしらのやる気を持っていたはず。それがどうまかり間違って「働かない人」になってしまったのか。それまで「自分と彼らとは全然違う種類の人間」と思って(安心して)いたけど、たどった経路を知ってしまったら、意外と「他人事ではない」と感じてしまうのではないか……。
前置きが長くなったけど、そんな経験があったせいか、サレンダー橋本の『働かざる者たち』がめっちゃ響いたのです。
サレンダー橋本といえば、やる気のない社員を描く「意識低い系」として知られるマンガ家。2015年に読んだ「新社会人よ、窓際を目指せ」がとにかくインパクトありました。ギャグなんだけど、すごくリアリティがある。
そのサレンダー橋本による、『働かざる者たち』というタイトルのマンガ。「たぶん今回もやる気のない社員をおもしろおかしく描いた作品なんだろう」と思って読み始めたら……予想してたのとちょっと違ってました。
舞台となる会社は新聞社。編集だけでもいろんなセクションがありますが、もちろんそれ以外にも販売、広告、販売、校閲、印刷……などなど、まったく毛色の違う部署がひとつの会社の中に同居しているわけです。で、入社二年目の主人公・橋田が勤めているのはシステム部。
仕事を適当にこなしながら副業でマンガを描いている橋田は、あの手この手で仕事から逃げている他部署の社員たち……「働かざる者たち」に出逢っていきます。
同期の社員は会社の主軸として輝かしい実績をあげているのに、まったく仕事をせず、合コンばかりしている工程部の八木沼さん。
校閲部で毎日ウィキペディアばかり見て過ごしている、通称ウィキさん。
白昼堂々とスマホゲームに興じている、印刷部の山中さん。
こんな人たちが続々と出てくるのですが、このマンガは彼らを「笑い」の対象として描かない。それどころか、彼らがなぜ「働かざる者」になったのかという「闇落ち」の背景をきちんと描いているのです。そこにやられてしまった。
その「闇落ち」の背景というのがいちいち、(社員の平均年齢40歳以上の)現代企業で働く人にとって「ああーーーー…………」と感じさせるものなんですよ。ストーリーの都合ででっち上げたのではなく、現代人にとってちゃんと「腑に落ちる」ものになっている。めちゃくちゃ綿密な取材を重ねた上でこれを描いているか、そうでなければサレンダー橋本自身が思いっきりこれと似たような境遇にいるとしか思えない。
「このマンガから『これからの働き方』や『現代の企業社会の病理』を読み取ろう」とか高尚なことは考えずに、とりあえず読んでいろいろグサグサ感じてほしいと思っているのですが、それでも自分なりにこのマンガから学ぶところがあるとするならば、それは
「好きな仕事」「誇りの持てる仕事」をする
という、とてもシンプルなことのように思います。
テキストで書くとずいぶん青臭い印象になるのですが、このマンガを読んでいると「闇落ち」の最初のとっかかりって、そこから外れてしまうことなんじゃないか、としか思えないんですよ。
「いやいや何言ってんの、そんなの幻想でしょ」と言いたくなる人もいるでしょうけど、ある意味、そういうシニカルな態度を(愚直なほどに)取り続けてきたのが、ここに登場する「働かざる者たち」とも言えるわけで。
なんだか「闇落ち」の部分ばかり強調してしまったけれど、読後感はなんだかスッキリしている作品なので、ビビらずに読んでいただいて大丈夫です。
というわけで、サレンダー橋本『働かざる者たち』、すべての労働者、そしてこれから労働者になろうという人たちにもおすすめのマンガです。
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