村の穏やかな刻の中で生まれる人情 村野守美『草笛の季節(ころ)』

村の穏やかな刻の中で生まれる人情  村野守美『草笛の季節(ころ)』

 3年前に東京都と隣接した千葉県某市から同じ千葉県ながら茨城県に隣接した利根川沿いの田園地帯に引っ越した。
 隣近所にどんな人が住んでいるのかさえ、ほとんどわからない都市近郊と違って、田舎は人付き合いがなかなか濃厚だ。慣れるまではその濃厚さが面倒だったりするが、慣れてくると田舎ならではの人情に救われることも多い。
 今回は都会では味わえない土の香りがする人情を描いた短編連作マンガ、村野守美の『草笛の季節(ころ)』を紹介しよう。
 時代は昭和。舞台は港があって、山があって、渓流があって、温泉もあるどこか地方の集落。とくにモデルはなく、日本各地から断片を集めた架空の村だ。作者・村野守美の桃源郷なのかもしれない。
 村人たちは男も女も、働き者で、気取らず、適度に相手を思いやり、ほどほどにすけべ。これもまた作者の理想の人間像なのだろう。
 主人公は村に暮らす幼馴染のふたり、小学5年生のオサムと、中学1年生のタエである。学年はたった2つ違いだが、まだまだガキのオサムに対して、タエは思春期。精神年齢には結構な差がある。オサムは、ふくらんできたばかりのタエのおっぱいに興味津々だけど、タエのおっぱいを触るチャンスができても、子どもがお母さんのおっぱいにするように、ただ感触と匂いを楽しんでいるだけだ。
 そんなふたりを囲む人々のおだやかな暮らしが、四季の移ろいとともに描かれていく。

 季節は移ろっても、村の時間はなぜか止まっている。お正月は何度か過ごしているはずなのに、オサムは5年生のままで、タエは中学1年生のままだ。時が止まった小さな村で起きるのは、ほのぼのとした事件やちょっとエッチな事件ばかり。汚職だの殺人とは無縁の世界だ。
 都会から後妻にやってきた酒屋の美人妻が、義理の甥の大学生に手を出したとか。松茸がとれる秘密の場所を聞き出すために、女将が色仕掛けでじいさんに迫るとか、肝試しの最中、墓場でお楽しみ中のカップルをタエが目撃してしまったとか……。田舎で子々孫々が生きのびていくために、性の営みは欠かせない。タエは少し早くそれを知り、いずれはオサムも知ることになる。
 たまには、田舎の空気を吸いたくて都会人がやってきて村に変化をもたらすこともある。でも、彼らはやがて都会に戻ってしまう。都会では、ものすごいスピードで時が流れていて、時が止まったような村で起きたことは、やがて忘れられてしまうだろう。

 悪い人間がいないわけではない。例えば、鼻つまみ者の高校生3人組だ。3人は粋がってバイクを乗り回したり、制帽に生卵をすりつけてテカテカにしたり、精一杯悪ぶっている。とはいえ、それ以上の迷惑を村人にかけることはない。やがて卒業したら都会に出て行く運命。何年かしたら、田舎で悪ぶったことなんて忘れて、ごくごく平凡な市民になっていくのだろう。
 警察が絡む事件らしい事件がひとつあった。「ぴーひゃらどんどん」と題された秋祭りのエピソードである。
 その日は2年に一度の鎮守様のお祭りで静かな村はいつもとは打って変わった賑いを見せていた。神輿が村うちをまわり、浜下りをする。村うちの各家では門口で神輿に酒を振るまい、どこから湧くのか縁日の出店が並ぶ。
 そんな中に都会から刑事がやってくる。都会で事件を起こした男を追って来たのだ。男は3年前、母親を一人残して村を出ていったらしい。母親の家まで刑事を案内する駐在は、「今夜はおっかさんにこのこと知らせんで そっとしてやるわけにはいきませんですか」と言う。だが、刑事は「そんなこと いちいちかまっていられるか」と冷たい。(イーブックジャパン電子版第1巻86〜87P)
 櫓太鼓が始まって祭りも最高潮になったころ、狐面をつけた男が飛び入りで太鼓をたたき出す。狐面の男が叩く太鼓の音は、あの母親の息子・アキラが叩く太鼓と同じだった。「あれはアキラや」という村人に、アキラの母は「いいえ人違いです……」とつぶやく。本当の我が子なら母の前で狐面で顔を隠して太鼓を叩くことはないと。
 狐面の男は最後まで面をはずさない。アキラだったのか、別人だったのかは、読者の判断にゆだねられる。
 狐面のままの男を捕らえた刑事が「こいつはあと二年もしたら服役もおわって帰れるよ」と言うと、村の駐在は「そしたらまた祭りです」と応える。(同99P)
 都会と村との間に流れる時間の速さは違う。オサムやタエたちが味わう人情は、ゆっくりとした時間の中でしか生まれないものなのだ。

イーブックジャパン電子書籍版第1巻95P

 

【アイキャッチ画像出典】
『草笛の季節』村野守美 第1巻

記事へのコメント

草笛シリーズ好きです。単行本を揃えようと古本を集めてましたが、全て収録されてる電子版を買う方がお得でしょうね。各単行本のタイトル(『草笛のころ』『オサムとタエ』『早春の詩』『草笛の里』『花梨の実』『草笛の季節』)が電子版について無いのは構成が入れ変わってるからですかね。

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