マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第30回は[デブ編]、昭和のボクシングマンガの金字塔『あしたのジョー』(作:高森朝雄・画:ちばてつや/1968年~1973年)の名脇役・西寛一の登場だ。
西寛一と言われてピンとこなくても「マンモス西」ならおわかりだろう。主人公・矢吹丈の相棒的存在のデブである。……と書くと、「いやいや、西はガタイがいいだけでデブではないでしょ」という声が聞こえてきそうだ。確かに、まがりなりにもプロのボクサーとしてリングに上がったことがあるぐらいだからデブというのは語弊があるかもしれない。実際の見た目も肥満というほどではない。が、そういう体型の問題ではなく、キャラクターとして明らかに「デブキャラ」なのである。
西が初めて登場するのは、ジョーが鑑別所に入れられたときだ。大部屋の牢名主の座に君臨、手下連中に命じて新参者のジョーに集団リンチを仕掛けた。さすがのジョーも多勢に無勢でギタギタにされるが、夕食が配られると「めし‥‥お‥‥おれにも食わせろ‥‥」とゾンビのごとく立ち上がる。「こ‥‥こやつ‥‥不死身か‥‥?」と驚く西。しかし、手下連中がジョーの分を取り上げ、西に献上。そこから大乱闘になるのだが、そのときジョーは西のことを「ふとっちょボス」と呼ぶ。つまり、ジョーの目からも作者の意図としても西=デブと位置付けられているわけだ。そして、大乱闘が繰り広げられている間も黙々と(ジョーの分まで)食う西。この食いしん坊っぷりはデブキャラのそれである【図30-1】。
そこでジョーに左ジャブでKOされた西はすっかりボスの貫禄を失ってしまう。ジョーと一緒に特等少年院に送られたときには、教官はもちろん同室の先輩収容者たちにもヘコヘコと頭を下げる卑屈な態度に変身。が、媚びへつらった甲斐もなくジョーともども新入りリンチの洗礼を受けて気を失う。翌朝、先輩に叩き起こされるのだが、そこでも「やいデブおきろっ」とデブ呼ばわりされている。デカい体のわりに気弱(演技の部分もあったが)、おっとりした関西弁という属性からも、つい「デブ」と呼びたくなるのだろう。
少年院出所後は乾物屋で働きながら「マンモス西」のリングネームでプロボクサーをめざすのだが、そのトレーニングの擬音がまたすごい。縄跳びをすれば「ドカドカドッスーン」「ズズンドドドン」「ズシーンズシーン」「ドッタコラドッタコラ」、ロードワークで走れば「ドタドタドタ」「ドスドスドス」と、完全に“デブの音”なのである【図30-2】。一緒に走っていたジョーに「もっとピッチをあげないか」と言われて、「そないなこというたかて‥‥わ‥‥わいもう腹がへってもうて‥‥」と、いかにもデブキャラ的な発言をする場面もあった。
プロテスト時の計量では179ポンド(約81㎏)でヘビー級とされていた。今だとクルーザー級だが、重量級には変わりない。当時の日本はヘビー級の試合は実施されていなかったらしく、プロのリングに上がるにはミドル級に減量しなければならなかった。真夏にもかかわらず厚着して目出し帽にマフラーまで巻いてトレーニングに精を出し、晴れてデビューを飾る西。が、デビュー戦はまぶたを切って出血のためTKOという結果だった。
その後も勝ったり負けたりの平凡な成績。それでもめげずに頑張る西だったが、ある日、ジョーの腹筋を鍛えるため腹の上に乗った西に向かってジョーが言う。「それでもミドル級のリミットかよう‥‥ライトヘビー‥‥いやヘビー級ほどにも感じるぞ」。コーチする丹下拳闘クラブ会長・丹下段平も「わしの目にもヘビー級ほどに見えるぞ‥‥食事や水の量はこのわしがきびしく監督しとるはずなのにどういうこっちゃ」と疑いの眼差しを向ける。それに対して西は「わいのからだかっこうはどないに減量したかてもともとスマートになれへんよって‥‥」と弁明するのだった。
しかし、西の体重は確実にリミットを超えていた。それもそのはず、ジョーや段平が寝静まった深夜にジムを抜け出しては屋台のうどんを食べていたのだ(しかも2杯!)。「こ‥‥このにおいや‥‥たまらん」と言いながらズルズルとうどんをすする西の食いっぷりは見事【図30-3】。ところが、その現場をジョーに見つかり、ボディに一発食らう。「こんなところを見たくなかったぜ西‥‥」と言うジョーに、鼻からうどんを垂らしながら、「わ‥‥わいはあかん‥‥だめな男や‥‥」とうめくシーンは、いまだに語り草となっている。
その前の夕食シーンでも、こっそりパンに手を伸ばして段平にはたかれる“デブキャラしぐさ”を披露していた西。正直、ボクサーには向いてないのでは……と思いきや、力石の死後、自暴自棄になるジョーとは裏腹に、心を入れ替え大幅な減量に成功。別人のように引き締まった西は、6回戦で2連続KO勝利を収め8回戦へ進出する。しかし、その試合で右こぶしを傷めて以降、パッとした戦績を上げることができず引退。本格的に乾物屋の店員として働くようになるのだが、そこでもまたうどんを食べるシーンがある。
冬だというのに大汗をかきながら、〈ズルルルーッ〉〈あひい……あふっ〉と盛大にうどんをすする。よく見ると汗だけでなく鼻水も垂れている。大鍋からおかわりをよそって、〈ズズズ〉〈はふっはふっ〉ともう一杯。それこそグルメリポーターにスカウトしたいほどシズル感たっぷりで、見ているこっちもうどんが食べたくなってくる(西のうどんエピソードについては拙著『マンガの食卓』に詳述)。
ストイックなジョーとは対照的な愛嬌あるキャラクターで、公私にわたりジョーを支えた西。最終的には(もともとはジョーのことが好きだった)乾物屋の娘・紀子と結婚することになるが、結婚式でジョーのスピーチを聞く西の照れた様子と、いろんな思いを飲み込んだ紀子の硬い表情の対比が何とも切ない。そして、ジョーが世界王座を賭けてホセ・メンドーサと戦う日本武道館の観客席に、本来なら何をおいても駆けつけるはずの西と紀子の姿はない。この点について、ちばてつやは次のように語っている。
〈観客席にサチ(筆者注:ジョーが暮らすドヤ街の少女)がいてゲタをはいてコブシをふりあげていたら、ジョーの完全燃焼のジャマになる。要するに、子供たちとか、マンモス西とか、あたたかいキャラクターなんで、それを出すと話が生ぬるくなっちゃう気がしたんでしょうね〉(ちばてつや・豊福きこう『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』講談社/2010年)
普通の幸せをつかんだ西と、リングに命を懸けてまっ白に燃え尽きたジョー。無二の親友だった二人の道は、大きく分かれたのであった。