マンガの中のメガネとデブ【第9回】内海&黒崎(ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』)

『機動警察パトレイバー』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第9回は[メガネ編]、ゆうきまさみ機動警察パトレイバー』(1988年~94年)の名悪役・内海&黒崎コンビにご登場願おう。

 同作の舞台は(連載当時から見た)近未来。多足歩行式大型作業機械「レイバー」が普及した社会で、レイバーを使った犯罪に立ち向かう警視庁特車2課の活躍を描いたSFクライムアクションだ。とはいえ、アクションだけでなく日常的な描写も多い。特車2課第2小隊のレイバー「イングラム」のパイロット・泉野明(いずみ・のあ)を中心に、個性豊かな面々の群像劇であり、彼ら/彼女らの職業人としての成長を描いたお仕事マンガとも言える。何度もアニメ化、実写化された――というより、もともとメディアミックス的展開を前提に立ち上げられた企画であり、いろんな意味で時代を先取りしていたヒット作だ。

 さまざまな事件が折り重なるストーリーにおいて、全編通しての敵役のラスボス的ポジションにいるのが内海(下の名前は不明)である。巨大複合企業シャフト・エンタープライズの企画7課課長。別名・リチャード・王(ウォン)。手段のためには目的を選ばぬ男と言われるほど強引かつデタラメなやり口で周囲を振り回す。無邪気といえば聞こえはいいが、幼児的全能感を持ち続けているタイプ。自分にとって最高のおもちゃである新開発のレイバー「グリフォン」に、天才的操縦センスを持つ少年・バドを乗せ、特車2課に戦いを挑んでくる。いつもヘラヘラ笑ったような顔をしているが、メガネの奥の目は笑っていない【図9-1】。

 

【図9-1】ヘラヘラ顔に見えて目は笑っていない。ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』(小学館)5巻p84-85より

 

 メガネのフレームにも流行があるが、内海のメガネは当時としてはオシャレの先端を行くものだったように思う(アランミクリとかのイメージ)。「敵を欺くにはまず味方から」を地でいくような策士であり、黒縁のちに模様入りの太いセルフレームのメガネは(比喩的な意味での)素顔を見せない内海のキャラクターにピッタリだ。

 特車2課にとって厄介な敵であることは間違いないが、シャフト社にとっても扱いづらい存在だった。グリフォンを私物化し、会社に対する背信行為を平気でやる。問いただされてもはぐらかしヘラヘラしている内海にブチ切れた専務に殴られてメガネが吹っ飛ぶ一幕もあり。それでも「ひどいなぁこの眼鏡けっこう高いんですよ」などとへらず口を叩く。この煮ても焼いても食えない男に対抗できるのは、特車2課第2小隊の後藤隊長ぐらいのものだろう。実際、二人の電話越しの丁々発止の会話を8ページにわたって描いた場面は圧巻だった。

 受付嬢やバドの健康管理を担当する女医をカジュアルに口説いたり、香港で暗躍していた頃からの因縁の相手である女性警察官・熊耳(くまがみ)に対し臆面もなく「君を愛しているからだよ!」と言ってみたり、プレイボーイ的素質も十分【図9-2】。芝居がかった言動と軽いノリは、強烈な自尊心の裏返しでもある。

 

【図9-2】壊されたセルフレームに代わって3代目はコンビ型。ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』(小学館)20巻p30より

 

 それゆえ、その自尊心を傷つけたり、邪魔する者には容赦しない。「ぼかぁ死体を見るのが怖くてね。なるべく目の前で・・・・人死にがでないように努めてるんだ」という一見穏健派のようなセリフに秘められた冷酷さには震撼する。物語終盤、野明に「どうして笑っていられるんです?/こんなことをしてタダですむと思ってるんですか!?」と詰め寄られ、「こんなことだから楽しくて仕方がないんじゃないか!」と明るく答える内海は、人としてどこかが壊れている。しかし、だからこそ魅力的な悪役になったのだ。

 そんな内海の腹心の部下であり、汚れ仕事やバドの世話、さらにはバドが拾ってきた子犬の飼い主探しまで、内海のためなら何でもやるのが黒崎(下の名前は不明)だ。丸型の細いメタルフレームの奥に光る切れ長の鋭い目。ルックスどおりの冷徹さで、人を殺すことにもためらいはない。聞き分けのないバドを殴りつけ、「しつけの悪い野良犬だ。それ以上吠えたらこの場で絞め殺すぞ」とにらみつける氷のような視線は、それだけで気の弱い人なら心臓止まりそうである【図9-3】。

 

【図9-3】子供でも容赦なく殴る黒崎の冷徹な視線。ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』(小学館)18巻p170-171より

 

 一方、黒崎自身は内海の指令(というか意向)を忠実に遂行する忠犬だ。「世の中には思いもよらない事故ってもんがあるんだよ」と言われただけで、何をすべきかを理解する。内海が死体を見ずに済んでいるのもこの人のおかげ。無茶なことばかりする内海に呆れながらもついていき、きっちりフォローする。グリフォンをめぐって内海とシャフト社幹部が対立した際には、内海の策略に自分も騙されることになった。その真相を明かされてソファにへたり込み「あなたはひどい人だ」と言う表情は、バドに向けたそれとは別人のようで、どこかうれしげでもある【図9-4】。最後には内海が執着する熊耳に嫉妬しているかのような態度すら見せる。その関係にはちょっと、いや、かなりのBL臭を感じずにいられない。

 

【図9-4】この表情にこのセリフ。腐女子的には妄想の捗る場面だろう。ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』(小学館)18巻p62より

 

 陽の内海と陰の黒崎。タイプは違うが切れ者コンビのキャラクターをメガネが象徴している。二人のメガネを取り替えたら、まったく似合わないだろう。それはもちろん二人の顔型にもよるわけだが、ルックス、性格、ファッション(小道具)を含めたキャラクター造形の妙には脱帽するしかない。

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