高橋よしひろ×宮下あきら、青春時代を語る。横手市増田まんが美術館リニューアル記念イベントレポート

写真/高橋鈴奈 森田明日香

銀牙 -流れ星 銀-』の高橋よしひろと、『魁!!男塾』の宮下あきらが師弟関係にあることをご存知だろうか。「ご存知だろうか」と言っておきながら、実は自分も知らなかった。てっきり本宮ひろ志の弟子が宮下あきらだとばかり思っていたのである。しかし実際は、本宮ひろ志の弟子が高橋よしひろ、そして高橋よしひろの弟子が宮下あきらなのだ。その師弟二人のトークショーが、2019年5月にリニューアルオープンした「横手市増田まんが美術館」で開催された。二人が懐かしい青春時代を語り合った、そのトークの模様をお届けする。

バンドマンからマンガ家へ

高橋 僕と宮下先生、とりあえずは師弟関係になるんだけど、年は一緒なんです。だから、今日は宮下先生と呼ぶことにします。

宮下 恐れ多いこと言わないで(笑)。

高橋よしひろ(左)

高橋 プロになったのは僕のほうが早いんですけど、彼は連載開始からいきなりヒットを飛ばして、あっという間に僕を抜いていっちゃったので大先生なんですよ(笑)。さっきチラッと聞いたんだけど、最初に持ち込みに行ったのは集英社じゃなかったの?

宮下 講談社に、それこそ矢口高雄先生の『釣りキチ三平』が全盛の頃の少年マガジンに持っていったんです。そこで初めて矢口先生の原稿を見て、ワーッと思ってひっくり返りましたね。そのあと集英社に行って、高橋先生のところに入ったんです。先生が『悪たれ巨人』という野球マンガをやってる頃。

高橋 宮下先生が最初にうちに来たときに、いきなりとホウキとちり取り持って、「先生、事務所が汚いですね。掃除しましょうか?」って言うから、「こういうアシスタントはいいな」と思った(笑)。でも「いや大丈夫だよ」と返したら、「あ、そうですか」と言ったきり、それから全然掃除しなくて(笑)。

宮下 最初だけ(笑)。

高橋 あの頃は修学旅行気分だったよね。アシスタント入れて男が4、5人いて、一緒に雑魚寝してたから、アシスタントというよりも修学旅行の仲間みたいだった。

宮下 高橋先生、寝ると本当に起きないから、アシスタントみんなで足引っ張って、廊下でぐるぐる回したりして(笑)。それでも起きなかった。

高橋 宮下先生は体も大きくて力もあるし、俺は相当引きずり回されたらしいんだけど、あんまり記憶にない(笑)。宮下先生は俺の真似をするんじゃなくて、当時から全然違った絵を描いていたよね。あの頃、どんな先生が好きだったの?

宮下 やっぱり本宮ひろ志先生ですね。

高橋 でも最初は、どおくまんみたいな絵を描いてたよね?

宮下 『嗚呼!!花の応援団』とか。

高橋 そうそう、あんな絵を描いてた。僕は『白い戦士ヤマト』というマンガを月刊少年ジャンプで描いてたんだけど、そのときに闘犬場の観衆を宮下先生が描いてたの。そしたら編集から描き直しが来たのよ。「この観衆は作品に合わない! 誰が描いたんだ!」と言われて。それで俺もよく見てみたら、観衆がみんなヤクザみたいなの(笑)。

宮下 それで「二度と宮下に観衆を描かせるな」ということになって(笑)。

高橋 でも宮下先生って、昔はスタイル良くて背も180cmあって、田村正和も顔負けのイイ男だったんだよ。ギターもできるし。もともとバンドマンで、キャバレー回りをしてたんだよね?

宮下 そうですね。

高橋 聞いた話によると、マネージャーがお金を持ち逃げしてしまって途方に暮れて、それでマンガ家になろうと思ったと。

宮下 俺は今でも(高橋のことを)「先生」って慕ってるけど、先生とアシスタントがああいう付き合いをする時代は、あの頃が最後でしたね。今は完全に職業化したアシスタントになってますから。

高橋 だってあの頃、お金もあんまりもらえてないのにアシスタントはいっぱいいてさ。野球チームくらいのアシスタントがいたりしたこともあったから。それでみんなにお金払ったら、俺は全然儲からないよね(笑)。

宮下 俺たちも「教えてもらう」という気持ちでやってましたから。

高橋 でも何も教えなかったでしょ? 「見て覚えろ」というスタンスだったから。「自分の絵の真似をしろ」みたいなことは一切言わなかったと思うし。だからみんな独自の絵を描いていたんだよね。今日、本当は原哲夫も来るはずだったんだけど、原くんもうちに1年か1年半くらいいたのよ。でも彼にはアシスタントに来た時点で編集がついてたから、「なんで俺のところに来たの?」と聞いたら、「編集者に『一番影響を受けないマンガ家だから』と言われました」だって(笑)。「でも描くペースは早いから、高橋よしひろのところに行け」と言われたと。劇画で週刊連載をやるとなると、早く仕事ができるようなマンガ家にならないといけないから。彼も宮下くんみたいな絵を描いてたよね。

宮下 いや、俺が真似してた(笑)。

犬はアシスタントまかせにしない

高橋 宮下先生のところはどういうシステムで仕事してるの? 自分で全部は描かないでしょう?

宮下 高橋先生と同じです。鉛筆で下書きして、先生がペンで主人公の顔を入れたりして、背景とかはアシスタントにまかせてたじゃないですか。あれと同じですね。完全に高橋先生のときのやり方で。

高橋 うちはアシスタントが犬を描けないから、小さい犬でも俺が全部下書きをする。それでもペン入れさせると、ちょっと犬の体型が人間っぽくなったりして。

宮下 犬を描くのって本当に微妙なんですよね。

高橋 だからいまだに大半はペン入れしてる。本当は「目と鼻を描いたらあとはアシスタントに渡す」みたいなやり方がうらやましいんだけど(笑)。でもみんな、本当にそれぞれ自分のカラーを活かして巣立っていきましたね。

宮下 先生、いろんなところに連れてってくれましたよね。後楽園球場でやった、ピンクレディーの解散コンサートとか(笑)。

宮下あきら(右)

高橋 そう言えば、僕は車が好きだからみんなに免許取らせたのね。当時はフェアレディZが一番かっこいいと思ってたのよ、Zに乗ってるときに、夜中にラーメン食べに行ったじゃん。

宮下 野方に。

高橋 そのとき、環七の脇にガソリンスタンドがあって、通りすがりに宮下先生が「ポルシェだ! ポルシェだ!」って言うわけよ。それで「えっ、ポルシェって、何?」となって。当時、ポルシェ知らなかったの。宮下先生はもともと東京の人間だからいろんなことを知ってるわけよ。「これ、すごいんですよ!」とか言ってて。それから2、3年して……。

宮下 先生、買いましたもんね(笑)。

高橋 ポルシェ買った(笑)。そしたら本当にすごかった。あの頃はお金が入ったら全部使っちゃってたね。野球やったあとにキャバレー行ったりして。

宮下 全部高橋先生持ちで、勝っても負けても打ち上げでしたから。

高橋 独身だったからね。

宮下 野球もよくやってましたよね。マンガ家のリーグ戦があって。アーチストリーグ。

高橋 そこで優勝したんだけど、あれはズルしたんだよね。大学生3人に頼んで、ピッチャー、キャッチャー、サードをやってもらって。

宮下 江川卓の弟(江川中)が来たって言ってませんでした?

高橋 あれは本宮チーム。でもアーチストリーグって、水島(新司)さんのボッツを始め、十何チームあった。それで優勝したからたいしたもんだよ? 宮下くんはよくギターも弾いてたよね。ギターはもうプロ級だったから。当時、吉田拓郎が好きで、事務所で2人で『夏休み』歌ったりね。

宮下 大好きでしたもんね。

高橋 「ペニーレインでバーボン」とかね。それと、事務所で相撲とってたら、下から親父が怒鳴ってきたこともあった。それで「よし、デカいやつを出せばいいや」と思って、宮下くんに出てもらったら「すいません、すいません」って謝ってるんだよね。俺、あれ見て「意外と虚勢張らない、優しい男なんだな」と思った。いろいろあったけど、でもあのときの生活、けっこうそれなりに楽しかったでしょう?

宮下 楽しかったです、ええ。何やっても楽しかったですよ。

トークショー後、サイン会が行われた

リニューアルした横手市増田まんが美術館をちょっと紹介

秋田県にある横手市増田まんが美術館は、1995年にオープンした日本で初めてのマンガに特化した美術館。名誉館長は『釣りキチ三平』の矢口高雄氏。今年の5月にリニューアルオープンしました。横手市といえば、横手やきそばが有名な土地ですね。ババヘラもあちこちで売ってます。

エントランスをくぐり抜けると、名作マンガのコマを拡大した「マンガウォール」がお出迎え。ミュージアムショップも併設されています。

館内はとにかくマンガにまつわる演出があちこちに施されていて、たとえば休憩用のイスがこんな感じだったり。

廊下を歩くと、どこかで聞いたことのある名台詞がズラリと並んでいたり。

さてトイレに行くか…と思ったら、トイレのピクトグラムが『釣りキチ三平』の三平とユリッペになっていたり。

入ったら床のタイルが水音を表す擬音になっていたり。

個室に入ると、おおひなたごう先生による「ハメ絵で都道府県」シリーズの絵が飾ってあったり。

トイレの話ばかりしてしまった。要するにそれくらい細部までこだわったミュージアムだということで。

常設展示室では、田河水泡水木しげる赤塚不二夫モンキー・パンチバロン吉元本宮ひろ志高橋留美子あだち充車田正美などなど、74名の作家の原画が、スロープにズラリと展示されています。

「マンガの蔵」と呼ばれる部屋には、現在収蔵中のマンガ原画を保管。原画はコミックスよりも解像度の高いスキャニングでデジタルアーカイブ化され、その一部を閲覧することができます。マンガの原画自体、コミックスより大きくて迫力があるのですが、それをさらにデジタルで拡大表示させたときの圧倒的な迫力は、今までに感じたことのない体験でした。会場に行った人は絶対に拡大表示を試してみてほしい。

特別展示室では現在、特別企画展「ゲンガノミカタ」を開催中(2019年7月7日まで)。同館が収蔵する原画を展示しながら、「原画と印刷どう違う?」「マンガの原稿用紙とは?」「描線から感じるマンガ家の息吹」「手仕事が動かす様々な効果」「スクリーントーンは貼るだけじゃない!」「ホワイトでつけるアクセント」など原画の鑑賞方法をポイントごとに解説しています。

なお、7月6日からは「鋼の錬金術師展」が開催予定です。

 

記事へのコメント

古き良き漫画家の師弟関係が、今も良好に続いているのがいいですね。寝てるところを起こすのに引きずり回した話には笑いました。
また美術館の細部まで凝った仕掛けに感動しました!とくにトイレ!自分は男性トイレには入れないので、この写真はとても貴重です。

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