『谷口ジロー 描くよろこび』刊行記念イベント 久住昌之×竹中直人 「ぼくたちと谷口ジロー」

写真:ただ(ゆかい)

昨年10月、谷口ジローの魅力に迫る一冊『谷口ジロー 描くよろこび』が平凡社より刊行されました。

刊行を記念し、トークイベント「ぼくたちと谷口ジロー」を開催。イベントには、マンガ家の久住昌之さんと俳優の竹中直人さんのお二人が登壇し、谷口ジローさんという存在、谷口作品の魅力について語り倒しました。今回、マンバ通信ではそのトークの内容をお届けします。
※2018年12月26日、下北沢B&Bで行なわれたトークイベントの内容を再構成したものです

 

竹中さんは早い時期から『かっこいいスキヤキ』を評価してくれていた人

久住 さっき楽屋で谷口さんの話になりそうになると、「やめよう」と言って。

竹中 ここで話さなきゃいけないからね。

久住 そうですね。僕、竹中さんと最初に会ったの、1984年なんです。有楽町マリオンが出来たとき、そこで会いました。

竹中 そこで偶然ってこと?

久住 いや、糸井重里さんが「夕刊イトイ」というイベントをやっていて、そこに呼ばれて行ったの。そしたら竹中さんもゲストで来たかなんかで会って、そのときにはすでに僕のマンガを読んでいましたね。

竹中 もう大好きでしたから。泉マサヒデ。

久住 泉昌之(笑)。

竹中 泉マサヒデじゃない。それは僕の友達だわ(笑)。

久住 僕のマンガを読んでたことにはびっくりしましたね。だけど、もっとびっくりしたのは、竹中さんが『さんまのまんま』に出たときに、明石家さんまさんに『かっこいいスキヤキ』を渡していたという話です。これ、つい最近知り、驚きました。

竹中 そう、『かっこいいスキヤキ』がたまらなく大好きで。

久住 81年にデビューして、83年くらいに単行本が出て、84年に会っているわけだから。まだ最初の1冊が出たくらいのタイミングで「すごい面白いです」と言ってくれた数少ない人ですね。

竹中 僕は『豪快さんだっ!』も大好きで、深夜番組であれを真似て、斉木しげるさんに豪快さんをやってもらいましたもん。

久住 やってもらったんだ(笑)。全然知らなかったけど、そのあたりからつながりはあったんだ。

竹中 そう考えるとずっとありますね、うれしいです。

「先生にくだらないマンガ書かせやがって」と言われた『孤独のグルメ』

久住 谷口さんとのことで言うと、『孤独のグルメ』というドラマが始まるずっと以前に、竹中さんが「やりたい」と言ってくれてたんですよね。

竹中 20年くらい前から、監督として。

久住 主演のつもりもあったんですか?

竹中 そんなつもりも……『無能の人』の映画もそれなりに評価されて、勢いもあったし、若かったし。

久住 『無能の人』の後ですよね。

竹中 そうです。当時、いろいろと企画を出していて、その中の一つが『孤独のグルメ』でした。

久住 『孤独のグルメ』のどのへんがいいと思ったんですか?

竹中 だって面白かったんだもん。それだけですよ。毎回毎回いろんな町に行くという設定もすてきだったし、自分の勘で店を見つけたりする、その男の姿がまさに『孤独のグルメ』といった感じで、ハードボイルドだったじゃないですか。あっ、谷口さんの初期の頃はハードボイルドですよね。

久住 谷口さんの作品は映像化されているものもありますが、竹中さんが一番最初に俳優として出演した谷口作品ってなんでしたっけ?

竹中 『事件屋稼業』です。劇画タッチの作品でした。

(『事件屋稼業』より  関川夏央・谷口ジロー/双葉社)

久住 『孤独のグルメ』とは全然違うハードタッチの頃の作品ですね。今回出版された『描くよろこび』の最初のほうににも出てますね。このときはテレビドラマで?

竹中 テレビシリーズで。主演は寺尾聰さんで、僕は寺尾さんと仲良しのマル暴の刑事。いい加減な奴なのですが、深いところで繋がってる役でした。

久住 『事件屋稼業』から、テーマは違うにせよ、ここまで全面的に絵柄を変えられるのが驚異的です。静かな感じになるのは「坊っちゃんの時代」というシリーズあたりですね。マンガ的な速度表現や大袈裟さを抑え、静謐になっていった。賞を取って、みんなにすごく評価されて、その後『孤独のグルメ』のマンガをやることになったんです。そしたら、他の編集者に「あの谷口先生にこんなくだらないマンガ書かせやがって」と、言われたりもしましたね。

(『「坊っちゃん」の時代』より 原作 関川夏央・原作 谷口ジロー/双葉社)

竹中 いや、くだらなくないじゃないですか。ちゃんと切なさもあったし、誠実な男の空気感もすごい漂っていたし。すてきなマンガだ。そいつ誰だ! ちょっと今呼んでこい、いるんじゃないのか。ぶっ飛ばしてやる(笑)。でも、俺「くだらない」って言葉は大好きだけど、その人はいい意味で言ったわけじゃないですもんね。

久住 「こんなくだらないやつ」と言われて寂しかったけどね。だから、この作品が外国で翻訳されるようになったときは、その編集者に対して「ほら」って思いました(笑)。

竹中 「見返してやった」って。

久住 谷口さんが「結局、僕の本で一番翻訳されているのは『孤独のグルメ』です」と言ってました。今、10カ国で翻訳されているんですよ。今年はポーランドでも訳されていて。

竹中 それすごい!

久住 ポーランドの人が高崎駅前焼きまんじゅう食べる話とか、どうなんだろうっていう(笑)。

竹中 読者は自分なりにイメージしたポーランドの田舎町の路地とか、そういうのを思い出すんじゃないですか。

久住 そうでしょうね。谷口さんの絵は、外国の人が見てもわかりやすいのかもしれないですね。マンガっぽいデフォルメとかがあまりなくて、すごく普通の絵なんです。

竹中 でも町の風景など、谷口作品は描写がすごいですよね。

久住 谷口さんは、「背景」と「主人公」と「食べ物」を同列に描いているんです。そこが他のグルメマンガとは全然違うところかなと。

竹中 でも、グルメマンガを始めたのは久住さんじゃないですか。

久住 いやいや、そんなことはないですよ。『美味しんぼ』とか、『包丁人味平』とか。

竹中 あっ! 本当だ! そんなことなかったか(笑)。

久住 僕が『孤独のグルメ』を描いたときは、五つ星やミシュランなんかが出はじめた頃で、まだ世の中にバブルっぽい雰囲気が残ってましたね。そういう雰囲気のものを担当編集者がすごく嫌がっていたの。「ああいうのじゃない食べ物マンガを描きたいんだ」と、僕に言ってきて、「絵は誰にするんですか?」と聞いたら、「谷口ジローさんとやりたい」と言って。                           
竹中 谷口さんとはどこでお会いしたんですか?

久住 国分寺にある「ほんやら洞」という喫茶店。70年代の終わりから何も変わっていない内装で、空気も変わっていない感じ。そこで谷口ジローさんと打ち合わせをしたんです。担当編集者たちが『孤独のグルメ』を絶対に谷口さんでやると決めていたのでお会いしたんだけど、谷口さんが「久住さんんは泉(晴紀)さんという人といつもやっているんだから、泉さんとやれば。なんで僕なんですか?」と言って、俺も答えに困っちゃって。

竹中 だって編集者の人が決めたことだからね。

久住 もう編集者が僕に何も言わせない感じで「いや、谷口さんじゃないと駄目なんです」と高圧的だし、ずっと困惑してました。それに、僕はてっきり『事件屋稼業』みたいなハードなタッチで食べ物マンガをやったら面白いかもと思ってたんだけど、実際は静かな方の絵だったので、正直最初のうちは「これってみんな面白いのかな?」って思いました。後になって知ったことなんだけど、谷口さんもすごく一生懸命描きながら、「面白いのかな、これ?」って。連載3回目までは疑問を持っていたそうです。そういえば、竹中さんもほんやら洞に通ってたんですよね。

竹中 そう。まだ多摩美の学生だった頃で、敷居の高い店でした。当時、芸大2浪して多摩美に入って、家を出て一人暮らしを始めるときに、国立は清志郎さんの街だし絶対住みたいって思っていたんだけど、家賃が高かったので国分寺の12,000円のアパートに住んだんです。その頃見つけた店がほんやら洞で。

久住 へえ、大学生のとき?

竹中 もう42年のお付き合いです。当時は本当に個性的なおじさんが多くて。今も全然変わらないですよ。このおじさんたち何を話しているんだろうって観察していても楽しいくらいのちょっと変で素敵なおじさんばっかりがカウンターに座っています。

久住 何してんだろうって人いるよね。

竹中 本当にいますね。時代があの頃のまま止まっているような人たち……。

久住 ああいうのを見ているの面白いんですよね。でも、いつの間にか俺がそうなっているんだろうね。「なんなの、あの人」っていう。

竹中 俺、いつも「なんあの、あの人」って言われます……。

久住 最近、『古本屋台』というマンガを描いたんです。屋台の本屋が駅前に出来て、焼酎の白波のお湯割りを1杯100円で出している。だけど「おかわりください」と言うと、「うちは飲み屋じゃないんだよ」と言って出してくれないという、理不尽なおやじがやってて。でも、みんなそのおやじが好きで、夜な夜な集まっているというお話なんですけど、そこにいてほしいですよね、お客として。

竹中 いたいですね。

久住 古本屋のおやじというよりは、「あの人何やってんだろう」っていう。

竹中 谷口さんはどんな雰囲気でした?

久住 静かな感じで。谷口さんが声を荒らげたところなんて見たことないし、いつもニコニコしていて。飲んでいても穏やかでね。怒るとどうなるんだろう(笑)。

竹中 一緒に生活しているわけじゃないから、それは絶対見たことないでしょ(笑)。

久住 アシスタントの人に「谷口さんってどんな感じでした?」って聞いたことがあるけど、別に何も言わないんだって。だけど、谷口さんってものすごく絵がうまいでしょ。アシスタントさんに「これ描いておいて」とお願いするのはいいんだけど、特に何の指示や指導もしないで帰っちゃうんだって。アシスタントさんはそれを谷口さんレベルで仕上げるよう、自力で頑張らざるを得ない状態で取り残されるわけ。優しいんだか厳しいんだかわからないよね。

竹中 自分でもすごい細密な風景画をたくさんお描きになっていますものね。

久住 それはもう、とにかく素晴らしいです。色も、タッチも、正確さも。カラーの表紙の原画を見たら、みんな本当に驚くと思います。

(次ページに続きます)

フランスで映画化された『遙かな町へ』

久住 大好きな作品のひとつに『遥かな町へ』というのがありまして、これはいわゆるタイムスリップものの傑作なんですね。今日この話をすると思って、久しぶりに読んだんですが、大感動です。読みはじめたら止まらない。仕事にならない。トイレにも持って入った。

竹中 谷口さんの出身地、鳥取が舞台ですよね。

久住 そこで中年男性の主人公がお墓参りをしていたら、急にフラフラっときて、14歳の頃に戻ってしまう。しかも中年の精神のまま戻るんだよね。主人公の父親はちょうどその頃に家出して、いなくなってしまうんです。主人公はお父さんがいなくなる日もわかっているわけで、なんとかお父さんが家出しないようにできないかとする話だけど、これが面白いんですよ。

(『遙かな町へ』谷口ジロー/小学館)

竹中 僕も10年くらい前にこの作品に出会いました。

久住 この作品って、主人公のキャラクターがすごくいい。おじさんが若くなっていくんだけど、中身はおじさんだから友達の家でウイスキーを飲んだりして、みんなびっくりされる。ケンカになったとき、相手にコブラツイストをかけたり。相手はびっくりして「さっきのなんなんだよ」って聞くから「コブラツイスト」「今にアントニオ猪木がやるんだよ」って答えるんだけど、みんなはポカンとしてる。そういう谷口さんにしては、ドタバタコメディっぽいところが出てくるんですよね。自分は中学生なのに、現実の年齢に近い水商売の女の人にときめいたりする。こんな話すと最近はすぐ「ネタバレ」とか言われるかもしれないけど、ホントにいい作品っていうのは、ネタバレくらいで、面白さはビクともしないんだ。実際読んだら「ええ? ええ?」ってなると思う。

(『遙かな町へ』谷口ジロー/小学館)

竹中 詳しい内容は読んでからのお楽しみにしていたほうがいいかもしれないですね。

久住 竹中さんはこれを映画化したいとずっと言っていて、僕も絶対やってほしいなと思うんですが、先にフランスで映画になっちゃっているんですよね。

竹中 見ましたよ。

久住 谷口さんが描いた学生服の野暮ったい田舎の子どもを、ものすごいおしゃれなフランス人の美少年と美少女が演じているんですよ。

竹中 うれしかったのが、作品の中では主人公が48歳という設定だったでしょう。だけどフランスの映画では、60過ぎた売れないマンガ家という設定だったんです。しかも、めちゃくちゃハゲている俳優が演じていて、「あ、俺でもできるじゃん」って思いました(笑)。

久住 いや、できると思いますよ、全然。

竹中 ですね! 60歳が14歳に戻るというのは、48歳に比べるとよりドラマ性が深いじゃないですか。その映画を観ながら自分なりに興奮していました。

久住 谷口さんは、本当に自分の描きたかったところと違うところが、主題になっていたのがびっくりしたと言っていましたけどね。違う感じでした?

竹中 ちょっと違う感じでした。みんなそれぞれいろいろな価値観があるから、「あれ?」という人もいるだろうけど、映画は原作と違って当たり前なところもあるし、映画は映画で別のオリジナルと考えたい思いもありますからね。

久住 今年、ヨーロッパで『孤独のグルメ』の1巻と2巻を合体した本がでるんですが、これが日本とは違ってハードカバーの本なんです。それがすごくかっこいい。

竹中 日本じゃ手に入らないの?

久住 なかなか手に入らないですね。

竹中 フランス語で書いてあるんですよね。うわぁ〜読めないけど見たい!

久住 外国で日本のマンガを出すというのは、実はものすごく大変なんです。どうしてかというと、日本はセリフを縦に書いて、欧米は横に書くので、日本と欧米では本の開きが逆なんです。だから、外国で日本のマンガ本が翻訳されるときは絵を反転(裏返し)させてセリフをのせていくので、登場人物の利き手が左利きになっちゃうんです。

竹中 なるほど。

久住 谷口さんは2巻を描くとき、セリフが縦にも横にも描けるように吹き出しをほとんど丸に描いていました。

竹中 すごい! 全く知らなかった。

久住 そういう作業が大変なのに、谷口さんの作品はたくさん翻訳されていてすごいですよね。

竹中 だって『遥かな町へ』が映画になるくらいですから、フランスでの評価は圧倒的なんだろうなと思います。

久住 フランスで映画にしたら3年間はどこの国でも映画にしちゃいけないという契約があったみたいだけど、もう時間が経っているから、竹中さんやってくださいよ。

竹中 是非やりたいですけどね。

久住 この本がもっと売れないと駄目なんだよね。

竹中 そういう保証がないと駄目な世の中ですね。

久住 でもすごいですよ、これは。

竹中 素晴らしいですね。つげ義春さんもヨーロッパからものすごくラブコールをもらったらしいんですが、そういう欲が一切ないから全部お断りしてたみたいです。

久住 つげ義春といったら、竹中さんにとっては『無能の人』が監督デビュー作ですよね。

竹中 それを思うとなんだかすごいですね。

久住 あれは僕も感動しましたね。

竹中 僕の友達たちの間では「この作品を映画に出来たら絶対すげーな」と話していたけど、最初に企画を通すときには「何を言いたいのこれは?」と言われました。

久住 僕は竹中さんがやると聞いたとき、初の監督作品だったからすごく心配してたけど、みんな「良かった、すごく良かった」って言ってました。自分の作品のように嬉しかった。本当によかった。

竹中 34歳のときですもん、わたし。一人のプロデューサーが、「これは素晴らしい」と言ってくださって、『無能の人』を実現できたんです。懐かしい思い出です……。

久住 やっぱり谷口ジローさんの作品もやらないと駄目ですね。

竹中 やりたいですね。この作品を映画化出来たら、本当にうれしいですね。日本での映像化は夢です。

谷口さんのマンガは文章と会話だけじゃなく、背景にも泣かされる

竹中 夢枕獏さんの『神々の山嶺』も超大作でしたね。

久住 あれは谷口さん以外描けない作品ですね。山が主人公みたいに描き込まれていて。後半、読んでいて頭の中にオーケストラとパーカッションの音とか聞こえてくる。♫ザン、ツザン、ザンッ

(『神々の山嶺』原作 夢枕獏・作画 谷口ジロー/集英社)

竹中 うわあ、今、映像が浮かんできて感動しちゃいました。

久住 あれ、夢枕獏さんの小説とエンディングが違うんですよね。

竹中 違うんですか?

久住 谷口さんが夢枕さんに「最後変えちゃってもいいですか?」と聞いたら、夢枕さんは「いやもうやってください、やってください」と仰ったみたいです。夢枕さんは、谷口さんに描いてもらって救われたと言っていましたね。

昔、谷口さんと僕と川上弘美さんで飲んだことがあるんです。そのときに、谷口さんが「『センセイの鞄』描きたい」と言ったら、「いやもう描いてください! 谷口さんなら描いていただきたいです」という流れで描いてもらったんですよね。その後、川上さんは谷口さんによって描かれた『センセイの鞄』を読んで、「こういうことだったの」って思ったんだって。自分が書いていない風景が全部描かれていたから「私、こういう作品を書いてたんだ」って。

竹中 小説に絵はないわけですからね。

久住 唖然としながら感動したと言っていました。僕は、主人公が先生と別れて空を見たら、星がいっぱい出ていたというシーンがあるんだけど、その星空がすごい切ない感じに描かれていて、そこで「ああ、すごいな。背景に語らせているな」と思いました。文章と会話だけじゃなく、背景にも泣かされるんです。

(『センセイの鞄』原作 川上弘美・作画 谷口ジロー/双葉社)

竹中 柄本明さんと小泉今日子さんがやったテレビ版の『センセイの鞄』に、僕は変なおやじとして出ています。

久住 飲み屋にいる感じですか?

竹中 そうです。新聞を広げて。TBSの巨匠演出家の久世光彦さんに「どうしてもここの変なおやじ役は、お前にやらせたいから」と言われて出ていますよ。

久住 面白いところでつながっていますね。谷口さんが川上さんの小説をマンガで描いて、そのドラマ版に竹中さんが出ているというのは面白いですよね。

竹中 久世さんが、僕が何をやっても「自由にやってくれ」といって。僕は監督の言うことをよく聞く方なんですが、よく監督が「何か面白いことをやってくれ」ということが多いので、「いいんですか?」と言ってやるんですけどね。いや、静かな役もいっぱいやっているんです。でもね、変な役のほうが目立つ。まあ僕の話はいいです。とにかく『遥かな町へ』は映画にしたいと10年以上思い続けてきたってことですね。

久住 10年以上思い続けてるなら、そろそろ実現するんじゃないですか。

竹中 そろそろなってほしいです……!

久住 『孤独のグルメ』をドラマ化した人は8年くらい言い続けていたと言っていました。20冊くらい買って、いろいろな人に配って「これをやりたいんだけど」って。

竹中 そういうのは僕も常にありましたよ。だって、俺、『かっこいいスキヤキ』『天食』『豪快さんだっ!』とか「これやりたいんだけど」って、いっぱい配ってましたから。

久住 ありがとうございます(笑)。

竹中 最近だと、大橋裕之さんを配っています。下北にまだレコファンがあった頃は、まるでフィッシュマンズの伝道師のように、「フィッシュマンズ知らないんだ。じゃあ買ってくる!」と言って、いつもレコファンでフィッシュマンズばっかり買って友だちに渡していた頃もありましたし、けっこう僕も配りますよ。でも、『遙かな町へ』を配るにはちょっと厚いので、10冊くらいしか配っていないかもしれない。でも、みんな「お! 谷口ジロー」と言ってくれるので、やっぱり『孤独のグルメ』の影響はすごいなと思いました。

新しい手法で描かれた夜の風景に感動

久住 『孤独のグルメ』の後、通販生活で『散歩もの』という連載をすることになったんですけど、担当の女の人が、谷口さんのところに第1回目の原稿を取りに行ったんですって。とりあえず紙の袋を持っていって、万が一袋がなかったらこの紙袋に入れて持ち帰ればいいやって軽い気持ちで行ったら、まず原稿用紙が特注で大きいうえに、谷口さんって顔の影にスクリーントーン貼って、さらに削って、さらにもう少し薄いトーンをかけてとか。背景だと3重くらいに貼っている原稿がざらにあるから、原稿もらったときに、ズシっときたらしく、これは大変なものだと思ったそうで。駅前の文房具店からカルトンケースを買ってきて、それに入れて、ヒヤヒヤしながら帰ってきたって言ってました。

(『散歩もの』より 原作 久住昌之・作画 谷口ジロー/扶桑社)

竹中 だって希少な絵画を預かっているようなものですものね。

久住 あと、実はよく見ていると毎回必ずこれまで描いていない新しい手法をほんの少し入れてくるんです。例えば、夜の散歩をするシーンがあったんだけど、マンションや一軒家の玄関とか、ぼんやりと暗くなっているのが、見たことない手法で克明に描いてあって、こんな夜を描いた人はいないなと感動をしました。谷口さんの絵で一番驚いたのはそれですね。遺作となった『光年の森』にもすごく新しい手法を出しています。この本にはかなり全時代が網羅されている。

(『散歩もの』より 原作 久住昌之・作画 谷口ジロー/扶桑社)

竹中 線がすごいですよね。

久住 そういえば『散歩もの』の単行本用の表紙をお願いしたとき、ものすごく細かくてきれいな表紙絵を2枚も描いてきてくださって、「これ、どっちでもいいです」って言うんです。しかも、その絵にカバーとかつけないで、喫茶店でそこ濡れてんじゃないかというところに置くんですよ。

竹中 し、下、ぬ、ぬ、濡れてるのに?!

久住 編集者があわてて「ちょ、ちょっと待ってください。今拭きますから!」って。

竹中 それ試されたんじゃないんですか? わざと濡れてるところに置くのを、こいつら止めるか、止めないか。どこまで俺のマンガに真剣かというのを身をもって見せようとしたんじゃないかしら? 違うかな(笑)。

久住 いや、そういう人じゃなかった。正直な人でした。しかも、全然印刷されない外側のところまで背景が描いてあって、よく見ると表紙サイズの位置にうっすら線が描いてあるんです。「ここまでしか入らないですけど」と言ったら、谷口さん「そうですね」って(笑)。

竹中 素でお茶目だったという感じですよね。

久住 あと、谷口さんのことをマンガ家として本当にかっこいいと思ったのは、みんな完璧なマンガを描いていても、単行本になるタイミングで、連載時に時間がなかったところとか、雑誌掲載後に気づいたミスを必ずちょこちょこ描き直すんです。これってみんなやることなんだけど、谷口さんはそれを一切やらないんです。一切やらないで、「描き直すなんていう時間があったら次のを描きますよ」というのが良かったな。なかなか言えることじゃないです。

竹中 いい話だなぁ。

(次ページに続きます)

若い頃の谷口ジローさん

久住 この『描くよろこび』で最高に笑ったのは、これです。谷口さんの若い頃の、長髪サングラスでヒゲのやつ。これ最高ですよね。ものすげえうさんくさい。

竹中 昔のみなみらんぼうさんみたいじゃないですか(笑)。

久住 なんかかっこつけてるよね。

竹中 そんな時代。僕たちより六つくらい上ですか?

久住 10〜15歳くらい上です。

竹中 そうですか。ジョン・レノンを意識しているのかなぁ。

久住 そうかもしれないですね。写真を意識しているもんね。

竹中 もしかしたら、その頃の彼女がちょっと「私が」といって撮ってたかもしれないですね。

久住 だけど、今の感じもかっこよかったですよ。60代なんだけど、かっこよかったですね、長髪で。かっこつけてんじゃないんだけど、かっこいいなという感じにだんだんなってきましたね。この最後のほうの。なんかお茶目な感じ。あんまりお茶目じゃないんですけど。

(『谷口ジロー 描くよろこび』より/平凡社)

竹中 谷口さんがマンガと出会うきっかけになった作品は何ですか? みたいなお話はなさらなかった?

久住 アシスタント時代がすごく長かったみたい。

竹中 どなたのアシスタント?

久住 石川球太さんのアシスタントをやっていて、なかなか優秀だったけどやめないから、石川さんに「本当に独立してやっていく気はあるのか?」みたいに言われて、それで仕方なくやることになったという話をちょろちょろっとしましたね。

僕たちの「孤独のグルメ」

竹中 そういえば『孤独のグルメ』って、久住さんが実際に経験していることもエピソードにいっぱい入っているわけですよね。笑っちゃうようなやつとかたくさんあったじゃないですか。怒鳴っちゃう人とか。料理長が「何やってるんだ、お前」って、ギューッってつねったり。

久住 あれは、自分の食体験の中ですごく嫌な体験でしたね。僕は20歳くらいのときの出来事なんですけど、遅いお昼に入った店のバイトの外国人が理不尽に怒られていて。

竹中 お客さんがいるのに、そんなの絶対に嫌だ。

久住 昔、荻窪に家族でやっているラーメン屋があったんだけど、奥さんが料理している旦那さんに中華丼のお皿を出したら「チャーハンって言っただろう、お前、何考えて生きてんだ!」って、言ったんだよ。それで「もう、ここ来ない。もういい。おいしくてもまずい、これ」と思って、すごく嫌だった。「何考えて生きてんだ」って、茶碗間違えたくらいでそこまで言わなくたっていいじゃない。

竹中 そういえば、三池崇史監督の映画で京都で清志郎さんと一緒にロケしてて、清志郎さんが「竹中、ちょっとさ……」。

久住 似てるね(笑)。

竹中 「河原町でさ、なんか京料理食いに行かねえか」って。「鴨川眺めながらさ」って言うから、二人で河原町の店に行ったんです。ガラガラッと店に入って「すいません」と声をかけたら、お店の人が出てきてたんだけど、「何名様ですか……?」ってめちゃくちゃ感じ悪い対応なんですよ。だから俺、店の人が「ちょっとお待ちください」って店の奥に行った隙に「清志郎さん、感じ悪いから出ましょうよ」と言ったら、「でもさ、待ってくれって行っちゃったからさ」って(笑)。

久住 似てるからおかしいな(笑)。

竹中 その後、清志郎さんの言った言葉で忘れられないのが、「竹中、さっさと食べて帰ろうぜ」(笑)。

久住 いいねえ(笑)。

竹中 もう鴨川を見るどころじゃなかったっていうのを思い出しました。

久住 最高だね。もろ『孤独のグルメ』ですよね。

竹中 ある意味そうですね。

久住 話題がどんどん谷口さんから離れちゃいますね。

竹中 天国の谷口さんに捧げる話として許してもらえたら(笑)

谷口さんの一番素晴らしい点は、丁寧に「普通」を描いているところ

竹中 久住さんに聞きたかったことがあって、マンガ家に原作を書くってどういうことなんですか? 原稿を渡すってことですか? 久住さんが描いた文章を。

久住 僕は弟の久住卓也や泉晴紀さんとやるときは、コマ割してコンテまで描いているんです

竹中 久住さん自身が?

久住 そう。よく編集者に「ここまで描いているんだったら自分で描けばいいじゃん」とよく言われたんだけど、それは泉さんが描かないと駄目で。僕のコンテを泉さんが見て、「このコマを変えたい」とか、この二つのコマを一つにしたいとか、三つに変えたいとかいうのは、もう、自由にやってもらっているんです。だけど、谷口先生の場合は、やっぱり独特のコマ割りもあるので、僕が描かないほうがいいんじゃないかなと思って。

竹中 谷口さん自身のコマ割りがしっかりあるから。

久住 それで原稿用紙にシナリオを書いたんです。どういう街に五郎が歩いているとか、昼頃でなんとかかんとかって。そのシナリオと大量の資料写真を渡してました。

竹中 それは街の風景とか?

久住 はい。谷口さんが「あればあっただけいい」と言うから150枚とか200枚くらい。まだデジカメのない時代だったから、すごくヒヤヒヤしました。カシャッと鳴るのが。

竹中 でもそれが良かったんですけどね、構えたときの、カシャッというのが。今はもうデジカメの時代になっちゃったから。

久住 よく「写真をトレースしたのはインチキだ」と言う人がいるんだけど、『孤独のグルメ』に登場する店のモデルになったところは、大した店じゃないんです。だけど、谷口さんが描くとすごいいい感じになる。俺が撮った写真をトレースしているんだけど、こんなにいい感じになるのかと驚くくらい。

竹中 久住さんの撮った写真を自分なりに描いて。

久住 谷口さんは写真よりも細かく描くし、マンガはモノクロだから写真のカラーをトーンで表現してましたね。『孤独のグルメ』は、1コマ描くのに1日かかるというのが当たり前だと言っていました。こんなのを描いていたら永久に終わらないだろうなという。

竹中 当たり前だと思って見ちゃいけないということですね。

久住 豆かんが本物の豆かんに見えるんです。マンガって全部モノクロなんだけど『孤独のグルメ』に出てくるお茶って本当は灰色なのに、完全に茶碗に入った緑茶に見えるということに愕然としました。なんかやってんの? って感じ。こういうところが本当にすごい。

竹中 『孤独のグルメ』は皆さんお持ちでしょうから、改めて見直すといいいですね、この素晴らしさを。

(『孤独のグルメ』より 原作 久住昌之・作画 谷口ジロー/扶桑社)

久住 僕が、谷口さんについて一番素晴らしいと思うのは、本当に絵が普通だったんです。「どうだ!」という感じも出さない。だから、サラサラ何度も読める。でもよく見てみると、すごく時間のかかる緻密な作業がなされていてるんですよね。その「時間のかかった普通」を描いているというところが、谷口さんの一番すごいところだったと僕は思います。人間も偉くないし、風景も偉くないし、食べ物も偉くないように描いている。そこができそうで一番できないところだったと思います。そういう目で谷口さんの作品を見ると、どれもそう感じられて、それって谷口さんの性格だったんじゃないかと思うんです。淡々と普通のことを、しかし、時間をかけて丁寧にやるという。

竹中 この『描くよろこび』をきっかけに、初期の頃の谷口さんと出会うというのも素敵だなって思います。

久住 そうですね。若い頃はこんなになってむきになってやっていたんだ、みたいな(笑)。

(イベント終了後、会場のお客さんたちと一緒に記念撮影)

谷口ジローのマンガ情報・クチコミ

主な作品『犬を飼う』 『捜索者』 『『坊っちゃん』の時代』 『欅の木』 『地球氷解事記』など。関連著者は「狩撫麻礼」 「遠崎史朗」 「川上弘美」など。[「谷口ジロー」の街]

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話題に出た作品のクチコミ

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名無し
2019/04/28
登らなければ落ちないのに
camera神々の山嶺は、まず夢枕獏先生の小説を 読んで感動した。 だが、谷口ジロー先生による漫画版は なかなか手にとらなかった。 もともと谷口ジロー先生の絵柄が好きじゃなかったので。 凄く描き込んでいらっしゃるけれど、 硬質というかクールというか、 登場人物の表情が冷めている感じがして そのあたりが好みでなくて読んでいて ノレない感じがして。 それに加えてというか、そう思っていたからというか、 小説で感じた自分の感動とは、全く違う視点で 漫画版は描かれているのではないかと思ったので 漫画版を読むまでには時間がかかった。 けれども実際に読んでみて恐れ入った。 そもそも自分は登山なんかしたことはない。 8000m級の山の眺めなど写真でしかみたことがない。 そんな実際に見たことが無い風景をまるで 自分が今、見ているかのように感じさせて くれたのが夢枕獏先生の神々の山嶺だった。 しかし谷口ジロー先生の漫画は、 自分が小説で感じて心に描いた山の風景を 迫力でも超えながら幻想的にも見せてくらわせてくれた。 そのうえに、私が嫌いだった硬質な表情の登場人物たちが 表情の下にある感情を感じさせてくれた。 登山なんて美味い空気と良い眺めは味わえるかもしれないが、 疲れて危険で下手すりゃ代償として死ぬかもしれなくて。 たとえ世界最高峰に到達してもワリがあわない世界だと 感じていた。 今でもそう感じてはいる。 だが、そんな世界に身を投じなければ 生きている価値を感じない、 生きていると実感出来ない、いや、 生きている意味が無いと感じる男もいるらしい。 けして滑落死や凍死をするために登るわけではない、 だが、落ちることがありえない日常では 生きていると実感できない。 山男が皆がそうではないだろうけれど、 そういう男も山男の中にいる、ということかと 朧気に想像している。
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名無し
2019/07/21
神々の山嶺
僕の地元・長野県には、中学校集団登山という拷問のようなイベントがありました。一学年240人がみんなで3000m級の山に挑むという荒行です。しかも、登る予定の山で起きた遭難事故を描いた新田次郎の「聖職の碑」の映画版を見せられるという、嫌がらせとしか言いようのないオマケもついていました。とはいえ、このイベントで山に目覚めた人もいないわけではなく、それなりに意味のある行事な気もします。僕は下山中に便意に襲われ、6時間死ぬ思いで我慢するという、これまでの人生で一番の苦行を味わったので、二度と山には登らないと決めています。  とはいえ、山ものの作品を読むと、山もいいかもしれないと思ってしまうのです。『神々の山嶺』は数多い名作を生み出し、海外でも評価の高い谷口ジローのまさに最高峰だと思っております。   『神々の山嶺』には羽生丈二という一人のクライマーの姿が、カメラマンの深町誠の視点から描かれます。  この羽生丈二、初登場シーンから圧倒されます。「その時…むっと獣の臭いが店内にたちこめたような気がした」。この存在感がどこからくるのか、深町は彼の過去を調べていくのです。  羽生を関係してきた様々な人に取材していくうちに、彼の孤高としか言いようのない半生が明らかになっていきます。  羽生は可愛げのない、根性はあっても鈍重で無口な男でしたが、クライマーとしては抜群の才能を発揮。しかし、全てを山に集中する羽生は、普通の生活を送る人間と温度差がうまれ、山岳会でも孤立していきます。誰もが登れなかった壁を登り、山岳界の話題をさらうものの、羽生自信は不遇のまま。海外の山に挑戦することができません。  誰よりも山を想っているのに資金や人脈や名声がないだけで、挑戦できない苦しみを味わい、自分を慕う人間の死があり、やがて羽生は自分から孤立していきます。そして消息を断った羽生がなぜカトマンズにいたのか?彼がなにをしようとするのか、物語は加速していきます。  羽生の姿は、新田次郎の小説ではないですが、まさに「孤高の人」なのです。孤高の人は、人の共感は求めません。自分でも言葉にできない衝動に突き動かされるまま、「これしかない人生」を送るのです。  羽生はいいます「いいか。山屋は山に登るから山屋なんだ。だから山屋の羽生丈二は山に登るんだ!!」また、なぜ山に登るのかという問にこう答えます。「そこに山があったからじゃない。ここにおれがいるからだ」  「これしかない人生」を送る男の寂しさと美しが同時に描かれ、僕もこのような生き方に強く憧れるのです。  いや、既に僕は僕にとっての「これしかない人生」を歩んでいるかもしれない。この、マンガとゲームにあふれた人生は。
名無し
名無し
2019/08/27
豪快さんはとにかく豪快
男として生まれたからには、堂々と豪快に生きていきたいものだ…。年に一回ほど、発作的にマチズモを発症する私です。おそらく、プランクトン系男子として流されるままに生きている反動がそうさせるのでしょう。  しかし、豪快であるとは一体どういうことなのか。その答えは「豪快さん物語シリーズ 嵐のカツ丼」に全て書いてありました。ホントです。  豪快さんはとにかく豪快です。もう説明不要に豪快です。扉から「最近の新人類はなっとらん」と怒りを顕にするほどです。豪快さんが何に対して怒っているかというと、若者がハンバーガーを好む風潮に対して。「男の基本はドンブリ飯だ!!」とこれまた説明不要に断言すると、豪快さんは丼の中の丼、カツ丼を食べに歩き始めます。  「カツ丼だ!! カツ丼だ! ワシは喰う!カツ丼を!! たとえ誰が何んと言おうとも!」  そうです。このマンガは豪快さんがカツ丼を食べるという、ただそれだけのマンガなのです。しかし、豪快さんがカツ丼を食べるという行為は、消費するといういことを意味しておりません。カツと卵と玉ねぎの関係性を考えつつ、メシとカツが同じ配分でなくなっていくように計算して芸術的に食べていく。そのうちに自分とカツ丼の存在を見つめながら豪快さんは考えるのです。「ワシがいてカツがある。ワシがいて宇宙がある」  宇宙の真理を悟った豪快さんは全ての理屈を投げ捨て「ただ豪快に!! ただただ豪快に!! 俺はカツ丼を喰う!」。涙をながす豪快さんの一コマになんともいえない感動が胸に去来します。ただおっさんがカツ丼を喰うだけのマンガなのに。その感動を説明することはできません。豪快であること。それは説明不要であるということなのです。