多様な家族の形を描くマンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ]第6回

 1980年に42.1%を占めた「夫婦と子供」という家族形態は、2020年には25.0%にまで減少している。代わりに増えたのが単独世帯で19.8%から38.0%へと約2倍に。「ひとり親と子供」が5.7%から9.0%、「夫婦のみ」も12.5%から20.0%へと増えている。旧来の価値感にこだわる保守派が何をどう言おうが、もはや「夫婦と子供2~3人」が当たり前の家族の姿という社会ではなくなりつつある。

 そんななか、現実の半歩先を行くマンガの世界では、さらに多様な家族の形が描かれる。先頃完結したヤマシタトモコ違国日記は、小説家の女性が姉の遺児である女子中学生と暮らし始める物語。血のつながりはあるものの、お互いほぼ異星人を見るような感覚からスタートして、ゆっくりと家族(のようなもの)になっていく。

 第27回(2023年)手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した入江喜和ゆりあ先生の赤い糸の場合はもっと事情が複雑だ。夫が倒れて寝たきりになった家に、夫の恋人と称する青年と愛人らしき女と隠し子(?)がやってくる。それでも主人公・ゆりあは夫を見捨てず、男女の愛人と子供を自宅に住まわせ共同での介護を提案するのだからあっぱれだ。

 どちらも映像化(『違国日記』は新垣結衣主演で映画化決定、『ゆりあ先生の赤い糸』は菅野美穂主演でドラマ放映中)という話題作だが、ほかにも家族の多様性を描いた作品はいくつもある。今回はそのなかから、地味ながら心にしみる5作をお届けしよう。

■見切り発車の即席家族の行方やいかに!?

 イトイ圭おとなのずかん改訂版(2022年~23年)は、漫画家のクドーが亡くなった親友・ハルキから「あげる」とのメモ付きで女児を託されるところから始まる。美大時代の同級生で性格も行動も自由奔放なハルキは、クドーにとって家族になりたいと思うほどの存在だった。それは同性愛的な意味ではなく、「ただハルキって人間が好きだった」とクドーは言う。その娘・キキを託されたクドーは、戸惑いつつも引き取ることを決める。

 とはいえ、独身男が血縁もない女児と暮らすのは、何かとハードルが高い。そこで彼が取った行動がとんでもなかった。女児の父親に少し似ているからとの理由で、事務手続きの関係でたまたま出会った初対面の女性・布紗子にいきなり結婚を提案するのである。正確には「欲しくないですか? この子」と子供をダシにしたような言い方をするのだが、藪から棒にもほどがあるというか、完全に不審者だ。

イトイ圭『おとなのずかん改訂版』(小学館)1巻p28-29より

 ところが、布紗子は布紗子で(さすがに少し考えはしたものの)「そちら、いただけるならぜひ」「私、ちょーど恋人もいないし結婚もしてないし子供もいないし、だから――超ラッキーです!」と、その提案をあっさり受け入れるんだからどうかしている(もっとも、彼女には彼女なりの理由があったことが、のちに明かされるのだが)。

 かくして始まった奇妙な疑似家族生活を繊細なタッチで飄々と描く。キキも含めた3人の会話がキレッキレで、トリオ漫才のよう。悶々と悩みがちで理屈っぽいクドーと、竹を割ったようにさっぱりした布紗子の対比も鮮やかだ。

 疑似家族といってもクドーと布紗子は婚姻届を提出しているし、クドーはハルキの遺言でキキの未成年後見人に指定されているので、法的に見てもそれなりの家族要件は満たしている。どんな夫婦も最初は他人だし、血縁のない養子をもらうことだってあるわけで、そう考えればさほど特殊なことではないのかもしれない。

 それでもやはり、家族ごっこ的な雰囲気は漂う。主因はクドーが抱える葛藤だ。ハルキに対する思い入れの強さ、その娘であるキキに対する責任感、自分の都合で巻き込んだ布紗子への遠慮……いろんな気持ちが渦を巻いて、家族というには他人行儀な態度となる。しかし、日々の暮らしの中で話し合い、ぶつかり合ううちに、見切り発車の即席家族が少しずつ本物の家族になっていく。いや、本物かどうかなんて問題じゃない。一緒に楽しく生きていければ、それで十分なのである。

■変人心理学者と自死遺児兄妹の同居生活

 友人の遺児を引き取るところから始まるのは、小森江莉ハコニワノイエ(2023年~連載中)も同様だ。空気が読めず変人扱いされる心理学者・天根清子(あまね・きよこ)に一通の手紙が届く。それは高校時代の友人の葬儀の案内と、自死した彼女の最期の願いが記された遺書だった。その願いとは、中学2年生の息子と4歳の娘、2人の子供を引き取ってほしいというもの。「どうして私なんかに…」と思いつつも、葬儀での親族の態度に怒りを覚えた清子は、その場で啖呵を切って2人を引き取ることになる。

「私は生来 神経質で短気な人間です」と自己分析し、他人と関わることを避けてきた彼女が、年端もいかない子供と暮らそうというのだから大変だ。タスクを効率的に処理することをモットーとする彼女にとって、非効率のかたまりのような子供との生活は何もかもが想定外。彼女なりに誠意をもって最善を尽くすのだが、「私は人と協力することが得意ではありません というか最も苦手ですが… 私の至らなさであなたたちを傷つけないように努力いたします」「子供の能力には限界があると思いますので無理が生じたら即時ご報告ください」といったセリフからもわかるように、どこかズレている。

小森江莉『ハコニワノイエ』(講談社)1巻p111より

 わがままな4歳児はもちろん、しっかり者に見える兄も母を自死で亡くした心の傷は癒えていない。それでも、子供相手にもウソをつかず、一人の人間として本気で向き合う彼女に、子供たちも徐々に心を開いていく。「感情の機微に疎いくせに正義感が強くて優しすぎる」と恩師に言われて臨床心理士の道をあきらめた彼女にとっても、子供たちの存在は感情の機微を学ぶ生きた教材となっている。

 タイトルは彼女自身が一人で閉じこもっていた箱庭的世界が、子供たちと暮らす家になっていくという意味と同時に、心理療法のひとつである箱庭療法のイメージも投影されているのだろう。最新2巻の終盤では意外な展開も。みんなに幸あれと祈りたくなる。

■里親と里子の心の交流を丁寧に描く

 血のつながらない大人と子供が一緒に暮らす形態としては、里親制度というものもある。厚労省のサイトの説明を借りれば「さまざまな事情で家族と離れて暮らす子どもを、自分の家庭に迎え入れ、温かい愛情と正しい理解を持って養育する制度」である。あのあやの人の息子(2019年~21年)は、そんな里親制度を媒介とした家族の物語だ。

 元保育士の漫画家・鈴木旭(31)が、ある日受け取ったファンレターは、かつて自分が勤めていた保育園で雪の日に母親に置き去りにされた男児・山本高嶺(たかね)からのものだった。小学生となり児童養護施設で暮らす高嶺は、たまたま読んだマンガのヒーローが自分と同じく雪の日に母親に置き去りにされたという偶然の一致に驚き、手紙を書いたのだ。

 が、それは偶然ではなかった。もちろん高嶺は知る由もないが、そのマンガはもともと漫画家をめざしていた鈴木が、高嶺に対して何もできなかった自分の不甲斐なさを悔やみ、「せめて物語の中だけでも強く生きて いつか幸せに暮らしてくれれば」との思いで描いたものだった。それが編集者の目に留まり、連載&人気作になったのだ。

 その手紙をきっかけに高嶺と再会した鈴木は、定期的に高嶺と交流するようになる。一緒に水族館に出かけたり鈴木の家でゲームをやったりと、楽しい時間を過ごす。ところがそんな折、高嶺を担当する児童福祉司から「里親との交流のため、高嶺との交流を終わりにしてほしい」と言われてしまう。そこで鈴木は思わず「だったら俺が高嶺くんの里親になれませんか?」と立候補。が、あっさり「ムリです」と否定される。

あのあやの『人の息子』(講談社)1巻p40-41より

 独身男性の里親が絶対NGというわけではないが、協力者がいないと審査に通るのは難しい。「鈴木さんは山本くんのために生き方を変えられますか?」と問われて一度はあきらめたものの、当の高嶺に面と向かって「ずっと一緒にいたい」と言われた鈴木は、いくつものハードルを乗り越えて、晴れて里親として認められる。

 しかし、いざ一緒に暮らし始めると、いろいろデリケートな問題も出てくるわけで、実はそこからが本番なのだ。彼自身が両親の離婚と再婚を経験しており、高嶺の抱える違和感は鈴木にとっても身に覚えのあることだった。里親になるにあたって離れて住む母と義父に協力を頼むくだりでは、鈴木の親子関係の機微も描かれる。

 世間に広く知られているとは言いがたい里親制度についての解説も交えながら、家族とは何かを問いかける。「あなたの人に頼れるところは里親として長所だと思ったの」という児童相談所所長の言葉には納得。初対面で厳しい言葉を投げかけた児童福祉司の女性と鈴木の関係の変化にもグッとくる。血縁の有無を超えた愛情を丁寧に描いた秀作だ。

■血縁の呪縛に悩んだ男が見つけた新しい家族

 血のつながりが逆に呪縛となることもある。カトーコーキそして父にならない(2021年刊)は、実の父から心理的虐待を受けたことがトラウマになり、鬱病も経験した作者によるエッセイマンガ。

 長野の山奥で一人暮らしを始めた作者(38)は、伸び放題だった髪を切りに行った美容室の美容師兼経営者の女性・ボンさん(42)と付き合うことになる。彼女には前夫との間に生まれた5歳の息子「もっち」がいた。

 父親に虐待を受けた経験から、自分ももっちに同じことをしてしまうのではないか。そんな恐怖から彼が心に誓ったのは「オレ もっちの父親には絶対にならない! 戸籍上親子になってもならなくても友達ってスタンスでずっといようと思う!」ということだった。

カトーコーキ『そして父にならない』(イースト・プレス)p14より

 幸い初顔合わせのときからもっちは懐いてくれて、通い婚のような形でお付き合いが続く。とはいえ、さまざまな場面でもっちに対する接し方に悩み、気まぐれな子供の反応に一喜一憂。血縁がないことによる遠慮や引け目がもっちにとってマイナスになっているのではないかと思う一方で、血縁がないからこそ甘えや依存がなく支配的にならずにいられるとも思う。それは血縁関係に甘えて強圧的な支配を行ってきた父を反面教師とした作者なればこそ到達した思考であろう。

 何かと悩みがちな彼とは対照的に大らかなボンさんの存在も大きな救いとなっている。「コーキ君家は血の繋がった父子だけど上手くいかなかったわけでしょ? だから関係ないんだよ 血の繋がりなんて!」と言われれば「確かに……」とうなずくしかない。

 その後、近隣トラブルをきっかけにボンさんの家に同居することになったはいいが一人の時間がなくなったことにストレスを感じたり、感受性が強く好き嫌いが激しく集団行動が苦手なもっちに合う自由な幼稚園や小学校を探したり、いろんな問題がありながらも3人で話し合いながら乗り越えていく。

「オレはこの先も父親にはならない…けどそんなオレたちにもなれるものがある…それは家族…」と彼は思う。血縁や法律上の呼称がどうであれ、3人の関係は「家族」である。

■シングルファーザー3人と子供5人の“大家族”

 そして、最高にカオスな家族の姿を描いたのが、日下直子シェアファミ!(2018年~21年)だ。育児ノイローゼで実家に帰った妻に代わり1歳の双子を育てる介護士の匠(たくみ)は、ワンオペ育児の大変さを思い知る。夜泣きがやまない双子を抱えて近所を徘徊していたとき、明かりのついた店のガラス戸にへばりつく2人の幼児を発見。そこは妻と死別して一人で子育てしている吉井が営むパン屋だった。

 そんな出会いからパパ友となった2人が公園で子供たちを遊ばせていると、いつのまにか子供が1人増えている。それは近くに住むサラリーマン・甲斐の息子だった。離婚して子供を引き取ったものの、いろいろ手が回らず持ち帰った仕事をしている隙に勝手に遊びに出てしまったのだ。匠と吉井に連れられて無事帰ってきた息子を叱りながらホッとして泣きだす甲斐に、思わずもらい泣きする吉井……。

 その後、再び公園で子供たちを遊ばせながら子育ての苦労を語り合い、「3人大人がいると本当に楽!!」と身にしみて感じた3人は、吉井の店舗兼住宅に一緒に住むことになる。そこから、3人のシングルファーザーが協力しながら子育てするシェア生活が始まった。

日下直子『シェアファミ!』(講談社)1巻p52-53より

 何しろ1歳の双子から保育園児まで5人の幼児がいるのだから、毎日がてんやわんやの修羅場である。それでも3人いれば何とかなる。最初のうちこそ衝突することもあったが、次々に降りかかる試練を乗り越えるうちに、お互いがかけがえのない存在になっていく。子供たちにとってもきょうだいとパパが増えたようなもの。もともとは赤の他人同士だが、これはもう家族と言っていいだろう。

 ざっくばらんな匠、体はデカいが気は弱い吉井、クールな理論派ながら涙もろい甲斐という三者三様のキャラがいい。にぎやかなセリフの応酬もセンスよく、子供たちの予測不能&意味不明の言動にも笑わされる。一方で、その子供たちの様子は“子育てあるある”なのだと思うと、ワンオペ育児がいかに無理ゲーかを実感する。

 子育ての苦労も喜びも一人で抱え込まずにシェアする。そこからシェアの輪が広がっていくさまは、社会のあるべき姿を見ているよう。3人の妻や元妻にまつわる回想シーンや親との関係も感動的。もちろん彼らのシェア生活がいつまでも続くわけはない。子供は成長するし、彼ら自身も新しい一歩を踏み出していく。それでも3人のパパと5人の子供たちにとって、あの家は「わが家」であり、みんなが「家族」であることに変わりはない。

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
違国日記 / ヤマシタトモコ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ゆりあ先生の赤い糸 / 入江喜和 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
おとなのずかん改訂版 / イトイ圭 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ハコニワノイエ / 小森江莉 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
人の息子/ あのあやの 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
そして父にならない / カトーコーキ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
シェアファミ! / 日下直子 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

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