ストーリー4コマの確立以前にアナーキー4コマ漫画家が描いた愛の物語—うのせけんいち『ふんどし太郎ストーリー』

『ふんどし太郎ストーリー』

 「4コマ漫画」というジャンルがあります。いや、「ある」とわざわざ言われずとも皆さんご存知のジャンルでしょうが、しかしこれが、我々が今知っているような形になった時期については知らないという方も結構いるのではないでしょうか。実は意外と古くなく、80年代前半です。もちろん4コマ漫画自体がこの時期に生まれたというわけではありません。例えば新聞4コマなんかはもっと前、それこそ戦前から存在していました。ただ、以前に『ROCA』の記事でもちょっと触れましたが、『まんがタイム』『まんがライフ』などといった現在まで系譜がつながる「4コマ漫画雑誌」というのは、植田まさしいしいひさいちという両巨頭の登場を受けてこの時期に生まれたものなんですね。「単行本は幅が薄めのA5判であることが多い」というのもこの時期に確立されたものです(ちなみに、これによって書店でA5コミックスの棚が拡張されることになり、これを聞いた久保書店の編集長が「美少女コミックスをA5で出そう」と決めたんだそうで、エロ漫画の歴史にも大きく影響を与えたことに)。この時期のブームというのは割とすごくて、現在まで雑誌の系譜が残っている芳文社や竹書房の他にも、『まんが笑アップ』(廣済堂出版、83〜95)とか『まんが笑ルーム』(少年画報社、82〜00)とか、ピンからキリまで色んな会社が色んな雑誌を出しておりました。
 そんな「4コマブーム」の中で生まれた雑誌の一つに、『月刊大爆笑』(檸檬社、82)というのがあります。4コマ誌の中でもかなり「キリ」の方に入る雑誌で、版元がこの年の途中で倒産することもあり、ほとんど存在は知られていないと言ってよいでしょう(筆者も現物見たことない)。しかしこの雑誌、あるカルト4コマ漫画家のデビュー誌として名前だけは一部マニアに知られています。その漫画家の名はうのせけんいち。といっても現代では名前を知らない人のほうが多いと思いますが、82年のデビュー(「フェラチオちゃん」というタイトルからしてひどい1ページ漫画)から90年代前半まで活動した人です。最も有名な作品は、『少年サンデー』で90〜91年に連載されていた『ウノケンの爆発ウギャー!!』となりましょう。……タイトルだけでだいぶ頭が悪い感じですが、この人の単行本は他も『うのけんの腹が底抜けギャハハハハ!』『ウノケンの頭の先までピーコピコ!!』等なので、これが通常運行です。中身は基本的にこんな感じで、とにかく下品さと勢いで押し切る、小学生みたいな作風が特徴となります。

『ふんどし太郎ストーリー』39ページより

  今回紹介するのは、そんなうのせ4コマの中から『ふんどし太郎ストーリー』。連載は80年代後半の『ジャックポット』(リイド社)、単行本はリイド社SPコミックスから全1巻です。
 内容ですが、先程の引用でも分かりますように、基本的には他のうのせ作品と同様の下品な勢いギャグ4コマです。ただ他作品と少し違うのは、背表紙に「愛にめざめる究極ギャグ!!」と惹句がついているように、「人生にとって愛とは何か」というテーマがあり、全体を通してのストーリーがあるところ。
 本作の主人公・褌太郎は、商社勤務の24歳。サラリーマンをしているとはいっても平凡ではなく、というか狂ったレベルの奇人なので、彼女ができてもすぐにフラれるということを繰り返しています。

『ふんどし太郎ストーリー』18ページより

 ただ太郎、自分が変わり者でありそれが原因で女が去っていくということは自覚しているので、自分を変えるのではなく「自分と同じような変わり者の彼女を見つける」という方向に活路を見いだし、大路を走ります。そうして、変わり者の女性・藤井京子(20歳、OL)と運命的な出会いをするのです。この二人の愛、これが本作を貫くテーマとなります(表紙でもめっちゃ叫んでますが)。

『ふんどし太郎ストーリー』25ページより

 ……と、ここまで読んだ方の中には、「こんな小学生みたいなギャグをやりながら、そんなテーマのストーリーがやれるの?」と思われる方もいることでしょう。実はそここそが本作のキモです。単行本巻末でのあとがきで作者は「前々から4コマだけでなく 長いのもやりたいな—という気持ちはあったのですが 中々うまくいかなくてその想いが結局こーやって無理やり4コマストーリーみたいな形で出てしまいました。後半はほとんどストーリーがあってチョイとオチが付いてるダケですね。へへへっ……」「しかしこれはしんどい形でした。テーマを前面に出すと笑いが取れないし、笑いを出すとストーリーが進まないし……」と書いています。

『ふんどし太郎ストーリー』119ページより

 ここ、「ストーリー性のある4コマ」というのが珍しいものではない現代の目からすると奇異に映るかもしれません。しかし、本作が連載されていた80年代当時は、「ストーリー4コマ」というのはまだ確立しきっていないものでした(『ぼのぼの』とかはかなり早い段階からストーリーをやっていましたが)。新聞4コマのような「1号につき1本」みたいな掲載方法だとストーリーをやるのって難しいわけで、この辺は4コマ誌のような「毎回一定のページ数がある」という掲載形態が生まれたからこそできたものなわけです。というわけで本作は、ノウハウが確立しきってない中だからこそ生まれた、ストーリー性とギャグの独特な融合っぷりを見せているのです。例えば、太郎が人生の悩みを独白するシーンを見てみましょう。

『ふんどし太郎ストーリー』78ページより

 ……こんな融合のさせ方があるか。色んな意味で現代のストーリー4コマでは見られない、アナーキーな作品と言えましょう。
 そして、作者自ら「ほとんどストーリーがあってチョイとオチが付いてるダケですね。へへへっ……」と語っている最終盤(『ふんどし太郎ストーリー』というタイトルも、最後でちゃんと回収されます)になるともっと凄くて、バーで悩む太郎に対して示唆に富んだアドバイスをする人物が現れる……という「ストーリー」の展開から、

『ふんどし太郎ストーリー』98〜99ページより

 「オチ(笑い)」は、「アドバイスをしてくれた人物が、突然『ウニャオ〜!! ピ——!!』と叫んで変顔をした上に、喋っていた相手の履いているパンツとズボンを盗むという発作を起こす奇人だった」というものになります。

『ふんどし太郎ストーリー』100ページより

 とてつもない強引さ。そして読者は、物語の最後ではなんだか知らない間に感動させられてしまいます。恐るべき剛腕です。
 本作、作者が消息不明なこともあって電書での復刊とかはたぶんなされないでしょうし、単行本も専門店とかだと微妙にプレミアついてるのでなかなか読む機会はないとは思うんですが、もし手に取れる機会があったら、表紙やタイトルでひるまずに騙されたと思って読んでみてください。あなたにとって新鮮な何かがあるんじゃないか……と思います。ウニャオ〜!! ピ——!!(発作)

 

 

記事へのコメント

ウインキという成年漫画雑誌にうのけんの四コマが載ってたんですが、腹がよじれるくらい笑いました。今まで色々な漫画を見てきて、一番笑ったのがその作品です。

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