マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第33回は[メガネ編]、オタクたちの青春群像劇『げんしけん』(木尾士目/2002年~06年・[二代目]2010年~16年)より、影の(真の?)主役・班目晴信(まだらめ・はるのぶ)の登場だ。
物語は、とある大学の新入生・笹原完士(ささはら・かんじ)が、よろずオタク系サークル「現代視覚文化研究会」(略称・現視研)に入会するところから始まる。オタクでありながら自分の趣味嗜好を表に出すことにためらいを感じる笹原だったが、欲望に忠実な現視研の人々の姿を見て、オタクとして生きる覚悟を決める。
笹原入会時の現視研メンバーは、存在感は薄いが神出鬼没で侮れない会長、フィギュアやコスプレ衣装づくりが得意な田中総市郎、メンバーの中で唯一絵が描ける久我山光紀、笹原と同じ新入生でイケメンなのにエロゲー大好きな高坂真琴(こうさか・まこと)、正式会員ではないが高坂の彼女で部室に出入りしている春日部咲(かすかべ・さき)、そしてリーダー格の班目晴信であった。
この手のサークルにしては珍しく、メガネをかけているのは会長と班目の二人だけ。正体不明の会長は措くとして、大きめの丸メガネにツーブロック(というか坊ちゃん刈り?)の班目は、見るからにオタクくさい。見た目だけでなく言動もいかにもオタクで、好きなジャンル・作品にはやたら饒舌(それは他のメンバーも同様だが)。妙に理屈っぽく、マンガやアニメの名セリフのパロディを会話にぶっ込んでくるのもオタクの習性だ。
「これだ」と思った同人誌は値段を見ず、生活費を削ってでも買う。コミケの行列中に滑って転んで手を骨折しても痛みに耐えて買い物を続け、ついには失神。担架で運ばれる事態となるが、付き添おうとするメンバーに「来んでいい」と叫び、「お前ら同人誌買え」「いいのは2冊買え」と命じる執念には呆れつつも頭が下がる【図33-1】。
彼らが買うのは主に二次創作のエロ同人誌。そういう世界を知らない非オタク一般人の春日部は「(高坂の部屋で)アニメの絵のエロ本を大量に見つけたんだわ」と困惑の表情を浮かべる。が、オタクにとっては当たり前のことであり、「単に趣味の問題だよね」「俺らだって普通のエロ本も持ってるしな」と、慰めなのか高坂擁護なのか自分たちの趣味の言い訳なのかわからないセリフを口にするメンバーたち。そのなかで「俺 持ってねーよ? 普通のエロ本なんて」と豪語する班目はオタクの鑑というか、ある意味潔く男らしい。
そんな“ザ・オタク”な姿勢を評価(?)され、班目は二代目会長に就任する。新会員として、帰国子女で巨乳のコスプレオタク・大野加奈子も加入した。しかし、二次元の恋人しかいなかった班目は、生身の女性に対する免疫ゼロ。オタクの大野はともかく、オシャレで気が強くあけすけな春日部に対しては、どういう態度で接すればいいのかわからない。みんながいるときは普通にしゃべれるが、初めて部室で二人きりになったときには完全に挙動不審になってしまった。
もちろんファッションにも疎く、いつも同じようなオタクスタイルだったが、就職活動を始めた時期にメガネを替えたことがある。ちょっとオシャレなスクエア型にしたら、なぜか春日部のツボに入って大笑いされる羽目に【図33-2】。そこで春日部に服装についていろいろ言われ、一念発起して普段は入らない(入れない)ような店で新しいジャケットとズボンを買ったものの、結局お出かけ専用、つまり彼の場合は「アキバ専用服」となってしまう。メガネも作者的にしっくりこなかったのか、次の回には元の丸メガネに戻った。
連載開始当初は笹原が主人公ポジションだったが、やがて群像劇として動き出し、笹原の2年後輩の問題児・荻上千佳が入会してからは彼女を軸にドラマが進む。続編「二代目」では、腐女子や女装腐男子、ロリ属性のアメリカからの留学生なども加わり、季節の移り変わりとともに、サークルの活動とそれぞれのキャラクターごとの物語が紡がれる。腐女子コンビ・吉武莉華&矢島美怜(どちらもメガネっ娘)の掛け合いは楽しく、大野のコスプレ愛の暴走もすごいが、とりわけ女装腐男子・波戸賢二郎の屈折ぶりは特筆ものだ。
しかし、全編を通しての主人公は誰かといえば、やはり班目ということになるだろう。自分とは別の世界の住人であり、高坂という彼氏がいることは承知しつつも、班目は春日部のことをいつのまにか好きになっていた。最初は本人も自覚がなかったし、自覚してからも何か言葉にしたり行動を起こすわけではない。それでも、その秘めた思いがひしひしと伝わってくる場面が随所にある。初詣で酔っぱらって歩く春日部の後ろ姿を見つめる場面、二人で回転ずしを食べる場面、そして極めつきは初めて部室で二人きりになったのと同じシチュエーションになる場面。が、そこでもヘタレな班目は当たり障りのないことしか言えないのだった【図33-3】。
一見皮肉屋っぽいが、他人を否定しない。無神経っぽいが、必要以上に気を遣う。自分の部屋を波戸の着替え用に自由に使わせ、特に迷惑と思っている節もない。隙だらけのお人好しであり、だからこそ班目はメンバーたちに好かれている。彼が春日部に好意を持っていることはバレバレなのだが、彼氏である高坂までが「僕だって班目さん好きなんですよ だからもう少し何とかしてあげたいんです」と応援したくなってしまうのは(高坂の特異な性格はあるにせよ)人徳と言うしかない。オタク読者にとって一番感情移入しやすいのもやはり班目だろう。
さらに「二代目」後半では、班目にモテ期が到来する。クセの強い4人から好意を示されハーレム状態になるも、それはもはや彼の処理能力の限界を大きく超え、少々お節介な周囲のお膳立てもあり、事態は混迷の渦に……。すったもんだの結末は意外とも納得とも言えるが、班目はオタクとしての筋を通した。オタクの中のオタク、班目晴信に幸あれかし。