レディースコミックと聞くと、ドロドロした男と女の愛憎劇を連想する人がいるかもしれない。ところが、レディースコミックには大人の人情マンガが多いのである。今回は数ある中から、もりたじゅんの『人生上々』を読んでみよう。
集英社のレディースコミック誌『月刊YOU』1997年1月号から98年12月号で24回にわたり連載。単行本は4巻で完結している。
作者のもりたじゅんは60代後半から70年代後半にかけて集英社の少女雑誌『りぼん』誌上で活躍。同期の一条ゆかりらとともに同誌の読者を少女から思春期女性に広げる役割を果たした。
途中、マンガ家の本宮ひろ志と結婚し、産休、育休をはさみ、82年の『月刊YOU』新創刊(80年に『月刊セブンティーン』増刊として創刊した『Lady’s Comic YOU』をリニューアル)をきっかけに同誌を中心に作品を発表するようになった。
本作の主人公・福山幸多は薬品大手・ツシマ製薬の取締役。家族は美人の妻と警視庁捜査一課刑事の息子・幸一がいる。自宅はバブル景気のまっ最中にローンを組んで建て直した豪邸。愛車はベンツ。まさに人生の勝ち組だった。
ところがある日、不正融資が発覚して社長と専務が逮捕される事件が起きる。福山も、逮捕こそ免れたものの、取締役解任となってしまった。
家や車のローンが残る福山は、再就職のツテを求めてかつての取引先を訪ねたが居留守を使われ、電話にさえ出てもらえない有様。なじみのバーでも肩身の狭い思いをするはめに。しかたなく夜の街をあてもなく歩いていると、あろうことか妻がほかの男とホテルに入るところに遭遇してしまう。
一度にいつくもの不幸に襲い掛かられた福山にさらなる不幸が起きる。昔の友人を訪ねるつもりで出かけた出版社の駐車場で、ベンツが軽自動車にぶつけられてしまったのだ。乗っていたのは母親と娘。母親は林虎子。夫をがんで亡くし、母ひとり娘ひとりでやっと生きてきた、という。ぽっちゃり形でメガネが似合う、いささか勝気な熟女だ。娘の羊子は新進グラフィック・デザイナー。妊娠中に離婚してひとり息子の冬馬がいる。この日は、新しい仕事の打ち合わせのために出版社まで来たのだ。ところが運の悪いことに、軽自動車は保険が切れていた。
ついてない男とついてない家族の出会いから生まれる人情ドラマが『人生上々』だ。
修理代を払う代わりに家事を引き受ける、と押しかけ家政婦になった虎子。一方、福山は妻から離婚を持ち出され、いよいよピンチに。あせってIT企業の役員募集話に乗ったところ、これが新手の詐欺。虎の子の500万円をまんまと奪われてしまった。
意気消沈する福山を救ったのは、はじめのうちは厄介者として福山が嫌っていた虎子だった。明るくあたたかで包容力のある虎子によってムダなプライドを捨てはじめる過程がとてもいい。やがてふたりは「フクちゃん」「タイちゃん(タイガーなので)」と呼び合うようになり、ついにはホテルで一夜を共にする仲に。妻とは長年セックスレスだった福山も虎子には男性を取り戻せたのだ。
このあたりが大人の人情マンガである。
山場は、虎子に誘われてふたりで遺跡発掘のアルバイトに出かけるエピソードだ。福山が掘り当てたのは、遺跡ではなく遺体。それも、詐欺事件の犯人の遺体だ。第一発見者に動機ありというわけ。ついてないにもほどがある。
幸一たちの捜査で、疑いはまもなく晴れたが、自分が掘り当てた腐乱死体の記憶が消えない福山はひとりでは眠れなくなり、林家の厄介に。フクちゃんトラちゃんの愛はさらに深まっていく。
一方で、一連の騒動を通じて羊子と幸一の間にも恋が芽生える。しかし、幸一の幼馴染で一方的に彼を婚約者だと決めこんでいるエキセントリックな恋愛小説家・荻野まことや、冬馬の担任で羊子にほれる大塚剛の存在が大きな壁として立ちはだかる。幸一の母親も荻野と息子の結婚すれば、自分の生活がこれまでのようにゴージャスになると期待して大乗り気。そこに、「お父さんがほしい」という冬馬の家出騒動も起きて……。
マンガを読んでいると、いろいろな事件がばらばらに次から次と起きているように見えるが、実際にはひとつひとつは伏線としてつながっていて、殺人犯を追う捕物騒動がクライマックスへの重要な橋渡しになっている。登場人物の設定にも無駄がない。『りぼん』時代から作者ご本人は「ストーリー作りが苦手」と語っていたが、映画かドラマにしたらヒット間違いなしの内容だ。
人情マンガとしても、熟年男性のさまざまな悩みをうまく描いていてうまい。死体発見騒動のあと、福山が人材バンクを訪れ、履歴書に自分の特技を書くように言われて困る場面がある。担当者から「できること」と聞かれ「できること……部長と役員」。ほかには大学の法学部を出たことくらいしかない。
「ぼくはいったい…今まで 何をやってきたんでしょうねぇ」という顔が哀しい。
それでもフクちゃんにはタイちゃんがいる。出世第一のサラリーマン生活しか知らない世の熟年男性には、こういうときに心の支えになってくれる人はいるのだろうか。ちょっと心配になる。
ラストはハッピーエンドだけど、ハッピーを迎えるのは人生の一大事で、しかも愛する人の存在がかかせないのだなあ、と思ったのだった。