本原稿を書く前に、映画『シン・ウルトラマン』を見ました。難点を言われるのもよく分かる(人間ドラマとか)んですけど、特撮ガチ勢に比べると全然とはいえ幼少期にウルトラシリーズをよく見ていた身(ウルトラシリーズ、本放送が80年の『ウルトラマン80』から96年の『ウルトラマンティガ』まで空いているため現代からだと見えづらいんですが、80年代とかは再放送やってたりしてて、普通に子供に人気あったんです。怪獣図鑑も読んでたし、おもちゃ屋ではソフビ人形もよく売られてた)としてはネロンガ(個人的には初代の怪獣の中で一番好きかもしれない)出た時点で既に思ったよりテンション上がってしまい、だいぶ楽しんでしまいました。アーケードゲームの『ウルトラ警備隊』(注)も結構遊んだ身ですしなー。
(注)セタ開発、バンプレスト発売のシューティングゲーム(96年)。科特隊〜UGMという昭和ウルトラシリーズの地球防衛組織7種の戦闘機を操って怪獣たちを倒す(ウルトラ戦士はボム)内容で、随所に原作へのこだわりが見えキャラゲーとしては超傑作。まあ後半ステージの難易度は正直キツすぎますが……。あと80ステージのボスがファイヤードラコなのとタロウステージのボスがゲランなのが本当に謎。タロウなら普通バードンとかタイラントとか選びません?
ところで、オタクの他にもウルトラマンと意外と親和性の高い属性というものがあります。ヤンキー(不良)です。いや筆者は実際にヤンキーの友人いないので現実のところはよく分からないんですが、漫画を読む限り何となくそんな印象があります。例えば、不良漫画の金字塔、高橋ヒロシ『クローズ』『WORST』シリーズには、メインの舞台である鈴蘭高校のサブキャラクターに花澤三郎(『クローズ』では主人公・坊屋春道の後輩として、『WORST』では主人公・月島花の先輩として登場)という人物がいますが、彼のあだ名は「ゼットン」です。
由来は、中学の時に「ウルトラマン」と呼ばれていた横暴な体育教師を倒したことがあるから。作中では、ちゃんと「宇宙恐竜」とも呼ばれております。
また、鈴蘭のライバル高校である鳳仙学園のトップを務めた金山丈は、その名前から「キングジョー」のあだ名で呼ばれていますが、彼にケンカで負けた相手は、円谷プロの(C)入れてまで本家の方のキングジョーの悪夢を見ています。後には「ウィンダム」「ミクラス」といったあだ名を付けられるやつも出ますし、登場するヤンキーたち、みんなウルトラ怪獣教養がある。
ちなみに、ゼットンは現在連載中のスピンオフ『ゼットン先生』では主役を務めており、タイトル通り教師をやっているのですが、これは彼がもともと不良ではなかった(おとなしい少年だったのが、先述の「ウルトラマン」に理不尽な説教を受けた際にブチ切れ眠っていた戦闘力が開花という経緯の持ち主)こともあってか割とちゃんとした倫理観を持っており、「母校の生徒の少なくない数がヤクザとかになって虫のように死んだりする」ことを憂いていて、最終的には母校を変えるため教師を目指すことを決意したという人だからです。
さて、今回紹介する小松大幹『犬嶋高校行進曲』も、ウルトラマンが重要な役割を持つヤンキー漫画の一種です。連載は、『BADBOYS』『荒くれKNIGHT』などこれまで数多くのヤンキー漫画を輩出してきたこのジャンルの牙城『ヤングキング』で、03〜04年です。
本作の舞台となる県立犬嶋高校(通称・ワンコー)は、頭も悪ければケンカも弱い、自堕落とオタクばかりが集まった、色々な意味で県下最弱の高校。主人公の一人である本田ミチロウ達は、ワンコーの制服を着ているだけで、他の高校のヤンキーはもちろん中学生からすらもナメられてリンチやカツアゲを喰らうような最低の日々を、「つれェ事だって初めのうちだけだったしよ……! 慣れっちまえばこんなもン……屁でもねえよ……」と引きつった愛想笑いで流しながら過ごしています。
そんな彼らの日常は、小学生の頃に悪童として名を馳せていたが家庭の事情で町を出ていった幼馴染、御手洗サダキチが5年ぶりに帰ってきたことによって変わります。ワンコーの人間にとっては恐怖の対象でしかない「島津工業」「赤商」といったおっかない高校のヤンキーたちに因縁をつけられても一蹴する力を持ちながらも自分からそれを誇示するような真似はせず、ワンコーにたちまち馴染んでいくサダキチ。そんな彼にミチロウは複雑な思いを抱きます。ミチロウの小学生時代、自分をイビっていた上級生を退治してくれたサダキチはヒーローであり、その際に「俺だってほんとは…!」「俺…大人になったらウルトラマンになる予定だから…!」「そしたら…キミの事 今度は…俺が助けるから!」と言った仲だったのに、
サダキチが町を離れることになった日、「最後に、お前をイビってたクソ中坊どもとケリをつけといてやる」と言うサダキチに対し「最後くらい俺だって行くよ!」と約束しながらも、コンビニ前でダベっていたヤンキーたちの姿を見たらビビってしまい、そのままケツまくって逃げてしまったという裏切りをしたことへの負い目があったのです。
が、サダキチはそんなミチロウの過去を責めるような言動はせず、「俺の好きな奴等にも 下なんか向かずに笑っててもらいてェ」「ウルトラマン兄弟ってのは何人兄弟だ? 俺ぁそんなモン全然知らねーがな… 「痛みは初めのうちだけ 慣れてしまえば大丈夫」そんな事抜かすウルトラマンがよ 本当にいるのかよ!」とハッパをかけ、ミチロウは5年前の自分のケジメをつける、これが前半のメインストーリーになります。そして後半は、「もう俺…なんもしねェうちから下向いたりすんの やめにしようって決めたんだ」と一歩前進したミチロウやサダキチに感化され、ワンコーの他の人間も変わっていったりする中、サダキチが町を離れていた5年のうちに何があったかが明かされ、そしてミチロウがサダキチを助ける「ウルトラマン」になるまでが描かれます。
ここまでの説明で分かるかと思いますが、本作、2巻あとがきで”本当の意味で「劣等生」。そういうトコから始まるマンガを描いてみたかったんです。(中略)なにしろ、僕がそんな感じだったので、コレはしょうがないんですが”と書かれている通り、ヤンキー漫画というより正確には「ヤンキーにさえなれない、ヤンキーに狩られる側」の漫画です。この辺は『息をつめて走りぬけよう』あたりとも似てますね。普遍的なテーマであります。
筆者が特に好きなのは2巻に収録の14話「怪獣退治」。後半ストーリーの序盤となるこの回では、ミチロウたちの同級生でオタク趣味の少年・ヒロタカが話のメインとなります。彼は、美少女フィギュアの新作を手に入れたいがために、同性間セクハラなどにも耐えながら慣れない肉体労働で金を稼ぐことをしていたという意外とガッツのある男です。
がんばって手に入れたフィギュアを一刻も早く鑑賞したいと家路を急ぐヒロタカ。しかし好事魔多しと言いますか、その道すがら、「赤商」のヤンキーとすれ違ってしまいます。彼らはたまたまナンパに失敗してムカついていたため、「ちょっと悪いんだけどさあ———— ムカツクから一発殴らせてくれる?」と理不尽極まりない絡み方をしてきた挙げ句、ヒロタカが手にしていたフィギュア入りの紙袋に目をつけ、「ん…キミ それ なに買ったの?」「いーじゃん みしてみして なに? なに入ってんの?」と取り上げると「ぶはは! きしょォ! エロフィギュアだあ!」とひと笑いし、「よし!バツとしてこのフィギュアは俺がもらっちゃおう」と強奪してしまいます。やる側にとっては「軽い面白ネタ」くらいの塩梅なのが変にリアルなイヤさです。そして、下を向いて震えているだけのヒロタカ。
しかしここで彼は、精一杯の勇気を掘り起こし、涙と鼻水でグシャグシャになりながら「おおいっ!! ちょっと待てよォ この野郎!!」と叫ぶのです。
当然のように宝物のフィギュアを投げ捨てられ、「キミちょっと死んでみれ」と胸ぐらをつかまれるヒロタカでしたが、そこへ割って入ってきたのはミチロウ。彼もまた、本当は恐怖で震えながらも、勇気を振り絞って友のために体を張ることを決めるのです。
そして、サダキチのようにケンカ慣れしているわけではないミチロウは当然のように一方的にボコられますが、朦朧とした中で繰り出した頭突きが相手の顔面にクリーンヒット。相手をぶっ倒します。「勝っちゃったよミチロウ!! なあって!」と大騒ぎするヒロタカにミチロウは「どーでもいいじゃねェか そんなもん…」と言ってフィギュアを拾い、「お前には大切なモンがあんだ バカにされたっていいじゃんか 殺されたってはなすなよ」と笑いかけるのです。
主人公たるサダキチは出てこない、本作の中では異端的な話ですが、しかし本作の良さというものがギュッと濃縮された名エピソードと言えましょう。負け犬に残った牙が持つ輝きというものがここにはあります。この話が自分の琴線に触れるという方であれば、金髪の兄ちゃん(サダキチ)が怖い顔をしてる表紙で「自分向きでない」と本作をスルーしてしまうのは損というものです。ぜひ通して読んでみてください。